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舞踏会④
しおりを挟む「アベル様がレティエ殿下の側近だなんて知りませんでした。ただ、どこかでお顔は見たことがあると、その程度で」
「どうだかな。そなた、随分と私を慕っていてくれたそうではないか。エルベ侯爵なら私の身辺にも詳しいだろうし、探りをいれることも容易い。他の候補者から一歩抜きん出るために、あえて奇策に出たと考えれば、別に不思議なことではない」
「そんな……修道院での活動に他意はありません。両親はむしろ私の身の安全を心配し、反対していたくらいです。それに、皇宮と戦場を行き来するレティエ殿下があのような場所にお出でになるなんて、いったい誰が想像できましょう」
口にしながら、静かに怒りが湧いてくる。
父と母の忠誠心、そして私への愛情を疑うようなことまで言われたのだ。
黙って引き下がることは到底できなかった。
「私が殿下をお慕いしていたなんて……いったい誰がそんなことを殿下の耳に入れたのです?」
「アデールだ」
「アデール様が?」
「ああ。私のハトコにも随分と取り入ったようだな」
聞き間違いかと思ったが、殿下の表情を見る限り、嘘は言っていないように思える。
巻き戻る前も、そして今だって、いつもどんな時でも私の気持ちを一番に尊重し、応援してくださっていたアデール様。
そんなアデール様が、内緒でレティエ殿下に私を推していた……?
まあ、余計なお節介ではあるが、考えられなくはないし、以前の私ならむしろ喜んでいたかもしれない。
「……これまで猫を被る女は山ほど見てきた。お前がそうじゃないと、どうして言える?」
「それでしたら今日を持ちまして、私に関する殿下の疑いは、完全に晴れると思います」
ワルツはもう終盤に差し掛かっていた。
周囲で踊っている者たちもいたが、皆皇太子に遠慮して距離を取りながら動いている。
これなら話の内容を聞かれることもないだろう。
(よかった)
私は心の中で安堵するとともに、ラストに向かって殿下のリードに身を任せた。
曲が終わり、皆が足を止める。
私はドレスをつまみ、裾を少し持ち上げながら、殿下に向かって優雅に礼をした。
それと同時に、心の中で思いっきり自分に喝を入れた。
(緊張に支配されたら負けよ。これで、すべて終わらせるのだから……!)
私は、この場の誰よりも美しく見えるよう、所作のひとつひとつに全神経を傾けた。
そして慎重に視線を動かし、深紅の双眸に焦点を合わせた。
「確かに私は以前、恐れ多くも殿下に恋心を抱いていた時期がございました。ですがもう気持ちは消えてなくなりました。今後一切、殿下に近づくことはございませんので、どうぞご安心くださいませ」
“私人生史上一番”と、自信を持って言える笑顔でそう告げると、私はその場をあとにした。
その途端、待ってましたとばかりに大勢のご令嬢が殿下めがけて突進して行った。
一度も振り返らなかったので、彼がどんな顔をしていたのかはわからない。
けれど、私はやけに爽やかな気分に包まれていた。
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