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ポワレ公爵邸
しおりを挟むアデール様からはすぐにお返事がきた。
花の型押しが美しい菫色の便箋には、『ぜひお会いしたい』という嬉しい言葉が記されていた。
そして一週間後、私はポワレ公爵邸へと向かう馬車に揺られていた。
帝都の中心部を過ぎ、しばらく走ると分岐点にさしかかるが、御者は慣れた様子で進路を変えた。
(もう少しね)
夜の道を照らすために設置されている街灯が、特徴あるモダンなデザインに変わって行く。
これはポワレ公爵邸が設置したもので、“あと少しで到着です”のサインにもなっている。
小窓から外の様子に目をやると、少し先に城と見紛うほどの見事な邸宅が。
郊外に建つポワレ公爵邸は、その主と同じく重厚で品があり、訪れるたびに格の違いを感じさせられる。
ポワレ閣下には片手で数えられるほどしかお会いしたことはないが、物静かでいてしかし威厳に満ち溢れたお方だ。
閣下といいアデール様といい、高貴な身でありながら、決して偉ぶらないポワレ公爵家の方々を私はとても尊敬している。
門をくぐり、馬車停めで降りると、そこには初老の男性が立っていた。
「お待ちしておりました」
「お出迎えありがとう」
彼はポワレ公爵邸に長年勤める執事で、アデール様を訪ねると、いつもこうして出迎えてくれる。
「アデール様に会いたくて、屋敷を早く出すぎてしまったわ。ごめんなさいね」
「いえいえ、アデールお嬢様も朝からとても楽しみにしておられましたから。きっとお喜びになるでしょう」
執事はそう言って微笑むと、私を邸内へと促した。
案内された応接室に足を踏み入れた途端、可憐な声が私の名を呼んだ。
「まあ、リリティス様!」
皇家の血筋の象徴である白金の髪を、リボンと共にふんわりと結い上げたアデール様は、まるで妖精のよう。
時間が巻き戻らなければ、もう二度と会えなかったのだと思うと目頭が熱くなる。
アデール様は立礼しようとした私の前にきて、両手を取った。
「お会いできて嬉しいわ。堅苦しい挨拶なんておやめになって、どうぞこちらへ」
親しい友人だと言われているようで、なんだかくすぐったい。
「薔薇が見頃だから、お庭に席を用意しようかと思ったのですが……最近は日差しが強くて」
「ポワレ公爵邸の薔薇は、毎年とても見事ですよね」
ポワレ公爵が臣籍降下される際、皇宮にしかない珍しい品種の薔薇を兄皇子から数株贈られたそうだ。
育て方が難しい品種だが、植え替えもうまくいき、今では皇宮に見劣りしない見事な花をつけるようになったのだと教えてもらった。
「うふふ、リリティス様が毎年喜んでくださるものだから、庭師も張り切っているのよ。帰る前に一緒にお散歩しましょうね」
部屋の中央に設けられたテーブルセット。
そこにはサンドイッチにスコーン、ペストリーの載ったハイティースタンドにクリームやジャム、そして美しくカットされたフルーツの盛り合わせが置かれていた。
「さあ、お座りになって。今紅茶を淹れさせますわね」
湯気にのって華やかな香りが鼻に届く。
「それで……リリティス様のお話とは?」
メイドが給仕を終えたタイミングで、アデール様が口を開いた。
(いざとなるとやっぱり緊張するわね)
あれだけ恋の悩みを聞いてもらった仲だ。
(急な心変わりを呆れられないかしら……)
けれどいつまでも黙っているわけにはいかない。
私は腹を括った。
「あの、実は私……レティエ殿下の婚約者候補から降りることにいたしました!」
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