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一晩明けて
しおりを挟む「本当に行かれるのですか?」
「うん……行く」
着替えを手伝ってくれるアンヌの顔は、心配を通り越して若干呆れも入っているような感じに見て取れる。
だがそれも当たり前だ。
昨夜。
帰宅した私の姿を見て、家人たちは悲鳴を上げた。
とりわけ女性陣は阿鼻叫喚。
原因は勿論前髪だ。
どうやら皆、私が暴漢かなにかに襲われ、無理矢理前髪を切られたのだと勘違いしたらしい。
違う。切ったのは私だ。
ちなみに皆に告げた理由は『医療器具を片付けていてうっかり手元が狂った』だ。
しかし、そんな突拍子もない理由が信じてもらえるはずもなく、何度も説明し続けてようやく引き下がってくれたかと思ったら、今度は心身の疾患を心配された。
本当は過酷な状況に耐えられず、自傷行為をしたのではないかと。
ひどい。
身体も埃まみれだったため、すぐさまバスルームに連行され、隅々まで磨かれた。
まるで赤ちゃんだ
そしてガタガタの前髪は、腕利きのメイドたちがなんとか見られる風に直してくれた。
そんなこんなで女子としての体を保つことができたのは良かったが、家族を含め家人からも、修道院通いに対する否定的な意見がちらほらと聞かれた。
弟たちに至っては、修道院へ乗り込まんばかりの勢いで。
『前髪をうっかりバッサリできる医療器具って、いったいなんなのさ!?姉さま、本当のことを言ってよ!僕がそいつにひとこと言ってやるから』
と、拳を握り締めたのは長男のルカス。
『兄さんは甘いんだよ……髪は女性の命だよ?それを切りやがったんだ。しかもこんな不格好にね……それならこちらも相応のものを差し出して貰わなきゃ……』
仄暗い表情で家宝の剣を鞘から出し、うっとりと眺める次男のエリック。
侯爵家を巡り巡った噂話。
誤った情報が弟たちの耳に届いてしまい、“姉は襲われた”というまったくのデマが、二人の中では真実になってしまったようだ。
私は疲れた身体に鞭を打ちまくり、弟たちの機嫌を取り続けた。
そしてなんとか宥めすかすのに成功し、ベッドに潜り込んだのは深夜だった。
それなのに、アンヌは私が部屋に戻るのを待っていてくれたのだ。
どうやら私が思う以上に、アンヌは心配してくれていたようで。
皆の温かさに感謝する反面、今日はどうしても修道院へ行きたかった。
昨日運び込まれた男性の容態が、気になって仕方ないのだ。
おそらくここ数日が山場だろう。
それに、他の患者さんの心身のケアも、人手を考えればやはり私が行かなければ不十分だ。
「どうしてお嬢様がそこまでする必要があるのです?確かに、素晴らしいお心がけだとは思いますが……」
アンヌの言うことはもっともだ。
けれど、私にとってヴィタエ修道院は、侯爵家とは違うもう一つの家族のような、とても大切な場所になっていた。
「アンヌ、心配かけてごめんね。もう無茶はしないようにするから。約束するわ」
するとアンヌは困ったような顔をして笑い、それ以上はなにも言わなかった。
見送る家人たちに手を振り、侯爵邸を出発する。
だがこの時、侯爵邸を出発しようとするもう一台の馬車の存在に、私は気づいていなかった……
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