もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
66 / 100

レティエの憂鬱③

しおりを挟む


 そばにいることを苦痛に思わなかった女性は初めてかもしれない。
 そして会話の中で、堪えきれず笑いが漏れたのも。
 思いがけず私は、リリティスとの時間を楽しんでいたのだ。
 そう……“楽しい”なんて思うのは、いったいどれくらいぶりだろうか。
 暴行未遂直後のリリティスには気の毒としか言いようがないが、エルベ侯爵邸に到着した時の、ルカスとエリックによる力加減を間違えた出迎えと、私に向けられた純粋な瞳も、なんだかんだで心地よかった。
 久し振りに、身体から力が抜けていくのを感じた。
 
 だから、楽しかった反動なのかは自分でもよくわからないが、『他に、お慕いする方ができたのです』という彼女の言葉を聞いた時、自分でも驚くほど不快な気分に見舞われた。
 今思えば恥ずかしいような情けないような気持ちになるが、心のどこかで、例え婚約者候補辞退を申し出ようとも、きっとまだ、私のことを憎からず思っているはずだと自惚れていたのだ。
 アデールからの援護射撃や、修道院でのアベルたち騎士への献身も、私にそう思わせるのには十分だった。
 それに、見ず知らずの他者に対し、これほど心を砕ける人間が、そんな簡単に心変わりするはずがないと──
 (まさか自分が、他人の好意に対し、胡坐をかくような真似をするとは)
 考えれば考えるほど頭が痛い。
 半ば強制するかのように、エルベ侯爵の前で婚約の二文字を持ち出して、私はリリティスをどうしたいのか。
 自分の気持ちはよくわからない。
 けれど誰かにくれてやるのは嫌だ。
 (参ったな……)
 まるで子どものわがままだ。
 私から近付けば、リリティスはまたうんざりした顔をするに違いない。
しかしそれを想像すると、なぜか口元が緩み、止められない。

 「エルベ侯爵を通せ。それと茶の用意も」

 「かしこまりました。殿下、どちらへいかれるのですか?」

 「父上のところに。侯爵には、茶を飲み終わる頃には戻ってくると伝えておけ」


 *


 「陛下。レティエ殿下がお見えになっておられます」

 「……状況は?」

 「エルベ侯爵が朝一番に謁見申請をし、現在殿下の執務室にてお茶を飲みつつ待機中。ちなみに殿下の宮の本日の茶葉は西国ティルダム産の最高級の品にございます」

 「茶葉の種類まで聞いていない。エルベ侯爵が事前申請ではなく当日申請?なにか緊急事態か」

 「どういったご用件かは計りかねますが……昨日帝都にて、エルベ侯爵のご息女リリティス様とレティエ殿下が、相乗りで屋敷に入られる所を大勢の民に目撃されております」

 「なんと!あのレティエが女性と相乗り!?お前、知ってたならなぜ早く言わんのだ」

 侍従はすっとぼけた顔で斜め上を向く。
 
 「お前……わざとだな」

 「黙って見守るのも親の愛ですよ」
 
 この侍従──ルネは、乳兄弟という腐れ縁からふたりきりの時は気安い関係を許しているものの、時折重大な案件に対してもこのようにしれっと言ってのけるので、非常に腹が立つ。

 「エルベの娘が婚約者候補に名を連ねた時、私が誰よりも歓喜したのはお前が一番よく知ってるだろうが!」


しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

ガリ勉令嬢ですが、嘘告されたので誓約書にサインをお願いします!

荒瀬ヤヒロ
恋愛
成績優秀な男爵令嬢のハリィメルは、ある日、同じクラスの公爵令息とその友人達の会話を聞いてしまう。 どうやら彼らはハリィメルに嘘告をするつもりらしい。 「俺とつきあってくれ!」 嘘告されたハリィメルが口にした返事は―― 「では、こちらにサインをお願いします」 果たして嘘告の顛末は?

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

処理中です...