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望まれることの幸せ
しおりを挟む「アンリ様が、ご自身の幸せをなによりも一番に考えてくださらなければ、交流を持たせていただくことはできません」
「私にとっての幸せが、リリティス様とともにあることだとしても……ですか?」
「ええ。私たちの関係が、これからどうなるのかはわかりませんが……想うばかりで気持ちを返してもらえないのは不幸ではありませんか?それだけじゃない……もしかしたら相手が別の方に心を寄せる可能性だってあるのに」
まるで、過去の自分に言い聞かせているようだ。
「アンリ様の幸せは、アンリ様を愛する方たちの幸せでもあります。私たち、幸運にも家族からの愛に恵まれていますよね」
「ええ。うちの母はあの通り、お恥ずかしい限りですが」
訪問時のやり取りを思い出したのか、アンリ様は恥ずかしそうに人差し指でこめかみをかく。
「ですからどうか、『いつまでも待つ』なんて言わないで。幸せでないのなら、すぐに離れると約束してください。そのことでアンリ様を嫌ったりなんてしません。これまで通り、なにも変わりませんから」
「私がそんなに薄情な男だと思ってらっしゃるのですか」
「逆です。情の深い方だと思うから、こんなお話をするのです」
オリオール夫人はアンリ様を産んだことをなにひとつ後悔していない。
夫人の言動を見ていれば明らかだ。
それなのにアンリ様は、ご自身の付き合いだってあるだろうに、できる限り母親に寄り添おうとしてきた。
きっとこれからも、母親だけでなく、自分のかかわる人々に対し、同じように心を砕いていくのだろう。
「……わかりました。もし、不幸だと感じたら、その時はあなたから離れるとお約束します」
「ありがとうございます。そして……これからどうぞよろしくお願いいたします」
私の言葉に、アンリ様は優しく微笑んでくれた。
戻ってきた私たちの雰囲気からなにかを感じ取ったのか、オリオール夫人は終始ご機嫌だった。
アンリ様は喜びをわかりやすく態度に表す母親を、もう諦めたと言わんばかりの顔で眺めていて、私も母も苦笑するしかなかった。
「今日は本当に楽しかったわ。またぜひ、一緒にお茶を飲みましょうね」
帰り際、オリオール夫人は両手で私の手をぎゅっと握り締めた。
「私こそ、素敵なお時間をありがとうございました」
「今度はぜひ、うちにもいらしてちょうだい。アンリを迎えに行かせるから」
横目でちらりとアンリ様を見ると、いつもの呆れ顔……ではなかった。
「リリティス様がいらしてださるのなら……ぜひお迎えにあがります」
いつもならここで母親のお節介を止めに入るアンリ様が、初めて見せた態度にオリオール夫人は目を剥いた。
「リリアーヌ、見た!?見た!?アンリが、アンリがついに男を見せたわ!」
親友の様子を近くで見守っていたお母さまは、こらえきれず吹き出した。
「マリオンたらもう……アンリ様はずっと前から素敵な男性で、立派な紳士よ。ねえ、リリティス?」
「ええ、お母さま」
「ううっ、未来の嫁が可愛すぎるわ……!どうしましょう、早速屋敷の改装に取り掛からなきゃ……!!」
興奮気味にまくしたてる母親の姿に、アンリ様はいつものように顔をしかめた。
「話が飛躍しすぎなんですよ、母上は……ですがリリティス様──」
「は、はい」
「暴走しがちな母ですが……今回ばかりは私も同じ気持ちです」
息子の言葉に感極まり、口元を手で押さえるオリオール夫人。
私とアンリ様は、まだなにも始まってはいない。
けれど、自分との未来を切望する人がいるということの幸せがどれほどのものか。
それをほんの少しだけ見せてもらった気がした。
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