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姉弟の一日②
しおりを挟むそういえば、異性のパートナーとパーティーに出席するなんて、初めてのことだ。
レティエ殿下一筋だった前世では、周囲に誤解されるような振る舞いは、決してしないように徹底していたから。
婚約者となってからは、公式行事などに殿下とともに出席する機会はあった。
けれどそれは殿下にとって、あくまで皇族としてどうしても出席しなければならない場合のみで、親交を深めるような場所へ一緒に参加したことなど皆無だった。
殿下には嫌われないように、周囲には進まない仲を悟られないように、式典の間中、顔に精一杯の微笑みを貼り付けていた当時の私は、今思えばとても不憫で滑稽だった。
「お嬢様……なにか、心配ごとでもおありなのですか?」
鏡台前のスツールに座ったまま昔を思い出していた私に、アンヌが心配そうな表情で、鏡越しに問いかけてきた。
「ううん、なんでもないのよ。ただ、男性とお出かけするなんて初めてだなって思って……」
「あの……差し出がましいようですが、レティエ殿下のことは本当によろしいのですか……?」
アンヌはおずおずと、言いにくそうに言葉を紡ぎ終えると、私の反応を窺った。
アデール様と同じく、アンヌも私の一番近くでレティエ殿下への恋心を見守っていてくれた一人。
「アンヌ、私ね……誰かに必要とされたいの」
「ですが、お嬢様を必要とされている方はたくさんいらっしゃいます。もちろん私も」
「ありがとう。私にもあなたが必要よ」
アンヌは目を少し見開き、頬を染める。
「確かに私を必要としてくれる人はたくさんいると思うわ」
父母や弟たち、友人や家人に修道院の子供たち……けれどそれは、どれも家族とそれに順ずるような繋がりばかり。
「女性としての私を必要としてくれる人……なにがあっても私だけを愛し、信じてくれる人が欲しいの」
「それはレティエ殿下ではなく、アンリ様だということですか……?」
殿下が女性を心から愛し、大切にできることは知っている。
クロエ嬢への深い愛と信頼を、まざまざと見せつけられたから。
ただ、その対象が私じゃないというだけで。
アンリ様は……言わずもがなというか、まだ深くは知らないが、伴侶に対しても誠実なのではないかと思う。
「なんにせよ、視野が狭いのはよくないわ。これからは、たくさんの方と交流しようと思ってるの。恋とか愛は、そのあとね」
私の答えにアンヌは眉を下げて微笑んだ。
その時、敷地内に馬車が入ってくる音が聞こえた。
「いらっしゃったみたいね。アンヌ、靴をお願い」
リボンがあしらわれたシルクの靴に履き替え、アンヌとともに部屋を出る。
やや急ぎめにホールへ向かうと、そこには執事に迎え入れられたアンリ様の姿が。
若草色のベストと揃いの上着を羽織るアンリ様。
とても爽やかで、彼の雰囲気によく似合っていると思った。
「アンリ様、本日はお迎えありがとうございます。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、むしろこちらこそ謝らなければなりません」
「どうかなされたの?」
アンリ様は困ったように笑う。
「リリティス様との初めての外出に心がはやり、予定よりも早く家を出てしまいました」
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