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殿下の宮で②
しおりを挟む以前の私が想像していた部屋とは随分違う。
この応接セットを始め、室内に置かれた家具や絨毯、そして飾られた花にいたるまで、調和の取れた統一感がある。
「なにか珍しい物でもあったか?」
殿下がテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
初めて訪れる部屋──しかもそれがこれまで想像でしかなかった殿下の部屋ということで、物珍しく色々見過ぎてしまった。
人生二度目だというのに、まったくはしたない。
「も、申し訳ありません。とても趣味の良いお部屋でつい」
「私らしくない部屋だと思ったか?」
「うっ……実はそうです」
カスティーリャの銀獅子と言われるだけあって、もっとこう……権威の象徴のような物が飾られているような部屋を想像していた。
「ははっ、そなたは本当に正直だな。どうせ牡鹿の剥製やら獅子の毛皮が敷いてあるような部屋を想像していたのだろう」
まさにその通りだ。
図星をさされ、恥ずかしくてなにも言えない。
「期待に添えなくて残念だが、普段うるさくて血なまぐさい場所に身を置くことが多いため、自宮は落ちつける場所であってほしいのだ」
「……このカーテンや家具は、ご自身で選ばれたのですか?」
「おや、そなたが私に興味を示すのは初めてだな」
(興味!?私が殿下に!?)
「ち、違います!素敵なカーテンだったから、家具、家具に興味が湧いたのです!」
殿下は慌てて答えを返す私に、一瞬意地悪そうな顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「……ヴィタエ修道院でそなたを襲った男だが──」
予想もしていなかった言葉に、身体が固まる。
どう足掻いても敵わない強い力、下卑た言葉と息づかいが鮮明によみがえり、眉間に力が入る。
殿下はそんな私の様子から、先を続けるのを躊躇っているようだった。
「どうぞ続けてください」
「大丈夫か」
「はい。私もずっと気になっておりましたから」
「わかった。男の名はジョス。今回の紛争では最前線に配置されていたそうだ」
最前線……戦場において一番激しい戦いが繰り広げられる場所だ。
おそらく開戦直後に負傷し、ヴィタエ修道院へ運ばれてきたのだろう。
「欲情して理性を失い、そなたの前であっさりと黒幕の存在を漏らすあたり……すぐに口を割るだろうと思ったのだが、収監された直後からガラリと態度を変えた」
「態度を変えた……とは?」
「まるで人が変わったかのように寡黙になった。事件に関し一切口を閉ざし、挙げ句私に暴行されたせいで記憶が曖昧だと言い始めてな」
確かに殿下から男に下された鉄槌は、凄まじいものだった。
しかし殿下は決して頭部に暴行を加えてはいないし、男だって騎士の端くれだ。
普段から訓練し、鍛えている分、ちょっとやそっとのことで記憶喪失になるなんて考えにくい。
「この際、腕の一本でも斬り落として無理矢理吐かせようかと思ったが……そなたも知っての通り、拷問は禁止されているのでな」
帝国内でも強大な勢力のひとつである教会は、罪に問われている人間への拷問を固く禁じている。
いくら殿下とて、教会と対立することは避けたいはず。
未遂に終わった事件であるから尚更だ。
「殿下、男が収監されている施設に人の出入りは?」
「それなりにある。戦争犯罪に問われた人間が、刑が確定するまで入る場所だ。監視付きではあるが、家族の面会も許可されている。しかし奴に家族はいないし、部外者が接触した記録もない」
家族がいない?
「ですが、男は確かに妻子がいると言っていました。早く家族の元に帰りたいと──」
襲われそうになったそもそもの原因は、男が妻に貰ったという大切なお守りを探すためだった。
しかし殿下は複雑そうな顔を私に向けるだけ。
「まさか、それもすべて嘘だったというのですか」
私の警戒心を解き、目的を達成しやすくするため、最初からすべて計画の上で、偽りの身の上話をしたというのか。
なんの疑いも抱かず男の言う事を信じ切っていた自分の馬鹿さ加減が情けなくなる。
「……奴の上官を呼び出して、その人となりを聞いた。金と女にだらしなく、多額の借金を抱えていたらしい」
「借金……人を懐柔するにはうってつけな事情ですね」
『報酬が貰える』と言っていた。
おそらく、借金を返しても余りある金額を提示されたのだろう。
「修道院に送られてくる前に何者かが男に接触し、私を害するよう指示したのでしょうか」
「いや、あいつが前線で負傷し、ヴィタエ修道院へ移送されるまでの過程に不自然な点は見受けられなかった。そうなると黒幕は修道院内で奴に接触した可能性が高い。そなた、なにか心当たりはないか」
「心当たりと申しますと?」
「社交界でそなたを敵視するような家門や、過去個人的に軋轢のあった者など」
大貴族エルベ侯爵家の娘である私に対し、表立って敵対してくるような愚か者はいないが……快く思っていない者は当然いるだろう。
けれどこれまで実害が出たことはないし、喧嘩を売られた事もまた然り。
「殿下の婚約者候補を辞退したことも既に社交界に知れ渡っておりますし……むしろ、これまで私を敵視していた家門も矛を収めるはずなのですが──殿下、どうされました?」
「先日、オリオール伯爵の長男と出掛けたそうだな」
「は?」
なぜ今その話に?
そして殿下はなぜ、私がアンリ様と出掛けたことを知っているのか。
「そなたが言っていた『お慕いする方』とは、その男のことか?」
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