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12.改めての公爵家(1)
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さっと話題を変えようとして、ティアナは次にマリウスに「婚約者は本当にいなかったの?」と尋ねた。
「ないってば。いい加減に本気にして欲しいんだけどなぁ。ああ、一度はね、婚約者もいたんだけど……」
「そうでしょ!?」
こらこら、とマリウスは苦笑いを見せる。
「婚約破棄されてしまった。優良物件なのにねぇ。でもまあ、わかるよ。愛がある政略結婚なんてものはないけど、それにしても僕はその子に興味がなさすぎたんだ。申し訳ないことをしてしまった。今、その子は侯爵家の令息と婚約し直して幸せに暮らしているようだけど」
「そうなのね。興味がなさすぎたっていうのは、デートをしないとか、そういうこと……?」
「うん。そうだね。当時の僕はホロゥの使い方を研究するのにのめりこんでしまっていて、公爵家全体や父上からも相当怒られていて……」
ああ、そうか。今はたやすく彼は「引っこ抜く」ことをやってみせるけれど、それは最初から出来ることではなかったのだ、とティアナは気づく。そもそも彼の人差し指を使ったあの芸当。それ自体、誰に教わったわけでもなく編み出された術なのだと知り、ティアナは「あなた、自分ひとりであれを見つけたのね」と言えば「うん。何年もかけてね」と返ってくる。
「みんなには見えないホロゥを、祈りの間で大量に見つけた時に少しだけ呪って、少しだけ高揚した。一体どうして僕は彼らを見ることが出来るのかってことと、やっぱりホロゥはいたんだってこと。それから、聖女はあのホロゥをどうするのかってさ……」
「わたしの前の聖女様のご様子は見ていらしたの?」
「少しだけ覗き見したよ。像の影からね」
「ま、悪趣味ね」
「そうなんだよ。悪趣味なんだ」
聖女は祈りの間で起きたことは口外しない。ならば、見るしかない。そうマリウスが言えば、ティアナは小さく笑った。
「だってさ、君も話してくれた通り、前の聖女は震えながら体をこう、前に倒してゆっくり、でも必死に歩いてくるんだ。前をちゃんと見ないで、目を細めて。ホロゥを見るのも嫌だったんだろうね。君のように彼らを消しながらは進んでこなかったから、結構体に負担がかかっていたようだな」
体に負担。マリウスのその表現は間違っていない。祈りの間のヴァイス・ホロゥを感じとることが出来ない聖女候補たちは、足が進まずこれっぽっちも像に近づくことが出来なかったようだった。そして、ティアナもまた、宝剣でホロゥを切らなければいくらか「何かの圧力を感じて前に進みにくい」ことを体感している。だからこそ、躊躇なくざくざくホロゥを切っていたのだが……。
「まあ、やっぱりそうなのね。宝剣を抜こうとしたら、うまく抜けなくて。まるで、そのままで飾り物にでもなっていたかのようだったわ」
「あれは、身を守るために使うようにと、歴代の聖女は言われていたと思うけど?」
「ええ? わたしは何も言わずに渡されたけど。それにしても、マリウスは聖女についてもお詳しい?」
「ホロゥたちを扱うために、それなりには調べたからね……さ、公爵家へようこそ」
そんな話をしている間、ずっと門から邸宅まで馬車が走っていたのかと思うと、どれほど公爵家は大きいのか。ティアナは「おうちから外に出るまでが、遠すぎるんじゃない?」と尋ねると、マリウスは「むしろ、隠し通路から祈りの間に行って、そこから内緒で外に出た方が楽だね」と苦々しく答えた。
公爵家のエントランスに入れば、ずらりと使用人たちが並んでいる。ティアナが驚いて身を固くしたが、その隣のマリウスも「ええ?」と声を裏返す。
「おかえりなさいませ」
マリウスは執事らしき男性に、呆れたように声をかけた。
「なんだい、どうしてこんな」
「坊ちゃまが、婚約者様をお連れするとお聞きしましたので……」
「は? いいから、ほら、散った散った!」
しっ、しっ、と手を振るマリウス。仕方なさそうに使用人たちは散り散りに自分の持ち場に戻っていくが、誰もがちらちらとティアナの方を見る。それへ、ぺこりと頭を軽く下げるティアナ。
「あ~、茶だけは入れてくれ!」
マリウスの声に「かしこまりました!」と女性の返事が聞こえる。ティアナはまた「ふふ」と笑って
「公爵家だから、もっと色々と厳格なのかと思っていたわ」
とマリウスに言う。すると、彼は肩を竦めて
「僕以外の家族はもう少しは厳格だけどね。今日はみんないないんだ。父は体を壊しているので静養のため別荘に行っていて、母がそれに付き添っている。弟と妹は王城主催の水遊びに行って、僕の代わりに王城との繋ぎをしてくれている」
「ああ、王城主催の水遊び……陛下や王族の方々と、湖で舟に乗るんでしょう? わたしも招待されたけど、まだ引っ越しが終わっていないからって断ったわ」
「王城からの招待を断れるなんて、君ぐらいしかいないだろうね。まあ、僕も人のことは言えないが」
「やっぱりそうなのかしら? 断ったって言ったら、お母さまに怒られたのよね……」
などと話をしながらマリウスは二階にあがっていく。それへ、ティアナも続く。彼の部屋は二階の西側の、奥から数えて2室目の部屋だった。最も奥にある部屋は、彼曰く「何にも使っていない部屋だけど、多分、何かあって王族を泊めることになったらそちらを使ってもらうんだと思う」と、例の抜け道由来の話をした。
マリウスの部屋に入ってソファに座って待っていると、ほどなく侍女が銀のワゴンを押して茶器や焼き菓子を持ってきた。それらをテーブルの上にセットして、頭を下げて去っていく。
「後からもう一人来るよ」
「もう一人?」
「うん。顔をちょっとだけ合わせて欲しいかな。その前に、君が触ったホロゥがあの後どうなったか、興味ないかい?」
「ないってば。いい加減に本気にして欲しいんだけどなぁ。ああ、一度はね、婚約者もいたんだけど……」
「そうでしょ!?」
こらこら、とマリウスは苦笑いを見せる。
「婚約破棄されてしまった。優良物件なのにねぇ。でもまあ、わかるよ。愛がある政略結婚なんてものはないけど、それにしても僕はその子に興味がなさすぎたんだ。申し訳ないことをしてしまった。今、その子は侯爵家の令息と婚約し直して幸せに暮らしているようだけど」
「そうなのね。興味がなさすぎたっていうのは、デートをしないとか、そういうこと……?」
「うん。そうだね。当時の僕はホロゥの使い方を研究するのにのめりこんでしまっていて、公爵家全体や父上からも相当怒られていて……」
ああ、そうか。今はたやすく彼は「引っこ抜く」ことをやってみせるけれど、それは最初から出来ることではなかったのだ、とティアナは気づく。そもそも彼の人差し指を使ったあの芸当。それ自体、誰に教わったわけでもなく編み出された術なのだと知り、ティアナは「あなた、自分ひとりであれを見つけたのね」と言えば「うん。何年もかけてね」と返ってくる。
「みんなには見えないホロゥを、祈りの間で大量に見つけた時に少しだけ呪って、少しだけ高揚した。一体どうして僕は彼らを見ることが出来るのかってことと、やっぱりホロゥはいたんだってこと。それから、聖女はあのホロゥをどうするのかってさ……」
「わたしの前の聖女様のご様子は見ていらしたの?」
「少しだけ覗き見したよ。像の影からね」
「ま、悪趣味ね」
「そうなんだよ。悪趣味なんだ」
聖女は祈りの間で起きたことは口外しない。ならば、見るしかない。そうマリウスが言えば、ティアナは小さく笑った。
