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危機③
しおりを挟む私を抱きかかえたまま、殿下は建物とは反対の方向に向かって歩いて行く。
どこに行くのだろうと、殿下の進む方へ視線を向けると、入口付近に停まる幌馬車が見えた。
荷台にはたくさんの荷物が積まれていて、その周りには皇宮の制服に身を包んだ兵士が待機していた。
その中には見知った顔──アベルの姿も。
服装のせいもあるのだろうが、顔つきも雰囲気も、患者として出会った彼とは別人だった。
「殿下、あの荷物はいったい……」
「我が帝国の騎士たちが世話になった礼だ」
殿下によると、荷物の中身は医薬品や清潔な布類、あとは食料品だという。
よく見ると幌馬車は三台続いて停まっていた。相当な量だ。
「アベル」
名を呼ばれたアベルが前へ出る。
そして殿下に抱きかかえられる私に、ほんの一瞬、心配そうな目を向けた。
「私の代わりに院長へはお前から伝えてくれ」
「承知しました。殿下はどうなさるおつもりで?」
「エルベ侯爵邸へ行く。護衛を選んでくれ」
アベルは短く返事をすると、すぐに人選を始めた。
殿下は近くに繋がれていた馬たちの元へ行き、その中でもひときわ毛艶が美しい黒鹿毛の馬の側へと寄った。
馬は殿下の腕の中の私を見るなり顔を近づけてきた。
「わっ、あ、あのっ」
慌てる私にお構いなしに、馬はふんふんと鼻を鳴らして顔をすりよせる。
どうしたらいいのかわからず、されるがままになっていると、上から殿下の声が降ってきた。
「首周りを撫でてやれば喜ぶ」
そっと手を伸ばし、恐る恐る首を撫でてやる。
すると馬は目を細め、ぷるる、と小さく鳴いた。
(あったかい……)
自分よりもずっと高い体温。
気づけばいつの間にか手の震えは消えていた。
「……こいつが私以外に懐くとは、珍しいな」
「お名前はなんというのですか」
「オルフェ」
殿下は私を腕に抱いたまま、鐙に足をかけ、軽々と馬に乗った。
「あっ、あの、私、侯爵邸から乗ってきた馬車が……!」
「その格好で帰ってもいいのなら私は構わないが……おそらくもう、ここには出入りできなくなるぞ」
改めて自分の状態を確認してみると、服は砂まみれで所々が裂け、草木の枝で肌には無数の掠り傷が。
ひとつに束ねていた髪は、乱暴につかまれたせいでもはや束ねているとはいえない状態。
誰がどう見ても、婦女子暴行被害の直後だ。
この姿を侯爵邸の皆に……家族に見られたら、きっともう修道院には行かせてもらえなくなる。
「ここはお前の大切な場所なのだろう」
(なによ……散々ひどいことを言ったくせに)
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