もう二度と、愛さない

蜜迦

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舞踏会③

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 美しい微笑みがなぜだか刺々とげとげしく威圧的に感じるのは、背の高い彼から見下される格好になっているからだろうか。
 うるさく騒ぐ心臓を必死で抑え、丁寧に膝を折り、深く頭を垂れた。

 「帝国の若き太陽レティエ殿下。お目にかかれて光栄です」

 「堅苦しい挨拶はいらない。私に令嬢と最初に踊る栄誉をもらえるだろうか」

 断るなんて選択肢があろうはずもない。
 (いったいどういうつもりなの)
 巻き戻る前、彼はこういった場所には顔だけ出して、必要最低限の社交が終わればすぐに会場から姿を消していた。
 舞踏会も、賓客が参加する宴で義務的に踊ることはあれど、令嬢たちと積極的にダンスを楽しむ姿など見たことがない。
 (私が婚約者候補の辞退を申し出たことは、当然殿下の耳にも入っているはずなのに、なぜこのタイミングで……?)
 周囲の視線が私と殿下に集中しているのを肌で感じる。
 これ以上注目を集めたくはない。
 
 「身に余る光栄でございます」

 私は差し出された手にゆっくりと自分のそれを重ねた。
 フロアの中央から自然と人が退き、ざわざわと騒がしかった会場からは雑音が消えた。
 皇太子の存在に気づいた楽団が、私たちのために新たな曲を奏で始める。
 大きな手が私の腰に添えられた瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
 ワルツのリズムにのせて、最初の一歩を踏み出す。
 殿下のリードは明確で、優しかった。
 男性は腕の動きや体重の移動で進む方向や踏むステップを示すのだが、中には強引に引っ張ったり、一方的に相手を振り回すパートナーもいる。
 けれど彼の動きは安心感があって、踊りやすい。
 身体はまるで羽のように軽く、回転するたびにふわりとドレスが広がり、まるでフロアに大輪の花が咲いたよう。
 (まさかこんなにダンスがお上手だなんて)
 常に戦場に出ている印象だが、いつ練習しているのだろう。

 「久しぶりだな」

 「……え?」

 「覚えていないとは言わせない。“リリ”」

 頭を殴られたような衝撃に、ステップが止まりそうになる。
 (まさか、本当に気づいていて私をダンスに誘ったの?)
 周囲に動揺を悟られぬよう、必死で笑顔を貼り付ける。

 「誰かとお間違えではありませんか」

 「いや、確かにお前だ」

 「……なぜ、そう思われるのです」

 「お前は姿勢が良すぎるのだ。言葉遣いも平民のそれではない」

 しかしそれだけで私と確定するには無理があるだろう。
 けれど彼から放たれた次の言葉に、私は押し黙るしかなくなってしまった。

 「修道院に怪しい馬車が止まっていた。見張りを置いて行くと、馬車に乗り込んだのは平民のはずのお前で、行き先はエルベ侯爵邸だったと」

 そこまで見られてしまったのなら、これ以上の隠し立ては不敬になる。
 かといって、彼がそのことに言及した真意もわからないので、どう返すべきか答えに迷った。

 「私の側近も世話になったと聞いた。随分と手厚い看護をしてくれたとな」

 「そんな……私はなにも……」

 「婚約者候補を辞退すると言っておきながら、なぜアベルが私の側近と知るなり献身的に尽くすのだ?」

 ──そんなに私の気を引きたいのか?

 想像もしなかった言葉に、私は愕然とした。





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