20 / 100
看病
しおりを挟む「俺の服がぴったりだな。似合ってるぞ、エリック!」
その洋服は、修道院を卒業していった子たちが着古した年代物で、ところどころつぎがあてられていた。
エリックは、若干ふてくされながらも大人しく袖を通し、小さな声でチコに礼を言う。
──ねえ、あっちで遊ぼう
──“エリック”って呼んでもいい?
同年代の子たちが、皆で遊ぼうとエリックを誘う。
「エリック。私はこれから患者さんのところへ行かなくてはならないから、皆に院内を案内してもらいなさい」
私の言葉にエリックは『僕は姉さまと一緒がいい』とぼやいていたが、すぐに諦め、皆と楽しそうに奥へと駆けて行った。
*
こもった空気を入れ替えるため、窓を開けると爽やかな風が入り込んでくる。
健康な私たちにとっては気持ちいいだけの風だが、寝たきりの人間は寒がることがある。
ひとりひとりに寒くないか声をかけながら、毛布で調節してやったり、医師から指示された処置を施して行く。
レティエ殿下が連れてきた男性は、どうやら熱が出だしたようだ。
顔は赤く、呼吸が浅い。
(戦場を離れてまで、戦わなくてはならないのね)
連日の救護活動で、医師も看護師も疲弊していた。
(苦しみを和らげてあげるくらい、私にもできる)
すぐさま外にある井戸水を汲みに行き、男の側に桶を置いた。
冷たい水に浸した布をしっかりと絞り、男の額に乗せる。
すると驚いたのか、男は一瞬身体を縮こませたが、すぐに表情を緩ませた。
(あら……この方どこかで……)
取り立てて特徴のない顔ではあるが、見覚えがある。
いったいどこで見たのか……しばらく考えたが答えはでなかった。
「……レティエ殿下が、あなたをここへ連れてきてくださったのですよ。あなたは殿下の大切な人なのでしょう?それなら、頑張らなくては」
眠る男に向かって、物語を聞かせるように囁きかける。
「どうか、負けないで」
言いながら、まるで自分に言い聞かせているような気がした。
何度変えても額の布はすぐに温もってしまう。
それでも目の前の彼が楽になるのならと、井戸までの道を往復し、何度も布を替えてやった。
そうしているうちに日が傾き始め、そろそろエリックを迎えに行こうと腰を上げると、外がにわかに騒がしくなる。
「……レティエ……殿下……?」
入り口に目をやった瞬間、驚いてつい名前を呼んでしまった。
なぜなら、もう二度とここには来ないと思っていたレティエ殿下本人が、今まさにこちらへ向かって歩いて来たからだ。
2,581
お気に入りに追加
5,220
あなたにおすすめの小説
ガリ勉令嬢ですが、嘘告されたので誓約書にサインをお願いします!
荒瀬ヤヒロ
恋愛
成績優秀な男爵令嬢のハリィメルは、ある日、同じクラスの公爵令息とその友人達の会話を聞いてしまう。
どうやら彼らはハリィメルに嘘告をするつもりらしい。
「俺とつきあってくれ!」
嘘告されたハリィメルが口にした返事は――
「では、こちらにサインをお願いします」
果たして嘘告の顛末は?
【完結】探さないでください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。
貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。
あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。
冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。
複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。
無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。
風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。
だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。
今、私は幸せを感じている。
貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。
だから、、、
もう、、、
私を、、、
探さないでください。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
私の愛する人は、私ではない人を愛しています
ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。
物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。
母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。
『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』
だが、その約束は守られる事はなかった。
15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。
そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。
『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』
それは誰の声だったか。
でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。
もうヴィオラは約束なんてしない。
信じたって最後には裏切られるのだ。
だってこれは既に決まっているシナリオだから。
そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる