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からの、父親の歓喜②
しおりを挟む──許すに決まってる!!
などと叫べるはずもく、あくまで父親としての威厳を保ちつつ、冷静に答える。
「賢明な判断だな。私も彼女であれば異存はない」
「しかし、エルベ侯爵は抵抗するかもしれません。それもかなり激しく」
「なぜ?」
「リリティスが、他に慕う男がいると言っていたので」
「は──」
息子の口から飛び出した想定外すぎる事態に言葉を失った。
視界の端に、切れ長の目を大きく見開いているルネの姿が映る。
まさか、婚約者候補辞退の真相は、それが理由だったのか?
「あ、相手は誰か聞いたのか?」
動揺を隠しきれずにどもる私とは正反対に、レティエは泰然としていた。
「いえ。聞いても仕方がないので」
「仕方ないってお前──」
「皇族の口から出る言葉は打診ではなく、命令と同じくらいの強制力がある。私は、彼女に望まぬ結婚を強いる立場です。すべてを諦めさせる代償に、すべてを与える。私にできることはそれだけだ」
すべてを与えると言っても、エルベ侯爵家の令嬢ともなれば、物理的なものはほとんど手にしているだろう。
まさかこの朴念仁が、目に見えぬもの──溢れる愛を注ぐとでもいうのか。まさかそんな。
「お前、そこまでするということは、リリティスに惚れているのか」
レティエは答えず、眉間に深い皺を寄せた。
なんだこいつ。
「こちらとしては、皇太子妃にリリティスを迎えるのは願ってもない慶事だが、それによりエルベ侯爵家から恨みを買うのは困る。理由は……わかるな?」
「わかっています。それと父上、このことについてはまだ公にしないでください」
公表するのは各々が納得する形をとれた時に──レティエはそう告げて部屋を出ていった。
「なあ、どう思う?」
子供の頃に戻ったように、親友に問いかける。
「……思春期の大切な時期に、戦場に出したのは間違いだったかもね」
困ったように笑うルネから帰ってきた言葉もまた、お互いに身分など関係なかった頃を思い起こさせた。
けれど、とルネは続ける。
「なんにせよ、エルベ侯爵令嬢がレティエ殿下の心を動かしたのは事実だよ」
「……そうだな。そういえばあいつ、リリティスの叙勲の準備はちゃんと進めているのか」
「心配しなくとも、小うるさいアベルがついているのだから、大丈夫でしょ」
それもそうかと、再びペンをとる。
息子とエルベ侯爵の話の行方は、言わずともルネが仕入れてくるだろう。
黙ってそれを待つことにした。
*
執務室に戻った私に、ソファに座って茶を飲んでいたエルベ侯爵が立ち上がり、礼を取る。
見れば、いつの間にかアベルも室内にいた。
「堅苦しい挨拶はいいから、座ってくれ」
向かい合わせに座り、間髪入れずに口を開く。
「昨日話した通り、リリティスを妃に迎えることにした。父上からも許可を貰っている」
言い方を変えたところで内容は同じだ。
それならあえて感情を挟まず、事実のみはっきりと伝えた方が理性的に話ができるだろうと思ったのだ。
しかし、入口付近に待機していたアベルの顔は即座に角張り、またエルベ侯爵は指が食い込むほどに強く拳を握り締めた。
「殿下、なぜこれまで無関心であられたご自身の結婚……急に娘を妃に迎えようと思われたのか、詳しく聞かせていただけないでしょうか」
予想に反して、この場で一番理性的なはずの相手は、感情的に話す気満々だったようだ。
いや……というよりはこの話について、私の感情的な部分を知りたいというのが正解だろう。
どうやら初手から大間違いだったようだ。
リリティスへの気持ちは、自分でもはっきりと判断がつかない。
ひとつだけ確かなのは、適当な嘘で誤魔化せば、エルベ侯爵からの信頼を失うということ。
執務室を張り詰めた空気が支配する。
私は緊張を逃すように、ゆっくりと、大きく深呼吸した。
「……リリティスは私の知るどの令嬢とも違う。公の場では完璧な淑女の仮面を被ってみせるのに、普段は喜怒哀楽が豊かで情にもろく、貴族だろうが平民であろうが身分の別け隔てなく接するし、面倒見もいい」
愛を持って子どもに接する姿は、見ていて微笑ましかった。
彼女が見せてくれた、たくさんの表情が、今も鮮明に浮かぶ。
そして、自分の口から出た言葉のひとつひとつが、耳を通じて戻ってきて、腑に落ちる。
「リリティスの側にいると、楽しいのに、どうしようもなく意地悪な気持ちになる。……それはきっと、あまりに清らかだから」
言っておいてなんだが、自分自身が嫌になる。
(これじゃガキと一緒だ)
そして当然の報いだが、自分に向けられた中年男二人の視線が痛すぎる。
「卿も覚悟してこの場に臨んだのだろう。だがそれは私も同じだ」
「殿下のご覚悟とは?」
ゴクリ──中年男二人の喉が鳴る。
「婚約・結婚に関してはリリティスが納得するまで無理強いしない」
エルベ侯爵の表情から僅かに険が取れるのを見て、ほんの少し安堵する。
私は次の言葉を紡ぐため、再び口を開いた。
「生涯、我が妃はリリティスだけとする。そして例えリリティスが世界中を敵に回したとしても、私だけは最後まで彼女を信じ、守り抜くと誓う」
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