もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
71 / 100

姉弟の一日②

しおりを挟む




 そういえば、異性のパートナーとパーティーに出席するなんて、初めてのことだ。
 レティエ殿下一筋だった前世では、周囲に誤解されるような振る舞いは、決してしないように徹底していたから。
 婚約者となってからは、公式行事などに殿下とともに出席する機会はあった。
 けれどそれは殿下にとって、あくまで皇族としてどうしても出席しなければならない場合のみで、親交を深めるような場所へ一緒に参加したことなど皆無だった。
 殿下には嫌われないように、周囲には進まない仲を悟られないように、式典の間中、顔に精一杯の微笑みを貼り付けていた当時の私は、今思えばとても不憫で滑稽だった。
 
 「お嬢様……なにか、心配ごとでもおありなのですか?」

 鏡台前のスツールに座ったまま昔を思い出していた私に、アンヌが心配そうな表情で、鏡越しに問いかけてきた。

 「ううん、なんでもないのよ。ただ、男性とお出かけするなんて初めてだなって思って……」

 「あの……差し出がましいようですが、レティエ殿下のことは本当によろしいのですか……?」

 アンヌはおずおずと、言いにくそうに言葉を紡ぎ終えると、私の反応を窺った。
 アデール様と同じく、アンヌも私の一番近くでレティエ殿下への恋心を見守っていてくれた一人。 
 
 「アンヌ、私ね……誰かに必要とされたいの」

 「ですが、お嬢様を必要とされている方はたくさんいらっしゃいます。もちろん私も」

 「ありがとう。私にもあなたが必要よ」

 アンヌは目を少し見開き、頬を染める。

 「確かに私を必要としてくれる人はたくさんいると思うわ」

 父母や弟たち、友人や家人に修道院の子供たち……けれどそれは、どれも家族とそれに順ずるような繋がりばかり。

 「女性としての私を必要としてくれる人……なにがあっても私だけを愛し、信じてくれる人が欲しいの」

 「それはレティエ殿下ではなく、アンリ様だということですか……?」

 殿下が女性を心から愛し、大切にできることは知っている。
 クロエ嬢への深い愛と信頼を、まざまざと見せつけられたから。
 ただ、その対象が私じゃないというだけで。
 アンリ様は……言わずもがなというか、まだ深くは知らないが、伴侶に対しても誠実なのではないかと思う。
 
 「なんにせよ、視野が狭いのはよくないわ。これからは、たくさんの方と交流しようと思ってるの。恋とか愛は、そのあとね」

 私の答えにアンヌは眉を下げて微笑んだ。
 その時、敷地内に馬車が入ってくる音が聞こえた。

 「いらっしゃったみたいね。アンヌ、靴をお願い」

 リボンがあしらわれたシルクの靴に履き替え、アンヌとともに部屋を出る。
 やや急ぎめにホールへ向かうと、そこには執事に迎え入れられたアンリ様の姿が。
 若草色のベストと揃いの上着を羽織るアンリ様。
 とても爽やかで、彼の雰囲気によく似合っていると思った。

 「アンリ様、本日はお迎えありがとうございます。お待たせしてしまいましたか?」

 「いえ、むしろこちらこそ謝らなければなりません」

 「どうかなされたの?」

 アンリ様は困ったように笑う。

 「リリティス様との初めての外出に心がはやり、予定よりも早く家を出てしまいました」
 
 

 

 


しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

処理中です...