もう二度と、愛さない

蜜迦

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事態は動かない

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 その日、私は父の前で【苦虫を噛み潰したような顔】という言葉を忠実に表現していたと思う。
 
 「いや……お前の気持ちは痛いほどわかるのだが、陛下からは特になんの通達もない」

 この展開は、どうやら切れ者の父でも予測できなかったらしい。
 なぜだ。
 舞踏会で、殿下に向かってはっきりと自分の意志を伝えたのにもかかわらず、二週間経っても皇宮からはなんの音沙汰もない。
 あの夜、帰宅してすぐに父の元へ行き、我が身に起こったあれこれを包み隠さず話したところ、父は無言で天を仰いだ。
 そして今後の展開について二人で出した結論は、おそらく近日中に婚約者候補辞退の申し出は受理されるであろう、だった。
 (あそこまで言ったのだから、殿下も陛下もすぐに了承されると思ったのに……)
 
 「やっぱり陛下が反対なさっているのかしら……?」

 「それはまだわからない。だが、私もそれとなく探りを入れてみよう。リリティス、あまり思い詰めるな」

 思い詰めるなと言われても、この婚約者候補辞退には私だけじゃない、エルベ侯爵家の命運がかかっているといっても過言ではないため、考えずにはいられない。
 かといって、差し当たって私にできることはなにもなく──


 「どうしたの、リリさん。手が止まってるよ」

 「あ、ごめんなさい。ついぼうっとしてしまって」
 
 結局来てしまった修道院。
 今日はちっちゃい子組ではなく、お姉さんと呼ばれる年頃の子たちと一緒に繕い物をしていた。 
 籠いっぱいに積まれた洗濯済みのボロボロの衣服はすべて、ここに運ばれてきた騎士たちが身につけていたものだ。
 あちこちが破れたり、穴が空いてしまっているため、端切れなどを足して縫い合わせるのだが、これがなかなかに技術を要する。
 正直に言うと、私はあまり裁縫が得意ではない。
 なので、物によってはだいぶ芸術的に仕上がるのだが、男気ある騎士の皆さんはそれを笑いながら受け取り、快く身につけてくれるからありがたい。

 「リリさん、ここのところ忙しかったんでしょう。大丈夫?」
 
 「ありがとう。でもちょっと集中が切れてしまったみたい。気分転換がてら、出来上がった物を届けてくるわね」
 
 私は繕い終わった衣服が入った籠を手に、部屋を出た。
 
 外は風が強く、緑豊かな木々を揺らしている。
 私が来なかった間に患者の数もだいぶ減り、修道院には再び穏やかな時間が戻りつつあった。

 「お嬢さん」

 不意に呼び止められ、声のした方に顔を向ける。
 するとそこには、私がお世話を担当していた男性が立っていた。
 男性は修道院の子たちが繕った洋服を身につけ、僅かな手荷物を持っていた。
 生えっぱなしだった無精髭は綺麗に剃られ、まるで別人のような面差しだ。
 
 「まあ、もしかして……!」

 「ええ、おかげさまですっかりよくなりまして……今日、帰宅の許可を貰えました」

 「おめでとうございます。ご家族も喜びますね」

 確か、妻と幼い子どもがいると言っていた。
 
 「ええ、あの、その……」

 「どうかなさいました?」

 「実は……家に帰れる嬉しさから、浮かれて歩いていたところ、落とし物をしてしまいまして」

 「なにを落とされたのです?」

 「出征前、妻に貰ったお守りなんです。とても大事なもので……」

 「まあ!それは大変。では、落とし物が届いていないか今すぐ聞いてきます」

 踵を返そうとした私を男が慌てた様子で止める。
 
 「いえ、たった今起こったことなので……すぐそこの林に転がっていったのは確かなんです。よかったら一緒に探していただけないでしょうか」





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