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レティエの憂鬱③
しおりを挟むそばにいることを苦痛に思わなかった女性は初めてかもしれない。
そして会話の中で、堪えきれず笑いが漏れたのも。
思いがけず私は、リリティスとの時間を楽しんでいたのだ。
そう……“楽しい”なんて思うのは、いったいどれくらいぶりだろうか。
暴行未遂直後のリリティスには気の毒としか言いようがないが、エルベ侯爵邸に到着した時の、ルカスとエリックによる力加減を間違えた出迎えと、私に向けられた純粋な瞳も、なんだかんだで心地よかった。
久し振りに、身体から力が抜けていくのを感じた。
だから、楽しかった反動なのかは自分でもよくわからないが、『他に、お慕いする方ができたのです』という彼女の言葉を聞いた時、自分でも驚くほど不快な気分に見舞われた。
今思えば恥ずかしいような情けないような気持ちになるが、心のどこかで、例え婚約者候補辞退を申し出ようとも、きっとまだ、私のことを憎からず思っているはずだと自惚れていたのだ。
アデールからの援護射撃や、修道院でのアベルたち騎士への献身も、私にそう思わせるのには十分だった。
それに、見ず知らずの他者に対し、これほど心を砕ける人間が、そんな簡単に心変わりするはずがないと──
(まさか自分が、他人の好意に対し、胡坐をかくような真似をするとは)
考えれば考えるほど頭が痛い。
半ば強制するかのように、エルベ侯爵の前で婚約の二文字を持ち出して、私はリリティスをどうしたいのか。
自分の気持ちはよくわからない。
けれど誰かにくれてやるのは嫌だ。
(参ったな……)
まるで子どものわがままだ。
私から近付けば、リリティスはまたうんざりした顔をするに違いない。
しかしそれを想像すると、なぜか口元が緩み、止められない。
「エルベ侯爵を通せ。それと茶の用意も」
「かしこまりました。殿下、どちらへいかれるのですか?」
「父上のところに。侯爵には、茶を飲み終わる頃には戻ってくると伝えておけ」
*
「陛下。レティエ殿下がお見えになっておられます」
「……状況は?」
「エルベ侯爵が朝一番に謁見申請をし、現在殿下の執務室にてお茶を飲みつつ待機中。ちなみに殿下の宮の本日の茶葉は西国ティルダム産の最高級の品にございます」
「茶葉の種類まで聞いていない。エルベ侯爵が事前申請ではなく当日申請?なにか緊急事態か」
「どういったご用件かは計りかねますが……昨日帝都にて、エルベ侯爵のご息女リリティス様とレティエ殿下が、相乗りで屋敷に入られる所を大勢の民に目撃されております」
「なんと!あのレティエが女性と相乗り!?お前、知ってたならなぜ早く言わんのだ」
侍従はすっとぼけた顔で斜め上を向く。
「お前……わざとだな」
「黙って見守るのも親の愛ですよ」
この侍従──ルネは、乳兄弟という腐れ縁からふたりきりの時は気安い関係を許しているものの、時折重大な案件に対してもこのようにしれっと言ってのけるので、非常に腹が立つ。
「エルベの娘が婚約者候補に名を連ねた時、私が誰よりも歓喜したのはお前が一番よく知ってるだろうが!」
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