もう二度と、愛さない

蜜迦

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危機④

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 「……確かにこの状態で屋敷に戻るのは躊躇われますが、どうしようもないのでは……」

 服を買い求めても、宿屋で身支度を整えても、必ず噂になる。
 (そもそも私より殿下が目立つのよ)
 歩く帝国の象徴みたいな殿下を連れて歩けば、私たちの噂は明日を待たずして帝都中を駆け巡るに違いない。
 やはり馬車で帰るべきかと思案している私を無視して、殿下はオルフェの腹を蹴る。
 
 「ちょ、ちょっと……殿下!」

 「あちこち痛むだろうが、我慢しろ」

 暴漢に引き倒され、打ち付けられた箇所は青痣になっていることだろう。
 しかしオルフェの走りは二人乗りでも安定していて、耐えられない痛みではなかった。
 さすが、殿下の馬に選ばれただけある。

 「どちらへ行かれるのですか」

 「ポワレ公爵邸」

 (アデール様のお屋敷へ!?)
 確かにポワレ公爵邸は、ここからそう遠くない場所に建っている。
 しかし、今のこの状況をなんと言って説明したらいい?

 「そなた、アデールと懇意にしているのだろう」

 「確かに仲良くさせていただいておりますが、急にお邪魔してはご迷惑かと」

 「醜聞を避けるなら最適解だと思うが」

 自分自身を最も優先して考えるなら、確かに殿下の言う通りだ。
 アデール様ならきっと力になってくれる。
 私は少しの間逡巡し、結局殿下の提案に素直に従うことにした。

 「殿下、私を襲った男はこれからどうなるのでしょう」

 「戦争犯罪を犯した者を収監する場所がある。とりあえずはそこに繋ぐ」

 「あの、殿下──」

 「そなたが男から聞いたという話についても、きちんと尋問するから安心しろ」

 「……ありがとうございます」

 なぜ私なのだろう。
 こんな卑劣なことをするくらいだ。
 よほど恨みがあるのか……それとも私の存在がそれほど邪魔なのか。
 心当たりがなさすぎて、いったいなにを……誰を警戒すればいいのかさえわからない。

 「単純に、エルベ侯爵家への私怨という線もある。警戒するに越したことはないが、あまり思い悩むな。悩んでもどうにもならん」

 不安や葛藤、理不尽さを心の中に抱き込んで、いつもと同じ顔をしていられる人間なんてそうはいない。
 (けれど、殿下はいつも自分を崩さない人だった)
 『悩んでもどうにもならん』
 それは、陰謀や暗殺といった危険に常に晒されている彼が導き出した、簡単でいて、唯一楽に生きられる方法なのかもしれない。
 
 真っ直ぐに前を向く殿下の横顔を、私はただぼんやりと見つめていた。
 

 

 



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