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からの、父親の歓喜①
しおりを挟む「ええ、ええ。それはもうよく憶えておりますとも。リリティス様に初めてお会いした時の陛下ときたら、気色悪いほどの喜びようでしたから」
「馬鹿を言え。私がそんな失態を演じるわけないだろう」
万が一にでも下心を悟られようものなら、エルベ侯爵は必死で娘を皇家から遠ざけようとするだろう。
社交界へ出る前から、エルベ侯爵の溺愛ぶりは有名だったが、実際にこの目で見たリリティスは……信じられないほど愛らしく、また賢い子だった。
うっかり“娘を持つ父親”の疑似体験に陥ったほどで。
当時を思い出す私に、ルネはやれやれと、やや大仰な仕草でため息をつく。
「まあ、頑張った方だとは思いますよ。ですが侯爵は敏い方だ。狸爺から愛娘が狙われていることくらい、とっくに気付いていたでしょうね」
「だが、私は無理強いはしてないぞ」
「ええ、その点は私も高く評価しておりますよ。あの陛下がよく我慢されたと」
「我慢くらいするだろう。それでリリティスを息子の嫁に貰えるなら安いものだ」
レティエが生まれてからこの方、縁組の申し込みは後を絶たない。
勿論皆条件に関してはなんら問題はないのだが……私からすればどれもこれも決め手に欠ける者ばかり。
属国もこぞって自国の姫を推してきたが、帝国の支配下にある国の姫など妃に据えたとて、こちらにはなんのうまみもない。
ましてや皇子が生まれ、内政干渉でもされた日には、これまで築き上げてきた盤石の体制に必ずや綻びが出る。
「ポワレ公爵家のアデール様という手もあったのでは?」
「馬鹿を言え。お前だって近親婚の弊害くらいは知っているだろう。我らの代になり、ようやく薄まってきた血を再び濃くする必要がどこにある。それに──」
「ポワレ公爵家について、他にもなにか?」
「……いや。とにかくレティエの妃にはリリティスしかおらぬ」
リリティスの母方の血筋は同盟国である西の隣国の王家。
エルベ領と国境を接する彼の国との関係が良好なのも、ひとえにエルベ侯爵の手腕と言えよう。
実直で誠実なエルベ侯爵であれば、いずれ生まれるであろう皇子の外戚としてもなんら問題ない。
「エルベ侯爵が、リリティスの婚約者候補辞退を申し出た時は、さすがに冷や汗をかいたが……なあ、ルネ。レティエからいい話は聞けると思うか?」
「……どう転んでも、エルベ侯爵の精神状態が悪くなることだけは確定事項かと」
為政者としての自分は『なんだ、それくらい』と一笑に付すところだが、親として──しかも女の子の父親となれば、私の感じる心労などとは比べ物になるまい。
「レティエを中に」
そういえば、いつも侍従の静止も聞かず中に入ってくるような息子が、今日は許可がおりるまで外で待っていた。
そのことに違和感というか、なにかいつもとは違う雰囲気を感じた。
「急に申し訳ありません」
遠慮なんて言葉とは無縁の息子が、ちゃんと手順を踏んで入室する衝撃たるや、筆舌に尽くしがたい。
しかしよくよく観察すると、礼儀正しかったのは最初だけで、その後は悪びれもせず堂々とソファに腰掛けた。
若い頃の自分そっくりな容貌と態度に、顔を合わせればいつも苦笑してしまう。
「それで?どうしたんだ」
話の内容におおよその見当がついているため、逸る心を悟られないようにするのが大変だった。
そしてついに、待ちに待った瞬間がやってくる。
「父上。エルベ侯爵家のリリティス嬢を我が妃に迎えることをお許しいただきたい」
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