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修道院②
しおりを挟む「よくいらしてくださいました、リリティス様」
「お久しぶりです、院長先生。ですがこれからはどうか“リリ”とお呼びください」
「ああ、そうでしたね。すみません、ついいつものように……その辺は子どもたちにもよく言い聞かせてあります」
白い髭が印象的な院長とはもう長い付き合いだ。
このヴィタエ修道院では、十六歳までの孤児が暮らしている。
私は彼らがいずれ修道院を出て就労し、独り立ちするためのお手伝いをさせてもらっていた。
具体的に言えば、読み書きや簡単な計算を教えたり、文字が読めるようになった子には私が写本した聖書などを配ったり。
この写本に関しては、紙とインクは高級品であるために、院長やシスターからはとても喜ばれた。
「子どもたちと少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。あの子たちも喜びます」
院長先生はきちんと言い聞かせてくれたようだが、いかんせん相手は子ども。
私は確認のため、彼らの元を訪れることにした。
*
「あ!リリティ……じゃなかった、リリ様!」
私の姿を見つけるなり走ってきたのはちっちゃい子組のチコ。
国境沿いの故郷が戦禍に巻き込まれ、住む場所と両親を失った戦争孤児だ。
まだ七歳と幼いながらも賢く、そこそこ生意気だ。
私がつけた“ちっちゃい子組”という小さい子たちを一括りにした呼び方も、どうやらお気に召していないらしい。
ぷくぷくした血色の良いほっぺを膨らませ、全身で不満を訴える姿が可愛らしくてたまらない。
「俺はもう七歳だよ?“ちっちゃい子”なんて呼び方はやめてよ」
「あら、チコはもうお兄さんなの?」
「そうだよ」
「そうなの?それは残念だわ」
「なんでさ?」
「だって、お兄さんになってしまったのなら、もう“いいこいいこ”も、ぎゅーって抱き締めてあげるのも失礼よね」
「ん!?」
「淋しいけど、チコのためだもの……我慢するわ」
うぅ……と、わざとらしく目元に手をあてる。
するとチコはわかりやすく慌て出した。
「俺はお兄さんだけど、仕方ないからちっちゃい子でいてやる!だから“いいこいいこ”も“ぎゅー”も、して大丈夫だ!」
「うふふ、チコったら可愛い!ぎゅーっ」
「だましたのか!?」
小さな身体をぎゅうぎゅう抱き締めると、チコはくすぐったいのか笑い出した。
──リリ様だ!
──チコばっかりずるい!
──リリ様私も私も
私たちのやり取りを面白そうに眺めていた子たちが、一斉に寄ってきた。
ひとりひとりを撫でてあげながら、私は大切なことを口にした。
「あのね、みんな。院長先生から聞いたと思うんだけど、私のことは“リリ”って呼んで欲しいの」
すると、側にいた子が答えた。
「ちゃんと呼んでるよ?“リリ様”って」
「“様”をつけたらいけないわ。だって、みんなは名前に“様”ってつけられたことがある?」
平民といえど、富裕層や年配者に尊敬を込めて敬称をつけることはある。
しかし齢十五の私に“様”なんてつけたら──アンヌも言っていたが、ただでさえ貴族のお嬢様感がだだ漏れているという私のことだ。
すぐに貴族とばれてしまう。
「酷い怪我を負って苦しんでいる人々に気を遣わせたくないの。だから、みんなも私のことはお友だちを呼ぶように呼んでちょうだい?」
子どもたちはしばらく戸惑っていたが、やがてひそひそとなにか相談を始めた。
しばらくして、どうやら全員の意見が一致したようで、ひとりの子が前へ出た。
「じゃあ“リリちゃん”」
「リリちゃん?」
「うん!女の子のお友だちだから、リリちゃん!」
『リリちゃん』
そんな風に呼ばれるのはきっと最初で最後だ。
でも、とっても可愛らしくて、なんだか胸が温かくなる呼び名だ。
「……ねえ、リリちゃん」
また別の子が私の袖を引く。
とても暗い表情が気になった。
「また、たくさん人が死んじゃうの……?」
この子もまた戦争孤児だ。
負傷者を受け入れるという院長の決断は素晴らしいと思うが、心に傷を負ったこの子たちは敏感で、ほんの些細なことでも記憶が引き戻されてしまう。
どうやって説明しよう……そう思った時だった。
「大丈夫だ!俺たちにはレティエ殿下がいる!」
声を上げたのはチコだった。
「カスティーリャの銀獅子。戦場に出れば無敵のレティエ殿下が俺たちを守ってくれる!ね、リリちゃん!」
チコも昔、親を殺された心の傷から、夜はよくうなされていたと聞く。
だから、『寝る前に思い出して』と、ある話をたくさん語って聞かせた。
男の子は勇者の出てくる物語が大好きだ。
だから、カスティーリャの銀獅子と呼ばれるレティエ殿下のことを話したのだ。
「チコの言う通りよ。レティエ殿下は誰にも負けない。だってこれまでも、レティエ殿下に傷を負わせた者はいないんだから」
少しずつ、子どもたちの瞳から不安が消えていくのが見て取れた。
安心するのと同時に、どれだけ消そうとしても、自分の人生の中からレティエ殿下が簡単に消えることはないのだと思い知らされた。
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