68 / 73
からの、父親の歓喜②
しおりを挟む──許すに決まってる!!
などと叫べるはずもく、あくまで父親としての威厳を保ちつつ、冷静に答える。
「賢明な判断だな。私も彼女であれば異存はない」
「しかし、エルベ侯爵は抵抗するかもしれません。それもかなり激しく」
「なぜ?」
「リリティスが、他に慕う男がいると言っていたので」
「は──」
息子の口から飛び出した想定外すぎる事態に言葉を失った。
視界の端に、切れ長の目を大きく見開いているルネの姿が映る。
まさか、婚約者候補辞退の真相は、それが理由だったのか?
「あ、相手は誰か聞いたのか?」
動揺を隠しきれずにどもる私とは正反対に、レティエは泰然としていた。
「いえ。聞いても仕方がないので」
「仕方ないってお前──」
「皇族の口から出る言葉は打診ではなく、命令と同じくらいの強制力がある。私は、彼女に望まぬ結婚を強いる立場です。すべてを諦めさせる代償に、すべてを与える。私にできることはそれだけだ」
すべてを与えると言っても、エルベ侯爵家の令嬢ともなれば、物理的なものはほとんど手にしているだろう。
まさかこの朴念仁が、目に見えぬもの──溢れる愛を注ぐとでもいうのか。まさかそんな。
「お前、そこまでするということは、リリティスに惚れているのか」
レティエは答えず、眉間に深い皺を寄せた。
なんだこいつ。
「こちらとしては、皇太子妃にリリティスを迎えるのは願ってもない慶事だが、それによりエルベ侯爵家から恨みを買うのは困る。理由は……わかるな?」
「わかっています。それと父上、このことについてはまだ公にしないでください」
公表するのは各々が納得する形をとれた時に──レティエはそう告げて部屋を出ていった。
「なあ、どう思う?」
子供の頃に戻ったように、親友に問いかける。
「……思春期の大切な時期に、戦場に出したのは間違いだったかもね」
困ったように笑うルネから帰ってきた言葉もまた、お互いに身分など関係なかった頃を思い起こさせた。
けれど、とルネは続ける。
「なんにせよ、エルベ侯爵令嬢がレティエ殿下の心を動かしたのは事実だよ」
「……そうだな。そういえばあいつ、リリティスの叙勲の準備はちゃんと進めているのか」
「心配しなくとも、小うるさいアベルがついているのだから、大丈夫でしょ」
それもそうかと、再びペンをとる。
息子とエルベ侯爵の話の行方は、言わずともルネが仕入れてくるだろう。
黙ってそれを待つことにした。
*
執務室に戻った私に、ソファに座って茶を飲んでいたエルベ侯爵が立ち上がり、礼を取る。
見れば、いつの間にかアベルも室内にいた。
「堅苦しい挨拶はいいから、座ってくれ」
向かい合わせに座り、間髪入れずに口を開く。
「昨日話した通り、リリティスを妃に迎える
ことにした。父上からも許可を貰っている」
言い方を変えたところで内容は同じだ。
それならあえて感情を挟まず、事実のみはっきりと伝えた方が理性的に話ができるだろうと思ったのだ。
しかし、入口付近に待機していたアベルの顔は即座に角張り、またエルベ侯爵は指が食い込むほどに強く拳を握り締めた。
「殿下、なぜこれまで無関心であられたご自身の結婚……急に娘を妃に迎えようと思われたのか、詳しく聞かせていただけないでしょうか」
予想に反して、この場で一番理性的なはずの相手は、感情的に話す気満々だったようだ。
いや……というよりはこの話について、私の感情的な部分を知りたいというのが正解だろう。
どうやら初手から大間違いだったようだ。
リリティスへの気持ちは、自分でもはっきりと判断がつかない。
ひとつだけ確かなのは、適当な嘘で誤魔化せば、エルベ侯爵からの信頼を失うということ。
執務室を張り詰めた空気が支配する。
私は緊張を逃すように、ゆっくりと、大きく深呼吸した。
「……リリティスは私の知るどの令嬢とも違う。公の場では完璧な淑女の仮面を被ってみせるのに、普段は喜怒哀楽が豊かで情にもろく、貴族だろうが平民であろうが身分の別け隔てなく接するし、面倒見もいい」
愛を持って子どもに接する姿は、見ていて微笑ましかった。
彼女が見せてくれた、たくさんの表情が、今も鮮明に浮かぶ。
そして、自分の口から出た言葉のひとつひとつが、耳を通じて戻ってきて、腑に落ちる。
