勘違いは程々に

蜜迦

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フィオナ①

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 年に一度開催される、王国主催の馬上槍試合トーナメント
 大歓声の中、円形闘技場コロッセオの中央で勝者の証であるトロフィーを受け取ったのは、精鋭揃いで名高い第一騎士団で副団長を務めるリアム・エズモンド。
 優勝を果たした彼にトロフィーを授与したのは、このオルトナ王国の第二王女キャロル。
 妖しいほどに美しい美貌の騎士を前に、頬を薔薇色に染める姿は恋する乙女そのものだ。

 ──そろそろご結婚かしらね
 ──なんてお似合いの二人なのかしら

   歓声に紛れ、好奇心に満ちた声があちこちから聞こえてくる。
 この国で、二人が恋人であるという噂を知らない者はいない。
 若き英雄と美しい王女の秘められた恋物語は、お喋り好きなご婦人方の格好のネタだ。
 歓声の中、遠巻きに二人を眺めていたフィオナは、安堵の溜め息を吐いた。
 (……よかったね、リアム)
 トーナメントの優勝者は、褒美としてどんな願いでもひとつだけ叶えて貰うことができる。
 リアムがこの日のためにどれだけの努力をしてきたか。
 その姿を誰よりも近くで見守ってきたフィオナの喜びはひとしおだった。
 (ようやくこれで、彼を解放してあげられる……)
 フィオナは人知れず安堵のため息を吐いた。


 ***


 『喜べフィオナ!お前の婿が決まったぞ!』

 興奮気味にそう告げた父の嬉しそうな顔は、今でもよく憶えている。
 そして、相手の名を聞いた時の衝撃も。


 フィオナの父ジェラルドは、精鋭揃いと名高いオルトナ王国第一騎士団を率いる団長職に就いていた。
 フィオナの家族は父ジェラルドだけ。
 母はフィオナが幼い頃、病が原因でこの世を去った。
 母が死去したあと、周囲はまだ男盛りの父に『子どもには母親が必要だ』と、しきりに再婚を勧めた。
 父の生家は大貴族の侯爵家。
 加えて自身は栄誉ある第一騎士団長ともなれば、周囲が放っておくはずがない。
 後を絶たないお節介焼きの親族や、後妻狙いの女性たちのあからさまな秋波は、幼いフィオナの目にも余るほどだった。
 けれど父は決して後妻を娶ることはしなかった。
 色んな事情があったのだろうと推察されるが、一番は母を失って傷付くフィオナのため、あえて独身を貫く決意をしたのかもしれない。
 父は強いだけじゃなく、とても優しい人だから。

 遠征で留守がちな父に代わり、フィオナの面倒を見てくれたのは、屋敷の使用人たちと第一騎士団の団員たち。
 【結束を深めるためには寝食を共にするのが一番】というのがモットーのジェラルドは、国が運営する騎士団の屯所とは別に、私財を投じて自邸のすぐそばに宿舎を建てた。
 そして庭を訓練場として開放したのだ。

 敷地内に轟く野太い声。
 体力作りのためのランニングで震える大地。 
 最初は怯えていたフィオナだったが、彼らとの騒々しい生活は、いつの間にか母を失った淋しさを忘れさせてくれた。

 大きくなるにつれ、生傷の絶えない団員たちの手当てをしたり、大所帯の食事の支度も手伝うようになった。
 彼らは“団長のお嬢さん”に世話を焼かれることを恐縮していたが、そんなことフィオナは気にしなかった。
 彼らがくれる“ありがとう”の言葉は、フィオナの心の支えでもあったから。

 そんな明るくたくましい脳筋集団の中に、ひとりだけ毛色の違う団員がいた。
 リアム・エズモンド。それが彼の名だ。

 すらりと伸びた長身に、鍛え上げられた肉体。
 艶やかに揺れる黒髪。その隙間から覗く切れ長の瞳と彫りの深い顔立ち。
 しかも生まれは伯爵家と非の打ち所がない男。

 リアムとの出会いは十二年前。
 フィオナはまだ六歳だった。
 このオルトナで騎士を目指す者は、十三歳になる前の年、騎士見習いになるための試験を受ける。
 基礎体力や実技、適性検査を見事クリアして第一騎士団にやってきたリアムの第一印象は、『あなた、本当に大丈夫?』だった。

 なぜなら当時のリアムは“いいとこのお坊ちゃま”を絵に書いたような少年だったからだ。
 白い肌に細い身体。隠し切れない品の良さ。
 どれもほとんどの団員が持ち合わせていないものだ。
 おまけに剣を持てば重さによろめき、筋トレしては貧血で倒れる。
 そんな彼を陰で笑う者もいたし、中には精鋭揃いの第一騎士団でやっていくのは難しいだろうと、やんわり他の道を諭す者もいた。
 しかしリアムは決して腐らなかった。
 雨の日も風の日も、黙って訓練を続けるリアム。
 そのひたむきな姿勢に、幼いフィオナも心を打たれた。
 騎士見習いの選抜試験で彼を選んだのは、他でもないフィオナの父だ。
 きっと彼には他の人にはないなにかがあるのだろう。
 だからフィオナは、いつかその【なにか】が花開くまで、リアムを応援しようと心に決めたのだ。

 

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