「だってさ、君も話してくれた通り、前の聖女は震えながら体をこう、前に倒してゆっくり、でも必死に歩いてくるんだ。前をちゃんと見ないで、目を細めて。ホロゥを見るのも嫌だったんだろうね。君のように彼らを消しながらは進んでこなかったから、結構体に負担がかかっていたようだな」
体に負担。マリウスのその表現は間違っていない。祈りの間のヴァイス・ホロゥを感じとることが出来ない聖女候補たちは、足が進まずこれっぽっちも像に近づくことが出来なかったようだった。そして、ティアナもまた、宝剣でホロゥを切らなければいくらか「何かの圧力を感じて前に進みにくい」ことを体感している。だからこそ、躊躇なくざくざくホロゥを切っていたのだが……。
「まあ、やっぱりそうなのね。宝剣を抜こうとしたら、うまく抜けなくて。まるで、そのままで飾り物にでもなっていたかのようだったわ」
「あれは、身を守るために使うようにと、歴代の聖女は言われていたと思うけど?」
「ええ? わたしは何も言わずに渡されたけど。それにしても、マリウスは聖女についてもお詳しい?」
「ホロゥたちを扱うために、それなりには調べたからね……さ、公爵家へようこそ」
そんな話をしている間、ずっと門から邸宅まで馬車が走っていたのかと思うと、どれほど公爵家は大きいのか。ティアナは「おうちから外に出るまでが、遠すぎるんじゃない?」と尋ねると、マリウスは「むしろ、隠し通路から祈りの間に行って、そこから内緒で外に出た方が楽だね」と苦々しく答えた。
公爵家のエントランスに入れば、ずらりと使用人たちが並んでいる。ティアナが驚いて身を固くしたが、その隣のマリウスも「ええ?」と声を裏返す。
「おかえりなさいませ」
マリウスは執事らしき男性に、呆れたように声をかけた。
「なんだい、どうしてこんな」
「坊ちゃまが、婚約者様をお連れするとお聞きしましたので……」
「は? いいから、ほら、散った散った!」
しっ、しっ、と手を振るマリウス。仕方なさそうに使用人たちは散り散りに自分の持ち場に戻っていくが、誰もがちらちらとティアナの方を見る。それへ、ぺこりと頭を軽く下げるティアナ。
「あ~、茶だけは入れてくれ!」
マリウスの声に「かしこまりました!」と女性の返事が聞こえる。ティアナはまた「ふふ」と笑って
「公爵家だから、もっと色々と厳格なのかと思っていたわ」
とマリウスに言う。すると、彼は肩を竦めて
「僕以外の家族はもう少しは厳格だけどね。今日はみんないないんだ。父は体を壊しているので静養のため別荘に行っていて、母がそれに付き添っている。弟と妹は王城主催の水遊びに行って、僕の代わりに王城との繋ぎをしてくれている」
「ああ、王城主催の水遊び……陛下や王族の方々と、湖で舟に乗るんでしょう? わたしも招待されたけど、まだ引っ越しが終わっていないからって断ったわ」
「王城からの招待を断れるなんて、君ぐらいしかいないだろうね。まあ、僕も人のことは言えないが」
「やっぱりそうなのかしら? 断ったって言ったら、お母さまに怒られたのよね……」
などと話をしながらマリウスは二階にあがっていく。それへ、ティアナも続く。彼の部屋は二階の西側の、奥から数えて2室目の部屋だった。最も奥にある部屋は、彼曰く「何にも使っていない部屋だけど、多分、何かあって王族を泊めることになったらそちらを使ってもらうんだと思う」と、例の抜け道由来の話をした。
マリウスの部屋に入ってソファに座って待っていると、ほどなく侍女が銀のワゴンを押して茶器や焼き菓子を持ってきた。それらをテーブルの上にセットして、頭を下げて去っていく。
「後からもう一人来るよ」
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「うん。顔をちょっとだけ合わせて欲しいかな。その前に、君が触ったホロゥがあの後どうなったか、興味ないかい?」
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