「リリティスの側にいると、楽しいのに、どうしようもなく意地悪な気持ちになる。……それはきっと、あまりに清らかだから」
言っておいてなんだが、自分自身が嫌になる。
(これじゃガキと一緒だ)
そして当然の報いだが、自分に向けられた中年男二人の視線が痛すぎる。
「卿も覚悟してこの場に臨んだのだろう。だがそれは私も同じだ」
「殿下のご覚悟とは?」
ゴクリ──中年男二人の喉が鳴る。
「婚約・結婚に関してはリリティスが納得するまで無理強いしない」
エルベ侯爵の表情から僅かに険が取れるのを見て、ほんの少し安堵する。
私は次の言葉を紡ぐため、再び口を開いた。
「生涯、我が妃はリリティスだけとする。そして例えリリティスが世界中を敵に回したとしても、私だけは最後まで彼女を信じ、守り抜くと誓う」
1,749
お気に入りに追加
5,701
あなたにおすすめの小説
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
その手は離したはずだったのに
MOMO-tank
恋愛
4歳年上の婚約者が幼馴染を好きなのは知っていた。
だから、きっとこの婚約はいつか解消される。そう思っていた。
なのに、そんな日は訪れることなく、私ミラ・スタンリーは学園卒業後にマーク・エヴァンス公爵令息と結婚した。
結婚後は旦那様に優しく大切にされ、子宝にも恵まれた。
いつしか愛されていると勘違いしていた私は、ある日、残酷な現実を突きつけられる。
※ヒロインが不憫、不遇の状態が続きます。
※ざまぁはありません。
※作者の想像上のお話となります。
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
中七七三
恋愛
わたしっておかしいの?
小さいころからエッチなことが大好きだった。
そして、小学校のときに起こしてしまった事件。
「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」
その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。
エッチじゃいけないの?
でも、エッチは大好きなのに。
それでも……
わたしは、男の人と付き合えない――
だって、男の人がドン引きするぐらい
エッチだったから。
嫌われるのが怖いから。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る
犬飼春野
ファンタジー
「すまない、ヘレナ、クリス。ディビッドに逃げられた……」
父の土下座から取り返しのつかない借金発覚。
そして数日後には、高級娼婦と真実の愛を貫こうとするリチャード・ゴドリー伯爵との契約結婚が決まった。
ヘレナは17歳。
底辺まで没落した子爵令嬢。
諸事情で見た目は十歳そこそこの体格、そして平凡な容姿。魔力量ちょっぴり。
しかし、生活能力と打たれ強さだけは誰にも負けない。
「ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりしているわけじゃないの」
今回も強い少女の奮闘記、そして、そこそこモテ期(←(笑))を目指します。
*****************************************
** 元題『ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりとしているとは限りません』
で長い間お届けし愛着もありますが、
2024/02/27より『糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る』へ変更いたします。 **
*****************************************
※ ゆるゆるなファンタジーです。
ゆるファンゆえに、鋭いつっこみはどうかご容赦を。
※ 設定がハードなので(主に【閑話】)、R15設定としました。
なろう他各サイトにも掲載中。
『登場人物紹介』を他サイトに開設しました。↓
http://rosadasrosas.web.fc2.com/bonyari/character.html
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる