もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
66 / 73

レティエの憂鬱③

しおりを挟む


 そばにいることを苦痛に思わなかった女性は初めてかもしれない。
 そして会話の中で、堪えきれず笑いが漏れたのも。
 思いがけず私は、リリティスとの時間を楽しんでいたのだ。
 そう……“楽しい”なんて思うのは、いったいどれくらいぶりだろうか。
 暴行未遂直後のリリティスには気の毒としか言いようがないが、エルベ侯爵邸に到着した時の、ルカスとエリックによる力加減を間違えた出迎えと、私に向けられた純粋な瞳も、なんだかんだで心地よかった。
 久し振りに、身体から力が抜けていくのを感じた。
 
 だから、楽しかった反動なのかは自分でもよくわからないが、『他に、お慕いする方ができたのです』という彼女の言葉を聞いた時、自分でも驚くほど不快な気分に見舞われた。
 今思えば恥ずかしいような情けないような気持ちになるが、心のどこかで、例え婚約者候補辞退を申し出ようとも、きっとまだ、私のことを憎からず思っているはずだと自惚れていたのだ。
 アデールからの援護射撃や、修道院でのアベルたち騎士への献身も、私にそう思わせるのには十分だった。
 それに、見ず知らずの他者に対し、これほど心を砕ける人間が、そんな簡単に心変わりするはずがないと──
 (まさか自分が、他人の好意に対し、胡坐をかくような真似をするとは)
 考えれば考えるほど頭が痛い。
 半ば強制するかのように、エルベ侯爵の前で婚約の二文字を持ち出して、私はリリティスをどうしたいのか。
 自分の気持ちはよくわからない。
 けれど誰かにくれてやるのは嫌だ。
 (参ったな……)
 まるで子どものわがままだ。
 私から近付けば、リリティスはまたうんざりした顔をするに違いない。
しかしそれを想像すると、なぜか口元が緩み、止められない。

 「エルベ侯爵を通せ。それと茶の用意も」

 「かしこまりました。殿下、どちらへいかれるのですか?」

 「父上のところに。侯爵には、茶を飲み終わる頃には戻ってくると伝えておけ」


 *


 「陛下。レティエ殿下がお見えになっておられます」

 「……状況は?」

 「エルベ侯爵が朝一番に謁見申請をし、現在殿下の執務室にてお茶を飲みつつ待機中。ちなみに殿下の宮の本日の茶葉は西国ティルダム産の最高級の品にございます」

 「茶葉の種類まで聞いていない。エルベ侯爵が事前申請ではなく当日申請?なにか緊急事態か」

 「どういったご用件かは計りかねますが……昨日帝都にて、エルベ侯爵のご息女リリティス様とレティエ殿下が、相乗りで屋敷に入られる所を大勢の民に目撃されております」

 「なんと!あのレティエが女性と相乗り!?お前、知ってたならなぜ早く言わんのだ」

 侍従はすっとぼけた顔で斜め上を向く。
 
 「お前……わざとだな」

 「黙って見守るのも親の愛ですよ」
 
 この侍従──ルネは、乳兄弟という腐れ縁からふたりきりの時は気安い関係を許しているものの、時折重大な案件に対してもこのようにしれっと言ってのけるので、非常に腹が立つ。

 「エルベの娘が婚約者候補に名を連ねた時、私が誰よりも歓喜したのはお前が一番よく知ってるだろうが!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

その手は離したはずだったのに

MOMO-tank
恋愛
4歳年上の婚約者が幼馴染を好きなのは知っていた。 だから、きっとこの婚約はいつか解消される。そう思っていた。 なのに、そんな日は訪れることなく、私ミラ・スタンリーは学園卒業後にマーク・エヴァンス公爵令息と結婚した。 結婚後は旦那様に優しく大切にされ、子宝にも恵まれた。 いつしか愛されていると勘違いしていた私は、ある日、残酷な現実を突きつけられる。 ※ヒロインが不憫、不遇の状態が続きます。 ※ざまぁはありません。 ※作者の想像上のお話となります。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野
ファンタジー
「すまない、ヘレナ、クリス。ディビッドに逃げられた……」  父の土下座から取り返しのつかない借金発覚。  そして数日後には、高級娼婦と真実の愛を貫こうとするリチャード・ゴドリー伯爵との契約結婚が決まった。  ヘレナは17歳。  底辺まで没落した子爵令嬢。  諸事情で見た目は十歳そこそこの体格、そして平凡な容姿。魔力量ちょっぴり。  しかし、生活能力と打たれ強さだけは誰にも負けない。 「ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりしているわけじゃないの」    今回も強い少女の奮闘記、そして、そこそこモテ期(←(笑))を目指します。 ***************************************** ** 元題『ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりとしているとは限りません』     で長い間お届けし愛着もありますが、    2024/02/27より『糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る』へ変更いたします。 ** *****************************************  ※ ゆるゆるなファンタジーです。    ゆるファンゆえに、鋭いつっこみはどうかご容赦を。  ※ 設定がハードなので(主に【閑話】)、R15設定としました。  なろう他各サイトにも掲載中。 『登場人物紹介』を他サイトに開設しました。↓ http://rosadasrosas.web.fc2.com/bonyari/character.html

処理中です...