もう二度と、愛さない

蜜迦

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姉弟の一日④

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 クロエ嬢は、いつの間にかアンリ様のすぐ後ろに立っていた。
 私を死に追いやった張本人が目の前にいる。
 突如、激しい動悸に襲われた。
 先日のポワレ公爵家でのことといい、まさかこんな短期間のうちに二度も遭遇するなんて。

 「急に参加をお願いしてしまって、ご迷惑ではなかったでしょうか。わがままを言ってしまったと反省しました」

 「いえいえ、どうかお気になさらずに。両親も新しいご縁を喜んでおりましたから」

 新しいご縁?急に参加をお願いした?
 ということは、もともとクロエ嬢は招待客リストには含まれていなかったということか。
 それがなぜ急に、内輪だけの集まりに参加したいと言い出したのだ。
 それに、そもそも招待を受けていない人間が、どうやってこのパーティーの開催を知ったのだろう。
 (エタン様もご両親も、なぜ許可したの?)
 内輪の集まりに、知り合ったばかりの人間を入れるなんて、常識ではあり得ない。
 万が一なにかあれば、自分たちの信用問題にかかわるからだ。

 「あの、エルベ侯爵令嬢リリティス様ですよね。デヴォン伯爵家のクロエと申します。お会いできて嬉しいですわ」

 前世となんら変わらぬ無礼な態度に、動揺する心はほんの少し落ちついた。
 (礼儀のなさは、相変わらずなのね)
 お互いに認め合った仲でもない限り、社交の場において序列が上の人間に接する時は、軽く目を伏せ相手から話しかけられるのを待つのがカスティーリャ帝国での一般的なマナーだ。
 勿論諸々の理由で無視されることも多々あるが、そこは貴族間の複雑な構図もあり、皆弁えている。

 「オリオール伯爵家のアンリと申します。失礼ですが、デヴォン伯爵令嬢はセール伯爵家と以前からお知り合いで?」

 彼女の無礼に気付いたアンリ様が、間に入ってくれた。

 「初めまして、アンリ様。私のことはどうぞクロエとお呼びになって。セール伯爵家の皆さまには、救済事業について色々とご指導いただいてますの」

 微笑むクロエ嬢の横から、エタン様が口を挟む。

 「クロエ嬢は、孤児救済事業に熱心でいらっしゃるのですよ。私の両親ともその縁で知り合ったそうで」

 エタン様の言葉に、一瞬耳を疑った。

 ──クロエ嬢が、孤児救済事業ですって?

 そんな話、聞いたことがない。
 いや、そもそも前世の私は彼女の私生活をよく知らないし、知ろうともしなかった。
 けれどそんな殊勝なところがある令嬢だったなら、その善行は噂になっているはずなのに。
 (私の耳にだけ届いていなかった?ううん、そんなことあり得ないわ)
 
 「熱心だなんてそんな。私は子どもたちの未来のために、自分にできる精一杯のことをしてあげようと思って」

 「そんなにご謙遜なさらなくても。なんでも通われている修道院では戦争の負傷者も受け入れているとか。クロエ嬢自ら看護にあたる姿は、まるで天使が舞い降りたようだともっぱらの噂ですよ」

 修道院に通ってる?
 負傷者の看護?
 いったい二人はなんの話をしているのだ。

 「まあ!天使だなんて。それは皆さん褒めすぎです」

 エタン様の言葉に機嫌をよくしたのか、クロエ嬢は満面の笑みで返した。

 ──なんなの、この違和感は

 だって、目の前で交わされた話の内容が真実だとしたら、やっていることは私とまったく同じだ。

 『髪の色も背格好も、歳も近いのではないか?よく知らなければ間違えそうだ』

 修道院で襲われそうになった日の帰り道、レティエ殿下が口にした言葉が脳裏を過る。
 よく見ると、今日のクロエ嬢の髪型は、私と同じサイドを編み込んだハーフアップ。
 ドレスの色味も、私が常日頃好んで着る、淡い色合いの物という点では同じだ。

 「あの……リリティス様。私、なにか気に障ることをしてしまいましたでしょうか……?」

 いつまで経っても口を開かない私に痺れを切らしたのか、クロエ嬢は怯えたように肩を竦め、上目遣いで聞いてくる。

 「……いいえ、なにも」

 うまく笑えているだろうか。
 私の心配をよそに、言葉が返ってきた時点で、クロエ嬢はさっさと笑顔に逆戻りしていた。
 そうだ。彼女はこういう女性だった。
 か弱いふりをして周囲を騙し、狡猾に立ち回る。

 「皆さまにご挨拶できて光栄でしたわ。では、またのちほど会場で」

 私たちの横を軽やかに通り過ぎたクロエ嬢。
 その後ろ姿にある物を見つけ、愕然とする。
 同じ髪型をしていた彼女の髪留めが、月桂樹のモチーフをしていたのだ。
 
 「おや……」

 アンリ様が不思議そうに私とクロエ嬢を交互に見た。

 「同じ髪型に同じモチーフの髪留めとは、凄い偶然ですね」

 確かに、とエタン様も頷く。

 「お二人とも、後ろ姿がとてもよく似ていらっしゃる。まるで姉妹のようだ」

 「はは……」

 乾いた笑いが口から漏れる。
 誰かこの違和感の正体を教えてくれないだろうか。

 ──クロエ嬢はまるで、もうひとりの私のようだ










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