もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
7 / 100

婚約、やめます②

しおりを挟む



 ポワレ公爵家は、先代皇帝の弟が臣籍降下してできた一代限りの爵位だ。
 この国では臣籍降下した皇族の爵位は一代限りで、世襲を認めていない。
 今はまだポワレ公爵がご健在のため、アデール様も公爵令孫と位置付けられているが、万が一公爵が逝去された場合、そもそもポワレ公爵という名前自体が消える。
 その後、貴族の権威を保てるだけの財産が子孫にあるかどうか、それを皇宮が公正に判断したのち、また新たな爵位が授けられるのだ。
 アデール様はそんなご自分の立場をよくわかっていらして、公爵令孫でありながらも控えめで優しくて、けれど芯の強いとても素敵な女性だ。
 (そう、アデール様が有力だったの……)
 けれど、前世でのやり取りを考えるに、アデール様本人にその気はなかったように思う。
 年下の私を妹のように可愛がってくださって、レティエ殿下と婚約が決まった時も、誰よりも喜んでくださった。
 (お会いしたいな)
 あの優しい笑顔に癒やされたい。

 「リリティス?」

 「あ……ごめんなさい、ついぼうっとしてしまって。ではお父様、婚約者候補辞退の件、よろしくお願いしますね」

 
 ***


 「アンヌ、便箋とペンを持ってきてくれる?」

 婚約者候補を辞退することを直接アデール様に伝えたいと思った私は、早速ポワレ公爵邸へ手紙を送ることにした。
 (きっとお父様以上に驚かれるわね、ふふ)
 私がどれだけ殿下に夢中だったか、アデール様はよく知っている。
 アデール様の新緑の瞳がまん丸に見開くのを想像すると、自然と口元が緩んでしまう。
 
 「なにか良いことがあったんですか?」

 「ん?うん、ちょっとね。ではこれをポワレ公爵邸までお願い。それとアンヌ」

 「はい」

 「あなたのお母さまと弟さんのことだけど……もしもなにか困ったことが起きた時は相談してね。私、必ず力になるわ」

 「お嬢様……?」

 「ほら、私も弟が二人いるでしょう?なんていうかその、他人事とは思えなくて。お母さまも仕事に家事育児で大変だと思うから、万が一体調を崩してしまった時なんかはゆっくり休めるようにと思って」

 唐突すぎただろうか。
 けれど、クロエ嬢の話が本当だとすれば、備えておくに越したことはない。
 婚約者候補を辞退することにより、未来が変わるのであれば、毒殺未遂事件も起こらない。
 けれどアンヌの母の体調まで変わるかはわからないから。

 「アンヌは私たちに本当によく尽くしてくれてる。だから、これからもあなたが気持ちよく働けるように、なんでも相談してね」

 「ありがとうございます。母は私がエルベ侯爵家で働いてることが自慢なんです。でも、今のお嬢様のお話を聞いたらきっと、感動して疲れも吹っ飛んじゃいます!」

 「うふふ、嬉しいわ」

 アンヌは笑顔のまま手紙を持って部屋を出た。
 










しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...