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お別れを言いに
しおりを挟むだが、過ぎたことを後悔しても仕方がない。
良いことも悪いことも、すべてひっくるめての自分なのだから。
「皇宮にはこのドレスで行くわ」
自分の意見が採用されて嬉しいのか、アンヌはご機嫌だった。
*
馬の蹄の音が聞こえたのか、修道院へ着くなり、チコがこちらに向かって勢いよく駆けてくるのが見えた。
座席を立ち、小窓から外を見ていたエリック。
チコはエリックを見つけた途端、満面に笑みを浮かべた。
「エリック!」
「チコ!」
エリックが、私を押しのけるようにして馬車の外に出る。
ちなみにエリックの今日の装いは、さしずめ“少し余裕のある家の子”といったところだろうか。
男の子を持つ家人に、着古した洋服があればくれないかと頼んだところ、皆、どう見ても着古してない洋服を持参してきた。
きっとエリックに着せることを聞いて、気を遣ってくれたのだろう。
エリックは新しくできた刺激的な友人に夢中で、私の方を振り返りもせず行ってしまった。
子どもとは不思議なもので、ぶつかり合うことを恐れないし、むしろぶつかればぶつかるほど仲良くなる。
もちろん例外もあるが、エリックとチコはなんというか、お互い馬が合うのだろう。
最初は不安でしかなかったが、そんな二人の姿を見て、今は少し考えを改めた。
この先一生、窮屈な世界で生きていかなければならないエリックにとって、普通の子どものように過ごせるこの時間は貴重かもしれない。
今日ここに来たのには理由がある。
しばらく社交活動に精を出さなければならないため、以前のように頻繁に手伝いに来ることができなくなる。
なので、いつも顔を合わせている方々や、そのうちにここを出ていかれるであろう患者さんたちに挨拶がしたかった。
けれど、やることは変わらない。
今日も今日とて山積みの洗濯物を抱えて奔走する。
紛争にひと区切りついたことで、心なしか患者たちの雰囲気も明るくなった気がする。
隣同士談笑する光景も見られ、懸命に看病してきた身としては、なんとも感慨深い。
レティエ殿下に運ばれてきたアベルとも、今ではすっかり打ち解け、軽い世間話もするようになった。
ちなみにあれから殿下は姿を見せていない。
包帯を替えながら、しばらく修道院へ来れなくなることを伝えると、アベルはほんの少し残念そうな顔をした。
「そうですか……ですが、家の事情とあれば仕方ない」
「すみません。家業の手伝いをしなければならなくて」
おそらく細々と商いを営んでいる家だと思われているのだろうが、あながち間違いでもない。
貴族は商業ではないが、あえて商業に例えるとすれば、我が家は現在【社交シーズン盛期】という名の繁忙期。
年頃の私は営業に力を入れなくては。
「なので、アベル様がここを出られる時に、ご挨拶できそうにありません。残念です」
アベルの回復は周囲も驚くほど早かった。
あと数日もすれば、ここを出て行くことになるだろう。
(もう、レティエ殿下の来訪に怯えなくてもいい)
チコたちはがっかりするだろうが、すぐに忘れるはず。
レティエ殿下は『またな』なんて言っていたが、それもただの気まぐれだろう。
きっともう子どもたちのことも忘れているはず。
「あの、アベル様……もしよければお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんでしょう?」
「アベル様からみたレティエ殿下とは、どんな方ですか……?」
アベルは一瞬、虚を衝かれたような顔をした。
(まずい、いきなり変な質問をして怪しまれたかしら)
「あっ、あの、違うんです。修道院の子どもたちがレティエ殿下に憧れていて……それで、本当の“カスティーリャの銀獅子”とはどんな人なのだろうと思って」
アベルは慌てる私に薄く微笑んだ。
「……そんな質問をされたのは初めてですね」
「え?」
「“カスティーリャの銀獅子”については、その容貌から勇ましい戦いぶりまで、帝国民であれば誰もが知っています。そして皆も殿下にその通りであるよう望んでいる。殿下が本当はどのような人物であるかなどと、そんなことを考える方はほとんどいません」
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