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7.ヴァイス・ホロゥというもの

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「まあ、とっても美味しいわ!」

「そうかい? 良かった。これも食べると良いよ」

 彼はそう言って、更に焼き菓子をティアナに勧める。「これは今の季節でしか取れないジャムが挟んであってね」と言いながら。

「すごい。公爵家ともなると、焼き菓子も違うものなのかしら。まあ。このお菓子はなんていうものなのかしら? わたし、初めて食べるんだと思うけど……」

 そう言ってティアナは目を輝かせ、もぐもぐと頬を膨らませる。普通、貴族令嬢は頬に大量に焼き菓子を詰めたりはしない。いけない、ついはしゃいでしまった……しかし、焼き菓子が案外と水分を奪っていくため、うまく呑み込めない。ティアナは慌てて茶を飲んで、こほん、とわざと咳ばらいをした。

「ところで、その、ヴァイス……ホロゥ……? っていうお名前は、一体どこから来たのかしら? あなたが名付けたの?」

「違うよ。遠い昔の書物に書かれていてね。とはいえ、そう多くは書かれていないんだ。勿論、祈りの間でのことは人に漏らしてはいけないから、あそこの中の話ではないけれど……今度、君にも教えてあげるよ」

「そうなのね。遠い昔からあの白いものたちはいたっていうことなのね? あっ、そういえば、引っこ抜いた霊体は、自由に出したりしまったり出来るの?」

 彼は人差し指の先から、ふわっと白い霊体を出した。それは、まさしく祈りの間に浮いていたものそのもので、何も変わっていないように思える。

「なあに? それは人差し指と繋がっているの?」

「ああ。ここから放してしまうと、あっという間にどこかに行ってしまうから、ここでひとつずつ出しては依頼をしているんだ」

 ヴァイス・ホロゥは球体ではあったが、彼の人差し指にぴったりとついている。ティアナは身を乗り出してしげしげとそれを見ていたが、不意にその「霊体と人差し指の間」に手を伸ばした。

「わっ!?」

 すると、パンッ!と何かが弾けた音がして、慌てて彼は手を自分の体の方へ引いた。ティアナも驚いて、体を後ろに退いて、手をもう片方の手でぎゅっと握りしめる。

「ええっ!?」

「な、なぁに?」

「待っておくれ。えっと……」

 見れば、彼の指から霊体は離れてしまっていた。慌てて何かを依頼しようとするマリウス。だが、彼が言ったように「すぐ消えてしまう」はずの霊体はその場に浮いて、彼からの言葉をまるで待っているようだった。

「僕の言葉が、わかるかい? 君」

「えっ? そりゃわかるわよ」

「違うよ、ティアナじゃなくて、このホロゥに話しかけているんだよ」

 馬鹿な返事をした、とティアナは頬を赤くして「そ、それはごめんなさい」と呟いた。しかし、ティアナは別段その霊体から何かを感じ取ったわけでもなく、眉を寄せて「マリウスは何を言っているのかしら」という表情で彼を見るだけだ。

「ティアナ、君、何をしたんだい?」

「えっ? 一体何のこと?」

「なんていうんだろう……このホロゥとの意思疎通がいつもよりはっきりしているんだけど」

「はい?」

 意思疎通も何も、自分は何もその霊体から聞こえるわけでもない。ティアナは首を横に傾げたが、その白い球体はふわふわと浮いてマリウスの周囲を一周回る。

「うーん?」

 人差し指からもう一体「ホロゥ」を出すマリウス。ティアナが見ている前で、そのホロゥを自分の人差し指から切り離す。すると、白い球体はふわっと浮き上がり、やがて、壁をすり抜けてどこかへ行ってしまう。それを見てから、もう一度彼は人差し指からホロゥを出した。

「ティアナ。さっきみたいに、指とホロゥの間……触ってみて」

「は、はい」

 パンッ。まただ。またあの音が。慣れない音に、2人は互いにまた身を後ろにやってしまう。が、彼の人差し指から離れたホロゥはそのまま、ふわふわと浮いて漂っている。最初に浮いたホロゥと並んで、ただの球体だというのに、何故かマリウスの方を見ているように思える。

 ティアナは「一体何がどうなっているのだ」とぼんやりとその様子を眺めるだけ。

「へえ……これは面白いな。ちょっと色々試したいけど……」

 視線をティアナに戻すと、彼は「ううん」と唸った。

「ね、ティアナ。君、僕に協力をしてくれる気はあるかい?」

「協力?」

「そう。この白いホロゥたちは、多分君の力に反応してこうなって……これが、どういう状態で、いいことなのかどうかもよくわからないんだけど、こうなってしまっていると思うんだよね」

「そうなのかしら?」

「そうじゃない? だって君が触ったからこうなってるでしょ」

 触った。そもそも、触れられることがおかしいのだ。あの祈りの間にいた間、ホロゥたちはただふよふよと漂っていて、触れようとしても通り抜けてしまい、触れることは出来なかった。

 だが、先ほどここでは、多分、だけれど「触った」のだと思う。なんとなく興味を惹かれて、つい手を伸ばした先。そして、彼に促されて手を伸ばした先。それは、彼の人差し指との境界で、間違いなくホロゥがつながっていた場所。そこを、自分は確かに触っていたのだ。
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