もう二度と、愛さない

蜜迦

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式典会場⑤

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 まだ会場はざわついていたが、異議を申し立てる者はいなかった。
 断ったのだが、殿下は階段の下まで私を支えるようにして連れて行ってくれた。
 その事に対してもざわめきは起こったが、動揺が収まらず、足もとがおぼつかない事に一歩踏み出してから気付いた私は、殿下の気遣いに素直に感謝した。
 殿下は壇上に戻ると、陛下と立ち位置を変えた。

 「望まぬ争いではあったが、帝国の宝である勇敢な騎士たちのおかげで、大きな被害を出す事もなく、無事勝利を収める事ができた。心より感謝する」

 “望まぬ争い”と、それを煽ったのであろう貴族派に、きっちり笑顔で釘を刺すあたり。さすが陛下だ。
 きっとこの場にいる貴族派の連中は、皆苦々しい思いで陛下の言葉を聞いているに違いない。

 「そしてリリティス・ド・エルベ侯爵令嬢。負傷兵に対するそなたの献身は、実際に現場を視察したレティエから聞いている。彼らの家族に代わり礼を言う。よくやってくれた」

 「もったいないお言葉にございます」

 「そなたのような女性がレティエの婚約者候補に名を連ねてくれている事、私は本当に嬉しく思っている」

 「っ……!!」

 (どうして今そんな話を?)
 背後から聞こえてくる声は、ざわめきのレベルを遥かに超えていた。
 
 ──辞退を申し出られたというのは嘘だったのか

 一人が口を開くと、その周囲からも同じようなニュアンスの言葉が飛び交い始めた。
 陛下が公の場でレティエ殿下の婚約について言及したのは、私が覚えている限り初めての事。
 このような式典の場で、特定の令嬢の名を出したとあれば、それは内定したのに等しい意味があると受け取られても仕方ない。
 そういえば、婚約者候補の辞退を申し入れた際、反対したのはやはり陛下だった。
 もしかして陛下は、私を皇太子妃に据えようと思っているのだろうか。
 エルベ侯爵家こそが、殿下の後ろ盾に相応しいと判断した?
 それにしたって、相談もなしにこんな場所でいきなり口に出すのは反則だ。
 明日には公式の発言として帝国民に知れ渡ってしまう。
 (そうだ、殿下は!?)
 レティエ殿下ならきっと、陛下を諌めてくれるはず。
 私はすかさず陛下のやや後ろに立つ殿下に視線を移した。すると──
 (えっ……!?)
 なんと、殿下は薄く微笑みをたたえているではないか。
 これは見間違いか、それともあれは微笑んでいるわけではなく『馬鹿なことを』と薄ら笑っているだけか?
 いやしかし、どう見てもそういう類いの笑いではない。
 (何で止めてくれないの!?)
 いったい何がどうなっているのだ。まったくわけがわからない。

 「さあ、それではそろそろ移動しようか」

 一般人の立ち入りが許されている皇宮の広場には、叙勲を受けた私たちの姿を見るために、大勢の帝国民が詰めかけている。
 式典のあとはそちらへ移動し、観衆の前をひと回りすることになっている。
 陛下の声がけに、まず後方にいる式典参加者たちが席を立ち、会場から移動して行く。

 「あの、エルベ侯爵令嬢……」

 不意に声をかけられ、顔を向けるとそこには叙勲した騎士の一人が立っていた。

 「あなたは……」

 さっきレティエ殿下がドラン伯爵の親族だと教えてくれた男性だ。

 「先ほどは伯父が失礼いたしました」

 気まずそうな顔で伯父の無礼を謝罪する青年。おそらくドラン伯爵がこんな真似をするなんて、予想もしていなかったのだろう。
 大きな身体を小さくして謝る姿を見て、少し可愛そうになってしまった。

 「あなたのせいではありませんわ。どうかお気になさらずに」

 「伯父は、昔から信用した相手に肩入れし過ぎてしまうところがありまして」

 「ですが、それは決して悪い事ではありません」

 「ええ。私も伯父のそういうところは嫌いじゃありません。ですが彼は、情に厚く面倒見がいいところにつけ込まれ、騙された事も一度や二度ではないのです」

 それは心配になるのも頷ける。
 おまけに式典を中断させるなんて、これまでにないほどの肩入れ具合いだろうから。
 クロエ嬢の活動が、どの程度のものなのか把握できていないので、ドラン伯爵が騙されているのかどうかは判断できないが……あまりいい予感はしない。
 ただ単に私がクロエ嬢に対し、良い感情を持ち合わせていないからそう思うのだろうが……巻き戻る前の殿下と今の殿下が違うように、クロエ嬢だって以前とは違う可能性もある。

 「確かに本日のドラン伯爵の行為は褒められたものではありません。ですが、それも帝国のために働く者を思っての事ですから。殿下もそのような方がいるなら会ってみたいとおっしゃっておられましたし、きっと悪いようにはなさらないかと」

 男性の表情が、少し和らいだ。
 何の慰めにもならないが、とにかく私は気にしていないという事だけは伝わったようだ。
 
 「ありがとうございます。実は、私の部下もヴィタエ修道院にお世話になったのです」

 「まあ、そうでしたか」

 「はい。それでそいつが言っていたのです。修道院には“金の髪の天使”がいると」

 「金の髪の……天使?」

 はて、いったい誰の事を言っているのだろう。
 金の髪というと……院長先生はつるつる(あら失礼)だし、シスターはブルネット。
 子どもたちの中にも金髪はいない。あと思い当たるのは──
 (もしかして……エリックの事かしら!?)
 患者のいる棟には行かないよう言い聞かせたけれど、もしかしたら間違って入ってしまったのかもしれない。
 あの天真爛漫な弟の事だ、天使の如き笑顔で患者を癒したのかもしれない。

 「あの、エルベ侯爵令嬢?」

 「はい」

 「“金の髪の天使”とは、令嬢の事だと窺っております」

 「は……?」




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