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皇宮へ
しおりを挟む他人の勝手な評価がいかに鬱陶しいものか、それは私にもよくわかる。
上っ面しか見ていない人間が、どれほど無自覚に人を傷つけるかも。
「皇太子としての殿下はご存知の通り、非の打ち所がない素晴らしいお方です。ですが……ひとりの男としての殿下は、情に厚く……“あまのじゃく”ですね」
情に厚いというのは、アベルを自身の手でここまで運んできたことを思えば納得だが、あまのじゃくとは?
「リリさん、弟さんがいらっしゃるのでしょう?」
「あ、はい。やんちゃで生意気なのが二人おります」
「殿下も似たようなものです」
アベルは『ここだけの話にしてくださいね』と付け足した。
(レティエ殿下が弟たちと同じ?)
全然ピンとこない私にアベルは微笑む。
「殿下も生身の人間で、男だということです」
*
「……本当にお美しいですわ、お嬢様」
頬に手をあて、ほう、とため息をつく侍女たちの姿が鏡越しに見える。
皇宮で開催される舞踏会の支度ともなると、侍女たちも腕が鳴るようで、私は朝からこれでもかと磨き上げられ現在に至る。
鏡台の前に座り、侍女たちの気合の入った力作を目の前にして、自分の顔ながら見入ってしまう。
「もはや神業と言っても過言ではないわね。こんなに綺麗にしてくれて、本当にありがとう」
「お嬢様は元がよろしいので、このくらい当然です。むしろわたくしどもの腕が追いついていないくらいですわ」
古参の侍女の力説に、アンヌたちもうんうんと頷く。
「元がいいというのなら、お父様とお母様に感謝しなければね」
まるでサファイアのような大きく透き通る瞳は母親譲りで、その下に陣取る整った鼻は父親のそれによく似ている。
「それにしても、がたがたな前髪で修道院から戻られた日は、びっくりいたしました」
「あはは……」
そのひどい前髪は、今日は自然に流してある。
久々に視界がすっきりして嬉しい。
「お嬢様、そろそろ出発のお時間です」
執事の声がけに、エマが最後の仕上げに取り掛かる。
優しいコーラルピンクの口紅を紅筆に取り、輪郭を丁寧に縁取ってから内側を塗っていく。
(お化粧って不思議)
なぜだか自然と背筋が伸び、勇気が湧く。
(気を引き締めなければ)
私の目的は確かにレティエ殿下との婚約回避だが、その後の人生だって諦めるつもりはない。
幸せになる。
そのための足場はしっかりと固めなければ。
私は頭の中からここ数日の“リリ”としての平和な記憶を追い出した。
***
皇宮へ続く道は舞踏会へ参加する貴族たちが馬車で列をなしていた。
カスティーリャでは皇宮での催事の際、入場は序列順という決まりがあるため、私たちは行列を無視して先へと進む。
馬車に刻まれたエルベ侯爵家の家紋を馬車の小窓から覗き見る貴族たち。
毎度のことながら、妬み嫉みを孕んだ視線にはうんざりしている。
決まりだからそうしているだけで、優越感などこれっぽっちも感じたことはない。
けれど、どんなに手を伸ばしてもこの場所に届かない者たちからすれば、全ては嫌味に感じるのだろう。
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