もう二度と、愛さない

蜜迦

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婚約、やめます

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 「レティエ殿下の婚約者になりたくないだって!?」

 「はい、お父様」

 あんぐりと口を開ける父。
 だが驚くのも無理はない。
 レティエ殿下に憧れて、婚約者になりたいと常日頃父親の前で漏らしていたのは、他でもないこの私なのだから。

 「どういうことなのか説明してくれないか」

 「その……魔法が解けたといいますか、レティエ殿下に憧れる一心で『婚約者になりたい』などとわがままを申し上げましたが、大切なことがなにも見えていなかったことに気付いたのです」

 レティエ殿下はそもそもご自身の結婚にはまったく興味がなかったように思う。
 結婚適齢期を迎えても浮いた噂ひとつ聞かなかったし、私を選んだのも殿下ではなかった。
 陛下と皇后陛下、そして重臣の皆さまの協議によって私との婚約は決められたのだと聞いていた。
 エルベ侯爵家からは未だ皇妃が出たことがないという点も、権力の分散を考えた時にはちょうどよかったのかもしれない。

 「その……改めてよく考えたんです。結婚するのなら、私を大切に想ってくださる方がいいと。お父様とお母様のように、お互いを心から尊敬し、信頼しあえる夫婦になりたいと」

 いくら父を納得させるためのいいわけだとしても、夢物語みたいな非現実的なことを言っているのは自覚している。
 父と母のように、政略結婚から愛が芽生えることは稀だ。
 レティエ殿下の婚約者にならなかったからといって、結局は別の相手との政略結婚が待っているだけで──
 (それでもレティエ殿下の婚約者にさえならなければ、家門の未来は明るいわ)

 「……お前の気持ちはわかった。明日にでも皇宮に出向き、お前を候補から外していただけるよう話を通してくる」

 「ありがとう、お父様!」

 「だがしかし、本当にいいのか?」

 「うん。これでいいの」

 私一人が勝手に熱くなっていただけで、レティエ殿下にその気はまったくなかった。
 そのことが痛いほどよくわかったから、もう未練なんてなにもない。
 家族より大切なものなんてないのだから。
 そのときとある懸念が頭をよぎった。
 (これで本当に大丈夫なの……よね……?)
 クロエ嬢が私を陥れたのは、私が殿下の婚約者だったからで、その他に理由はないはず。
 けれどどうにもぬぐえぬ不安が口をついて出ていった。

 「……ねえ、お父様。デヴォン伯爵家について、なにかご存じだったりする?」

 「デヴォン伯爵家がどうかしたのか?」

 「ううん。なんでもないの。ただ私と年の近いご令嬢がいたでしょう?彼女の名前も殿下の婚約者候補に上がってるのかなって。ちょっと気になっただけ」

 クロエ嬢が殿下に接近しだしたのは私が婚約者に内定したあとのことだった。
 (それにしても、どの女性にも興味を示さなかった殿下が女性を側に置くなんて)
 それこそ奇跡のような恋だったのかもしれない。
 どのみち私にはもう関係のないことだけれど。

 「いや、デヴォン伯爵令嬢の名は上がっていなかったはずだ。お前の他に有力視されていたのは属国の王女二人と、同じ皇帝派に属するポワレ公爵令孫だったと把握している」

 この時期帝国は近隣の小国や、周囲に点在するいくつかの部族と緊張状態にあった。
 (よくレティエ殿下も戦場にお出になられていたわね)
 属国と強固な絆を結ぶため、王族との縁組が検討されていたことは知っている。
 そしてポワレ公爵令孫アデール様のことも。



 
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