もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
12 / 90

修道院②

しおりを挟む



 「よくいらしてくださいました、リリティス様」

 「お久しぶりです、院長先生。ですがこれからはどうか“リリ”とお呼びください」

 「ああ、そうでしたね。すみません、ついいつものように……その辺は子どもたちにもよく言い聞かせてあります」

 白い髭が印象的な院長とはもう長い付き合いだ。
 このヴィタエ修道院では、十六歳までの孤児が暮らしている。
 私は彼らがいずれ修道院を出て就労し、独り立ちするためのお手伝いをさせてもらっていた。
 具体的に言えば、読み書きや簡単な計算を教えたり、文字が読めるようになった子には私が写本した聖書などを配ったり。
 この写本に関しては、紙とインクは高級品であるために、院長やシスターからはとても喜ばれた。

 「子どもたちと少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

 「どうぞ。あの子たちも喜びます」

 院長先生はきちんと言い聞かせてくれたようだが、いかんせん相手は子ども。
 私は確認のため、彼らの元を訪れることにした。

 *

 「あ!リリティ……じゃなかった、リリ様!」

 私の姿を見つけるなり走ってきたのはちっちゃい子組のチコ。
 国境沿いの故郷が戦禍に巻き込まれ、住む場所と両親を失った戦争孤児だ。
 まだ七歳と幼いながらも賢く、そこそこ生意気だ。
 私がつけた“ちっちゃい子組”という小さい子たちを一括りにした呼び方も、どうやらお気に召していないらしい。
 ぷくぷくした血色の良いほっぺを膨らませ、全身で不満を訴える姿が可愛らしくてたまらない。

 「俺はもう七歳だよ?“ちっちゃい子”なんて呼び方はやめてよ」

 「あら、チコはもうお兄さんなの?」

 「そうだよ」

 「そうなの?それは残念だわ」

 「なんでさ?」

 「だって、お兄さんになってしまったのなら、もう“いいこいいこ”も、ぎゅーって抱き締めてあげるのも失礼よね」

 「ん!?」

 「淋しいけど、チコのためだもの……我慢するわ」

 うぅ……と、わざとらしく目元に手をあてる。
 するとチコはわかりやすく慌て出した。

 「俺はお兄さんだけど、仕方ないからちっちゃい子でいてやる!だから“いいこいいこ”も“ぎゅー”も、して大丈夫だ!」

 「うふふ、チコったら可愛い!ぎゅーっ」

 「だましたのか!?」

 小さな身体をぎゅうぎゅう抱き締めると、チコはくすぐったいのか笑い出した。
 
 ──リリ様だ!
 ──チコばっかりずるい!
 ──リリ様私も私も

 私たちのやり取りを面白そうに眺めていた子たちが、一斉に寄ってきた。
 ひとりひとりを撫でてあげながら、私は大切なことを口にした。

 「あのね、みんな。院長先生から聞いたと思うんだけど、私のことは“リリ”って呼んで欲しいの」

 すると、側にいた子が答えた。

 「ちゃんと呼んでるよ?“リリ様”って」

 「“様”をつけたらいけないわ。だって、みんなは名前に“様”ってつけられたことがある?」

 平民といえど、富裕層や年配者に尊敬を込めて敬称をつけることはある。
 しかし齢十五の私に“様”なんてつけたら──アンヌも言っていたが、ただでさえ貴族のお嬢様感がだだ漏れているという私のことだ。
 すぐに貴族とばれてしまう。

 「酷い怪我を負って苦しんでいる人々に気を遣わせたくないの。だから、みんなも私のことはお友だちを呼ぶように呼んでちょうだい?」

 子どもたちはしばらく戸惑っていたが、やがてひそひそとなにか相談を始めた。
 しばらくして、どうやら全員の意見が一致したようで、ひとりの子が前へ出た。
 
 「じゃあ“リリちゃん”」

 「リリちゃん?」

 「うん!女の子のお友だちだから、リリちゃん!」

 『リリちゃん』
 そんな風に呼ばれるのはきっと最初で最後だ。
 でも、とっても可愛らしくて、なんだか胸が温かくなる呼び名だ。

 「……ねえ、リリちゃん」

 また別の子が私の袖を引く。
 とても暗い表情が気になった。

 「また、たくさん人が死んじゃうの……?」

 この子もまた戦争孤児だ。
 負傷者を受け入れるという院長の決断は素晴らしいと思うが、心に傷を負ったこの子たちは敏感で、ほんの些細なことでも記憶が引き戻されてしまう。
 どうやって説明しよう……そう思った時だった。

 「大丈夫だ!俺たちにはレティエ殿下がいる!」

 声を上げたのはチコだった。

 「カスティーリャの銀獅子。戦場に出れば無敵のレティエ殿下が俺たちを守ってくれる!ね、リリちゃん!」

 チコも昔、親を殺された心の傷から、夜はよくうなされていたと聞く。
 だから、『寝る前に思い出して』と、ある話をたくさん語って聞かせた。
 男の子は勇者の出てくる物語が大好きだ。
 だから、カスティーリャの銀獅子と呼ばれるレティエ殿下のことを話したのだ。
 
 「チコの言う通りよ。レティエ殿下は誰にも負けない。だってこれまでも、レティエ殿下に傷を負わせた者はいないんだから」

 少しずつ、子どもたちの瞳から不安が消えていくのが見て取れた。
 安心するのと同時に、どれだけ消そうとしても、自分の人生の中からレティエ殿下が簡単に消えることはないのだと思い知らされた。

 

 

 

 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

婚約者マウントを取ってくる幼馴染の話をしぶしぶ聞いていたら、あることに気が付いてしまいました 

柚木ゆず
恋愛
「ベルティーユ、こうして会うのは3年ぶりかしらっ。ねえ、聞いてくださいまし! わたくし一昨日、隣国の次期侯爵様と婚約しましたのっ!」  久しぶりにお屋敷にやって来た、幼馴染の子爵令嬢レリア。彼女は婚約者を自慢をするためにわざわざ来て、私も婚約をしていると知ったら更に酷いことになってしまう。  自分の婚約者の方がお金持ちだから偉いだとか、自分のエンゲージリングの方が高価だとか。外で口にしてしまえば大問題になる発言を平気で行い、私は幼馴染だから我慢をして聞いていた。  ――でも――。そうしていたら、あることに気が付いた。  レリアの婚約者様一家が経営されているという、ルナレーズ商会。そちらって、確か――

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私は旦那様にとって…

アズやっこ
恋愛
旦那様、私は旦那様にとって… 妻ですか? 使用人ですか? それとも… お金で買われた私は旦那様に口答えなどできません。 ですが、私にも心があります。 それをどうかどうか、分かって下さい。  ❈ 夫婦がやり直す話です。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 気分を害し不快な気持ちになると思います。  ❈ 男尊女卑の世界観です。  ❈ 不妊、代理出産の内容が出てきます。

ただずっと側にいてほしかった

アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。 伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。 騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。 彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。 隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。 怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。 貴方が生きていてくれれば。 ❈ 作者独自の世界観です。

半日だけの…。貴方が私を忘れても

アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。 今の貴方が私を愛していなくても、 騎士ではなくても、 足が動かなくて車椅子生活になっても、 騎士だった貴方の姿を、 優しい貴方を、 私を愛してくれた事を、 例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるゆる設定です。  ❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。  ❈ 車椅子生活です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...