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式典会場③
しおりを挟む「今ここに顔を並べている者たちは、此度の紛争で前線に立ち、命を賭して味方に道を切り開いてくれた英雄たちだ。死をも恐れぬ勇猛な姿に、私も勇気づけられた。心より感謝する」
叙勲を受けた騎士たちは立ち上がり、左胸に手をあてた。
彼らの表情を盗み見ると、皆が感極まったように瞳を潤ませていた。
死への恐怖。そして家族や愛する者への未練が、何度も彼らの足を竦ませたはず。
それでも前線に立ち続けた彼らのことを、殿下はちゃんと見ていた。
その事が何よりも彼らの心に響いたのだろう。
「そして、彼らとともにもう一人勲章を授けたい者がいる」
殿下の視線が再び私に向けられた。
「これまで私は戦うばかりで、それを支えてくれる存在に目を向けることをしなかった。その存在とは、負傷した兵士を懸命に看護し、大切な家族の元へ帰そうとする者たちだ。私はその中に、ある令嬢の姿を見つけ、非常に驚いた」
静まりかえる会場に、殿下の声が響く。
「慈善事業を偽善・売名行為だと揶揄する者もいれば、実際にその手段として使うものもいる。しかし彼女は自身の活動を公にはしていない。その身が血と汗と泥に塗れても尚、他者のために尽くす姿……実際この目で見た時は久々に心が震えた」
戦争を煽る貴族派を牽制するために、私を叙勲するのだから、大げさに褒めてくれているのは理解している。
それでも、殿下がそんな風に私を評価してくれたのは、素直に嬉しいと思う。
「リリティス・ド・エルベ侯爵令嬢。こちらへ」
壇上で待つ殿下の元へ向かって歩き出す私を、騎士たちが礼を取ったまま見送った。
階段を上がり、殿下の前に立つ。
「エルベ侯爵令嬢は、ヴィタエ修道院にて負傷兵の治療に尽力してくれた。その功績をここに称え、勲章を授けたいと思う」
殿下の手には、深紅のベルベットに包まれたジュエリーケースが握られていた。
中には美しく光る金色の勲章が。
「さすがにそなたの身体に触れるわけにはいかないからな。このまま渡すぞ」
膝を折り、恭しい仕草で差し出されたケースを受け取ろうと手を伸ばす。
すると殿下は私の手を包むようにしてケースを持たせた。
「身に余る栄誉……ありがたくお受けします」
包まれた手に意識が集中してしまい、あやうく言葉に詰まるところだった。
(あとは席に戻ればいいだけ)
振り返り、階段へ向かおうと足を踏み出した時だった。
「あ、あの、殿下!無礼を承知で申し上げたい事がございます!」
家族席の方から男性の声が飛んできた。
式典を途中で遮るなどと、無礼どころの話ではない。
もちろん罰せられるのを覚悟の上なのだろうが、いったい何事か。
「……名は?」
不快感丸出しの殿下の声。周囲に緊張が走る。
(いったい誰なの)
視力は悪い方ではない。けれど家族席は壇上からさらに離れているため、よほど親しい間柄か、またはわかりやすい特徴がなければ判別するのは難しい。
しかし声はどこかで聞いたことがあるような。
「ドラン伯爵家の当主ブノワでございます」
(ドラン伯爵?)
先日アンリ様と訪れたセール伯爵邸で、クロエ嬢と随分熱心に救済事業について語り合っていたドラン伯爵。
だがいったい彼がなぜこんなところに?
(叙勲者の中に親族でもいらっしゃるのかしら)
「処罰を覚悟の上で、どうしても申し上げたいことがございます」
「申してみよ」
「その、先ほどエルベ侯爵令嬢が叙勲される理由をお聞きしまして、それならばもうひとり、叙勲に相応しい方がいらっしゃると思った次第です」
「その者の名は?」
「はい。クロエ・デヴォン伯爵令嬢にございます」
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