勘違いは程々に

蜜迦

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フィオナ②

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 だが、応援とひとくちに言っても、フィオナにできることは僅かだった。
 彼のためにしてあげられたことと言えば、主に食事面でのサポートだ。
 しかしそれは一般的な栄養面のサポートとは少し違う。
 フィオナが行ったのは、リアムの皿から肉を取り上げる馬鹿者くいしんぼうへの対策だ。
 育ちのいいリアムは他の団員に比べて格段に食べるスピードが遅い。
 ほとんどの団員は庶民育ちで、兄弟間での熾烈なご飯争奪戦を経験してきている。
 【食べるのが遅いのが悪い】という非常に理不尽な彼らのルールは、言って聞かせたところですぐには直らない。
 だから肉の取り合いをする団員たちの目を盗み、こっそりと柔らかい部位をリアムの皿に入れてあげたりしていたのだ。
 
 あとは先輩からの【舐めておけば治る】というろくでもない教えを鵜呑みにしたために、しょっちゅう傷を化膿させていたリアムに、正しい処置を教え、薬を塗ってあげたりもした。  
 贔屓だと思われたら困るので、あくまでこっそりと。
 あれこれと世話を焼くフィオナに、リアムも最初は戸惑っていた。
 しかしその都度フィオナが『気にするな』と親指を立てて合図すると、次第にはにかんだ笑顔を見せるようになった。
 自分よりも七歳も年上なのに、リアムは偉ぶったところがまるでない。
 フィオナはそんなリアムのことを、いつの間にか本当の兄のように慕っていた。
 
 団員たちは適齢期を迎えると結婚し、家を構え、宿舎を出て行く。
 もちろん御縁がなくて、宿舎暮らしを続ける者もいるのだが、それはごく少数だ。
 だからフィオナは、リアムも時がくれば結婚し、宿舎を出て王都に家を構えるものだと思っていた。
 淋しい気持ちがないと言えば嘘になるが、二度と会えないわけではない。
 その時がきたら心から祝福しようと思っていた。
 けれどリアムには、これまで浮いた話のひとつもない。
 フィオナはそれが不思議でたまらなかった。
 身内贔屓ではないが、リアムは婚活市場においては相当な優良物件のはず。
 リアムが戦に出る時なんて、沿道は耳をつんざくような黄色い声が飛び交うし、彼の生家エズモンド伯爵家からは、定期的に見合いの吊り書きが宿舎に届けられている。
 だが当のリアムはそれらに一切目もくれず、相変わらずの稽古三昧。
 時折団員たちから冗談交じりに娼館に誘われると、眉間に皺を寄せて睨み返す。
 気づけばリアムは、この国で男性の結婚適齢期と呼ばれる歳をとっくに過ぎていた。
 もしかして、リアムは女性に興味がないのだろうかと余計な気を揉んだこともあったが、フィオナはこのあと、それが単なる杞憂だったと知ることになる。
 
 それは前任の副団長が引退し、リアムが副団長に選ばれてすぐのことだった。
 その日、リアムは正式に副団長位の辞令を国王から受けるため、父とともに王城に発った。

 『行ってらっしゃい!』

 フィオナは、副団長の正装に身を包んだリアムを誇らしい気持ちで見送った。
 リアムは笑顔を返してくれたが、その表情は固く、緊張しているのが伝わってきた。
 (帰ってきたらゆっくり休ませてあげよう)
 疲れて帰ってくるだろうリアムのために、滋養のつくものでも作ろうと、フィオナは厨房へ向かった。
 
 しかしその夜、王城から帰ってきたリアムの様子は、予想していたものとは随分違った。
 感情をあまり表に出さないリアムが、食事中、なにかを思い出したようにひとり微笑んでいるのだ。
 いつも真面目なリアムが思い出し笑いなんて、よほど楽しいことがあったに違いない。
 いつもと違う彼の様子に気づいた団員たちが、『王宮で美女にでも出会ったか』と口々にからかったが、リアムは困ったように笑うだけだった。
 それからもリアムは、王城に行った日は必ず決まって、幸せそうな微笑みを漏らすようになった。
 それだけじゃない、時折上の空のようになり、稽古中に怪我をしたことも。

 『最近、どうしちゃったの?』

 手当てをしながら問いかけると、リアムはバツが悪そうに微笑むだけ。
 しかし団員たちに同じ質問を投げかけてみると、彼らは待ってましたとばかりに、ここ最近リアムが上の空な理由を教えてくれた。
 なんとリアムは今、第二王女キャロルとなのだそう。
 キャロル王女はリアムが登城すると、必ずといっていいほど姿を現すそうで、初めは固い表情だったリアムも、今では彼女が現れるのを心待ちにしているようであると。
 
 ──第二王女の心を射止めるなんて、さすが我が第一騎士団自慢の副団長!

 フィオナの胸は、誇らしい気持ちでいっぱいだった。
 少年の頃はひょろひょろと棒きれのようだったリアムも、今では戦に出れば敵なしと言われるまでに成長した。
 国民からの人気だって相当だ。
 しかし相手は王族。
 ふたりが結ばれるにあたって、多少の困難は予想されるだろうが、決して不可能なことではない。
 キャロルには王太子である兄と、第一王女である姉もいる。
 すべてはリアムの今後次第だが、キャロル王女の降嫁先として認められる可能性は十分ある。
 (頑張れ、リアム!)
 これまでも、フィオナは団員たちの恋路を全力で応援してきた。
 家族……時にそれ以上の存在である団員たちに、幸せになって欲しいと、心からそう思っていたのだ。
 



 
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