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再会②
しおりを挟むこのなりでは当たり前かもしれないが、これほど近くで顔を合わせているのに、レティエ殿下が私に気づく様子はまったくない。
(私の名が婚約者候補に挙がっていたことくらい、知っているはずなのに)
今さらながら、彼の私への興味の無さ……もしくは自身の婚約に対する無関心さがよくわかる。
この調子では、前髪を切る必要もなかったかもしれない。
「殿下!」
不意に名前を呼ばれた方へ、殿下が顔を向けた。
つられてその視線の先を追うと、殿下と共にやってきた騎士が、自分と、おそらく殿下のものと思われる馬の手綱を手に立っていた。
殿下は一瞬こちらを振り返ったが、なにも言わず騎士の元へと歩きだした。
殿下が騎乗したのを見届けると、私は再び深々と頭を下げ、蹄の音が遠ざかるのをただひたすら待ち続けた。
砂煙を上げながら、馬が駆けて行くのは帝都の方向だった。
おそらく殿下が戦場を離れても大丈夫なくらいには、戦況は一段落したのだろう。
私はシーツを所定の場所に戻すと、修道院の隅で待機してくれていた馬車に乗り込み、護衛とともに帰路についた。
*
馬車に揺られながら、今日の出来事を振り返る。
(なぜ、過去とは違うことが起きているの)
もしかしたら、過去と違う人生を歩み出したから?
だとしたらなんて皮肉なことだろう。
レティエ殿下を遠ざけるつもりが、まさかいきなり遭遇するはめになるなんて。
けれど、いくら腹心のためとはいえ、殿下がこんな場所に何度も顔を出すことはありえない。
おそらく引き上げる途中に起こったアクシデントだったから、共に立ち寄っただけだろう。
きっと明日には私と出会ったことも忘れるはず。
心配する必要はない。
婚約者だった時も、私になんの興味も示さなかったような方だ。
──それにしても私は、殿下のどこが好きだったんだろう
美しい見た目?それとも強さ?
どれも合っている気がするし、そうじゃない気もする。
“恋に落ちる”とはよく言ったもので、彼をひと目見た瞬間、まさに“落ちて”いた。
結局落ちた先は奈落の底で、現在こんなことになっているわけなのだが。
けれど、そのおかげというか、珍しいものを見る機会に恵まれた。
さっき見た殿下は……平民の女にシーツをたたんで渡してやるような優しさは、“エルベ侯爵令嬢”の私では、一生拝むことのできない彼の持つ一面だろう。
戦場での彼は、苛烈を極めると聞く。
以前の私は、皇太子がなぜそこまでして前線で戦うのか不思議だったが、それは純粋に民のためではないだろうかと先ほどの殿下を見て感じた。
お互いの身分も名前も知らないあの場所で、私は殿下が守るべき民であったから。
だから心を砕いてくれたのではないだろうか。
もしもあれが“リリティス”という名の政治的利害関係にある者だとしたら、彼の対応もまた違ったのかもしれない。
(皇太子としての自分に近付いてくる人間を警戒してしまうのかしら)
気持ちはわからなくもない。
彼に近づく者は私を含め皆、彼の幸せよりも、自分の幸せしか考えていない。
生身の彼を知ろうとする者も。
巻き戻る前の私に関して言えば、このヴィタエ修道院での活動が良い例だ。
負傷した騎士を助けることで、戦場に出ているレティエ殿下と同じ気持ちでいるような気分になっていた。
それを殿下が望んだわけでもないのに。
──じゃあ、どうすれば愛してもらえたのだろう
そんな、考えても仕方のないことが堂々巡りする。
けれど、どうしても不思議でならない。
なぜ私は駄目で、クロエ嬢ならよかったのか。
そして殿下も、クロエ嬢がいいのならどうして私に婚約解消を申し出なかったのか。
(陛下がお許しにならなかったのかしら)
「お嬢様、つきました」
御者の声で我に返る。
殿下に会ったせいで、ひどく感傷的な気分になってしまった。
きつく目を閉じて『忘れろ』と自分に言い聞かせる。
私は、新しい人生を、自分のために生きるのだから。
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