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修道院①
しおりを挟む足を踏み入れた瞬間、鼻を突く嫌な臭い。
“負傷者”と一口に言っても、その程度は様々だ。
それくらいわかっていたはずなのだが、実際目にしたのは想像を遥かに超える凄惨さだった。
四肢の欠損、視力や聴力を奪われ、腐った肉に無数の蛆虫が湧く兵士たちがそこここに。
苦しさに呻き声を上げ、水を欲し、中には殺してくれと頼み込む者も。
その光景に足がすくみ、言葉を失った。
漂う死臭に胃から酸っぱいものが込み上げ、外で嘔吐する私に、院長やシスターは無理だと思ったのだろう。
『気持ちだけで十分だ』と声をかけた。
──情けない
情けなくて、不甲斐なくて、涙が出た。
度重なる戦争を憂い、レティエ殿下の無事を祈っていた日々。
けれどなんにもわかっていなかった。
戦いに行く者たちと同じ心でいる“フリ”だけして、帝都でただぬくぬくと暮らしていただけ。
まだ胃はむかむかしていて、戻れば同じことになるかもしれない。
それでも、戻らなければならないと思ったのだ。
そうでなければ自分の矜持が崩れると。
(懐かしいわね)
今も幼いが、あの頃はもっと幼かった。
それでもただただ一生懸命だった。
それから私は院長とシスターたちに頼んで、患者には貴族の娘だということを内緒にしてもらった。
患者だけではない。
対外的にも私がここに通っているということは他言しないようにした。
貴族がなにかするにつけ、気まぐれな施しなどと、揶揄する者が少なからずいる。
そういう者たちの話のネタにされるのが嫌だった。
リリティスではなく“リリ”と名乗り、看病にあたった。
アンヌに言われたように、もしかしたら身分を偽っていることがバレていたのかもしれない。
けれど、それをあえて指摘する人は誰もいなかった。
どんなに手を尽くしても救えない命に涙を流し、不自由な身体でも家族の元に帰れるようになった者とは手を取り合って涙を流した。
そんなことを思い出すと、あの場所にまた帰りたくなった。
傾向と対策がわかっている分、父母を説得するのは前回ほど難しくはなかったが、大変だったのは弟たちだ。
どうしたらそんなに駄々がこねられるのか。
指南書でも売ってるのかと聞きたくなるほどの有り様に辟易しながらも、根気強く宥め続け、ようやく今に至る。
「でもお嬢様、負傷者といえど相手は男性です。騎士といえど色んな方がいます。気をつけてくださいね」
「大丈夫よ。アンヌは心配性ね」
巻き戻る前も、危険なことはなにも起こらなかったし、万が一のため護衛も待機してくれている。
久しぶりに戻るあの場所へと思いを馳せながら、私は馬車に乗り込んだ。
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