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ポワレ公爵邸②
しおりを挟む別に悪事を働いたわけでもないのに、判決を待つ被告人のような気持ちになる。
「あの……え……?レティエ殿下の婚約者候補を辞退するって……だってリリティス様、あんなに──」
私がこれまでにしてきた、殿下に関する話の数ときたら、冷静になって考えると羞恥の極みだ。
『あんなに──』で止めてくれたのは、アデール様の優しさだろう。
「その節はアデール様にたくさんお話を聞いていただきました。とても感謝しております」
「なぜいきなり?殿下となにかあったのですか?」
きっとアデール様なら、私の身に起きたすべての出来事を信じてくださると思う。
けれど、経験していない側からすればあまりにも突飛な話だ。
「殿下とはなにも……ただ、恋に恋していた自分に気付きまして……考えを改めました」
「まあ……でも本当にそれでよろしいの?リリティス様のお家柄なら、なんの問題もなく皇太子妃に選ばれるはずよ」
「もう自分の心に区切りはつけましたから。これまで親身になって話を聞いてくださったアデール様には、どうしても自分の口から話したくて」
アデール様は私にかける言葉を迷っているようだった。
励ますのも、慰めるのもなんだか違うと感じているのだろう。
少しの沈黙のあと、アデール様は私の目を見た。
姉が言うことをきかない妹に『仕方ないわね』と微笑むような優しい顔。
「リリティス様がお幸せなら、それでいいと思うわ」
アデール様は決して曖昧なことは言わない。
そしていつもそっと、私の行きたい方へ背を押してくれる。
(やっぱり会いにきてよかった)
「あの……父から聞いた話ですと、帝国内で殿下のお妃の最有力候補はアデール様というお話ですが……」
私が退いたことで、アデール様を推す陣営はここぞとばかりに攻めるだろう。
(ご迷惑がかからなければいいのだけど)
「確かにそういうお話が出ているみたいね。同じ皇帝派であるエルベ侯爵家が辞退されるとなると、リリティス様を推していた方々も、ポワレ公爵家を推す派閥に加わるかもしれない。けれどリリティス様もご存知の通り、ポワレ公爵家の事情を考えると、私が選ばれることはないと思うわ」
皇太子妃の生家には、殿下の後ろ盾として求められるものが多い。
ポワレ公爵家も今は貴族社会で権勢を誇っているが、公爵が逝去された後はどうなるかわからない。
そして、どの派閥がどれだけ騒ごうと、最終決定権は皇帝陛下にある。
「今後予想される帝国の情勢を鑑みても、属国の王女との縁組みという線で落ちつくのではないかしら」
アデール様は自身のことよりもまず、この国の行く末についてちゃんと考えている。
(それなのに私ときたら)
レティエ殿下に関わることとなると、なにも見えていなかった。
(だから足をすくわれるようなことになってしまったのよね……)
本当に情けない。
そんな思いから、知らずため息が漏れた。
「リリティス様?」
「いえ、なんでもありません。アデール様、これからも末永く仲良くしてくださいね」
アデール様は「もちろんよ」と笑顔を返してくれた。
過ちはこれから正していけばいいのだ。
私は残りの時間を目一杯楽しんだ。
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