もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
76 / 100

姉弟の一日⑦

しおりを挟む




 ルネは父上のもとに上がってくるすべての案件を把握している。
 そして上にあげるべきかどうか判断に迷うものについては、皆がまずルネに意見を求める。
 だから内密にルネの動向をアベルの部下に探らせているのだ。
 あのルネのことだから、気付いているかもしれないが。

 「異議を唱えているのは貴族派か?」

 「それが……どうやら皇帝派のようで」

 「皇帝派?こちら側の人間ではないか。それで、理由は」

 「叙勲を受ける資格のある人間は他にもいると。リリティス様だけが叙勲を受けられるのは不公平であると……そう主張しているようです」

 そもそもどこから叙勲の話が漏れたのか──いや、具体的な準備の段階に入った時点で秘匿するのは無理か。
 かかわる人間が増えるほど、情報は漏れやすくなるもの。
 それよりも気になるのは、異議を唱える者たちが不公平だと主張する、叙勲を受けるべき人間の存在。

 「そいつらは、誰がリリティスの他に叙勲を受けるべきだと言っているのだ」
 
 「クロエ・デヴォン伯爵令嬢だそうです」

 「クロエ……デヴォン?」

 「おや殿下、デヴォン伯爵令嬢と面識がございましたか」

 「いや、記憶にない」

 襲われたリリティスをポワレ公爵邸へ連れて行ったとき、リリティスが青ざめながら呼んだ客人の名が『デヴォン』だった。
 帝国内にデヴォンという家門があることは知っているが、そう名乗る貴族とは実際に顔を合わせたことがない。

 「アベル、そのクロエ・デヴォンという女を調べろ」

 「かしこまりました」

 リリティスを推す父上なら、例え自身の最大支持勢力である皇帝派の進言だろうとすぐさま退けるだろう。
 それに関して異論はないが、リリティスのあの表情と“クロエ・デヴォン”……この件、なにかが引っかかる。

 「アベル、近衛騎士の中から信頼できるものを選抜し、リリティスの周囲を見張らせろ」

 「しかし、リリティス様には既に侯爵家の護衛がついているかと」

 「ああ。だからその護衛の目をかいくぐれるほどの実力者を選べ。容姿は記憶に残らないよう、平凡な顔が望ましい」

 今回必要なのは、護衛というよりは腕の立つ“草”だ。
 情報収集が一番の目的だが、万が一の時、リリティスも守れるように。

 「それと……ルカスとエリックにもだ」

 「ルカスとエリック様の周囲にも、なにか懸念がおありで?」

 「いや……ただ、念の為だ」

 視線を向けると、ふたりは木刀を手に、一生懸命型を教わっているところだった。
 しかし、自分の身を守るにはまだ程遠い。

 「考えすぎかもしれないが、とりあえずリリティスの叙勲が無事に済むまでは、用心に越したことはないだろう」

 クロエ・デヴォンについての調査が済み次第、リリティスに会う必要がある。
 (今日会えれば、気をつけるよう言えたのだが)
 なぜルカスとエリックと一緒にこなかったのか。
 幼い弟たちが心配ではないのか──などという、リリティスにとっては理不尽極まりない感情が湧き上がる。
 (修道院にでも行っているのだろうか)
 およそ侯爵令嬢とは思えない服に身を包み、微笑みながらシーツを干すリリティスの姿が目に浮かんだ。
 
 

 *


 「皆さんの仲間に入れていただけて光栄ですわ!セール伯爵、オレリー様。今日はお招きくださり心より感謝いたします」

 会場に足を踏み入れると、中央には既に大きな輪ができていた。
 中心にいたのはクロエ嬢とセール伯爵夫妻。
 クロエ嬢は感極まった様子で、夫妻に向かって招待してくれた感謝を述べていた。
 “セール伯爵夫人”ではなく“オレリー様”と呼ぶあたりが、親密さの度合いを表している。

 「志をともにする方とのご縁なら大歓迎よ。皆さま、新しいお友だちのクロエ嬢をどうぞよろしくお願いしますね」

 セール伯爵夫人の言葉に、クロエ嬢と夫妻を取り囲んでいた招待客から拍手が起こった。
 
 「クロエ嬢は救済事業に興味があるとか。よければ詳しくお聞かせ願えますか?」

 夫妻の友人と思しき年頃の紳士が、輪から一歩前へ出て、クロエ嬢に質問を投げかけた。
 
 「まずはご挨拶をさせてくださいませ、ドラン伯爵」
 
 優雅に礼を取り微笑むクロエ嬢に、ドラン伯爵は目を瞠った。

 「なんと、私のことをご存知でしたか」

 「はい。ドラン伯爵の活動についてはセール伯爵ご夫妻からよく窺っておりました。伯爵の長年に渡る孤児救済事業が実を結び、帝都の北部地域では貧困にあえぐ多くの子供たちが救われたと……ですが、それだけではありません。ドラン伯爵はただ飢餓から救うだけではなく、学びの場も与えられたとか。成長した子どもたちが立派に職につき生計をたてていると窺った時は、わたくし、感動で泣いてしまいました」
 
 潤む瞳でドラン伯爵に熱い思いを伝えたクロエ嬢。
 慈善事業はその名の通り人の善意からなるもので、当然のごとく日の当たらない仕事だ。
 娘と言っても差し障りない年齢の令嬢に、公衆の面前でこんな風に褒め称えられたら……喜ばない人間はいないだろう。
 ドラン伯爵は目を細め、破顔した。





 
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

処理中です...