もう二度と、愛さない

蜜迦

文字の大きさ
上 下
2 / 100

冤罪②

しおりを挟む



 そこは、クロエ嬢が懇意にしているとある貴族令嬢の母親──サリバン婦人が主催するサロンで、新進気鋭の作家や芸術家などを集めて交流する、帝都でも名のしれた邸宅だった。
 (なぜデヴォン伯爵家ではなく、ここで?)
 ふとそんな疑問が頭をかすめたが、もしかしたら人を介した方が丸く収まると思ったのかもしれない。
 なにせクロエ嬢は気弱で、集団でないと意見の一つも言えないタイプだ。
 見ようによってはしたたかとも言えるだろう。

 家人に案内された応接室には、既にクロエ嬢とサリバン婦人が座ってお茶を飲んでおり、私を見つけると二人は同時に立ち上がって礼をした。

 『リリティス様、今日は来てくださってありがとうございます』

 殊勝な態度には期待が持てる。

 『エルベ侯爵令嬢においでいただけるなんて光栄ですわ。さあ、どうぞお掛けになってください』

 最初は貴族のお約束というか、狸の化かし合いのような会話が続き、本題は二杯目のお茶が用意されるタイミングで、クロエ嬢が切り出した。

 『私、今日はどうしてもリリティス様に謝らなければと思って……』

 クロエ嬢がそこまで言うと、サリバン婦人がなにかに気付き、顔を向ける。
 その視線の先を目で追うと、焦った様子のメイドがこちらへやってくるのが見えた。
 メイドに耳打ちされた婦人は、慌てたように席を立つ。

 『申し訳ありません、どうやらお客様がいらしたようで……少し失礼いたします』

 わざわざ婦人が対応しなければならないとは、地位のある客人なのだろう。
 (けれどあらかじめ予定を聞いておくのがマナーなのに……よほどの急用なのかしら)

 『話を戻しますが……私が謝りたいのは、レティエ殿下とのことです』

 謝罪と言うからには“人の婚約者に手を出してすみません”と頭を下げるのかと思いきや、クロエ嬢は不敵な笑みを浮かべた。

 『婚約者を取られてさぞかしおつらいでしょう?ですが、殿下はリリティス様との結婚を望んではおられませんの。陛下や重臣に押し切られ仕方なく結んだ婚約だったと……ですから、私とのことはどうかお許しくださいませ』

 ──殿下は私に癒やしを求めておられるのです

 続けてそう言われ、頭に血が上った。

 『……例え殿下が望まなくとも、この婚約は覆すことなどできません……!』

 落ちつけ。
 殿下が私を愛していないことくらい、最初からわかっていた。
 それでも婚約を望んだのは私だ。
 
 『私も貴族に生まれた身……事情は十分わかっております。けれど私、どうしても殿下を解放して差し上げたくて』

 クロエ嬢が優雅な手つきで、お代わりの注がれたティーカップを口元へ移動させる。

 『どうか恨まないでくださいね、リリティス様』

 薄気味悪い微笑みを浮かべ、クロエ嬢は紅茶を口に含んだ。
 そしてそのすぐあと、ゆらりと身体が揺れたと思ったら、彼女の身体は床へと落ちた。

 『クロエ!!』

 私が発するより先に、後ろから聞こえてきた声に驚愕する。

 『レティエ殿下!?』

 

 

 
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

私は身を引きます。どうかお幸せに

四季
恋愛
私の婚約者フルベルンには幼馴染みがいて……。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...