もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
16 / 100

再会②

しおりを挟む




 このなりでは当たり前かもしれないが、これほど近くで顔を合わせているのに、レティエ殿下が私に気づく様子はまったくない。
 (私の名が婚約者候補に挙がっていたことくらい、知っているはずなのに)
 今さらながら、彼の私への興味の無さ……もしくは自身の婚約に対する無関心さがよくわかる。
 この調子では、前髪を切る必要もなかったかもしれない。

 「殿下!」

 不意に名前を呼ばれた方へ、殿下が顔を向けた。
 つられてその視線の先を追うと、殿下と共にやってきた騎士が、自分と、おそらく殿下のものと思われる馬の手綱を手に立っていた。
 殿下は一瞬こちらを振り返ったが、なにも言わず騎士の元へと歩きだした。
 殿下が騎乗したのを見届けると、私は再び深々と頭を下げ、蹄の音が遠ざかるのをただひたすら待ち続けた。
 砂煙を上げながら、馬が駆けて行くのは帝都の方向だった。
 おそらく殿下が戦場を離れても大丈夫なくらいには、戦況は一段落したのだろう。
 私はシーツを所定の場所に戻すと、修道院の隅で待機してくれていた馬車に乗り込み、護衛とともに帰路についた。

 *

 馬車に揺られながら、今日の出来事を振り返る。
 (なぜ、過去とは違うことが起きているの)
 もしかしたら、過去と違う人生を歩み出したから?
 だとしたらなんて皮肉なことだろう。
 レティエ殿下を遠ざけるつもりが、まさかいきなり遭遇するはめになるなんて。
 けれど、いくら腹心のためとはいえ、殿下がこんな場所に何度も顔を出すことはありえない。
 おそらく引き上げる途中に起こったアクシデントだったから、共に立ち寄っただけだろう。   
 きっと明日には私と出会ったことも忘れるはず。 
 心配する必要はない。
 婚約者だった時も、私になんの興味も示さなかったような方だ。

 ──それにしても私は、殿下のどこが好きだったんだろう

 美しい見た目?それとも強さ?
 どれも合っている気がするし、そうじゃない気もする。
 “恋に落ちる”とはよく言ったもので、彼をひと目見た瞬間、まさに“落ちて”いた。
 結局落ちた先は奈落の底で、現在こんなことになっているわけなのだが。
 けれど、そのおかげというか、珍しいものを見る機会に恵まれた。
 さっき見た殿下は……平民の女にシーツをたたんで渡してやるような優しさは、“エルベ侯爵令嬢”の私では、一生拝むことのできない彼の持つ一面だろう。
 戦場での彼は、苛烈を極めると聞く。
 以前の私は、皇太子がなぜそこまでして前線で戦うのか不思議だったが、それは純粋に民のためではないだろうかと先ほどの殿下を見て感じた。
 お互いの身分も名前も知らないあの場所で、私は殿下が守るべき民であったから。
 だから心を砕いてくれたのではないだろうか。
 もしもあれが“リリティス”という名の政治的利害関係にある者だとしたら、彼の対応もまた違ったのかもしれない。
 (皇太子としての自分に近付いてくる人間を警戒してしまうのかしら)
 気持ちはわからなくもない。
 彼に近づく者は私を含め皆、彼の幸せよりも、自分の幸せしか考えていない。
 生身の彼を知ろうとする者も。
 巻き戻る前の私に関して言えば、このヴィタエ修道院での活動が良い例だ。
 負傷した騎士を助けることで、戦場に出ているレティエ殿下と同じ気持ちでいるような気分になっていた。
 それを殿下が望んだわけでもないのに。
 
 ──じゃあ、どうすれば愛してもらえたのだろう

 そんな、考えても仕方のないことが堂々巡りする。
 けれど、どうしても不思議でならない。
 なぜ私は駄目で、クロエ嬢ならよかったのか。
 そして殿下も、クロエ嬢がいいのならどうして私に婚約解消を申し出なかったのか。
 (陛下がお許しにならなかったのかしら)

 「お嬢様、つきました」

 御者の声で我に返る。
 殿下に会ったせいで、ひどく感傷的な気分になってしまった。
 きつく目を閉じて『忘れろ』と自分に言い聞かせる。
 私は、新しい人生を、自分のために生きるのだから。
 
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...