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巡礼5日目
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リーエンの巡礼は4日まで何も問題なく進行した。巡礼に赴く前の「禊」の儀式に参加する魔族達とはすっかり顔馴染みにもなり「今日は手抜きをしても良いですかな?」なんて聞かれるようになってしまうほどで、それはそれでよろしくはなかったが。
最終日ともなれば再度気を引き締め直さなければ、とリーエンも気合が入り、禊の場で「むしろいつもより多くお願いします!」と言って逆に魔族達に「お断りします」と言われたことはそれから長く語り継がれることになった。
「まあ! 滝の裏側だなんて。初めて見たわ!」
5つめの巡礼の洞窟は小さな滝の裏にあった。洞窟に入るまでに少しばかり濡れてしまったので、バーニャが「こんなことならタオルをもっと持ってくればよかったです」とぼやいた。
巡礼の5つの洞窟は1つ足りとも同じ作りはなかったが、最終的に石の扉を開けることだけは一緒だった。そして、その先にある石碑も、毎回違う形と大きさのものが置いてあり、文言の長さも場所によってまったく違う。扉から戻ってくると細かい内容は思い出せなくなっているが、それでもリーエンには「みんな違う」程度の認識は残っていた。それに、思い出せないからこそ回数を重ねても新鮮だ。おかげで、禊の儀式とは違って「慣れ」を重ねた感覚はないとリーエンは思う。
「でも、これで最後なんですものね……」
5つめの石碑をリーエンは感慨深げに見上げてから、失くさないようにと指にはめてきた指輪に視線を落とす。
「これで、この指輪に魔力が注入出来ていると良いのだけど……」
残念ながらそれはまったくわからない。ふと、指輪に埋め込まれている石を見て、リーエンは「あれ……?」と呟き、突然の頭痛に頭を押さえた。
「うっ……」
初日に感じた頭痛はその後も儀式の後に同じように軽く起きたが、初日のようにはっきりしたものではなかったので、リーエンは気にしていなかった。2日目以降は、石扉から戻る前に痛みは消えるほどほんの一瞬のことだったし、自分でも「頭痛があった」ことを何故か忘れてしまっていた。だが、儀式を始める前に頭痛を感じたのは今が初めてだ。何かを思い出そう、と思ったのに痛みで「何を思い出そうとしたのか」も定かではなくなってしまう。
(でも、最近、神官様のことを考えたり……アルフレド様のことを思っていると、時々こうして思考がぼんやりとするから……わたし、また疲れているのかしら?)
良く寝ているのに、と思う。今日が終わったら結婚式まで、巡礼の予備日を含めて7日もあるし体調を整えなければとも。
「最後の文言はそこまで長くないわ。焦らず間違いなくやりましょう」
今日はクッキーと木いちごのパイが待っているんだから、とリーエンは気合を入れて石碑解読に取り掛かった。
アルフレドのもとに「5日目の巡礼失敗」との報が入ったのは夕方のことだった。それまでの巡礼に比べて時間がかかっている、とは思っていたが、何があったのかとすぐ様彼はリーエンの元に駆け付けた。しきたり云々を守るべきではない場面が、こんなにもあからさまにやってくるとは彼も不本意ではあったが。
「リーエン……!?」
護衛騎士に抱き上げられて戻って来たリーエンの顔色は真っ青で息も荒い。バーニャが「頭痛が酷いらしいので、大きな声は控えていただけますか?」と魔王相手に怯まず言ってしまうほど、人々は緊迫した様子だ。アルフレドはぐったりしている彼女の手首に光るバングルを見て「見えるようにしてくれていたのか」と思い、嬉しくもあるが彼女の健気さを感じて胸を痛める。
「ごめ……なさ……頭、痛くて……目……開けられ……」
リーエンは苦しそうに切れ切れにか細い声で伝えようとしたが、それ以上は無理だった。一瞬目を細めて開けようと試みたが無理だったようで、ぎゅっと苦しそうに再びつむって、灯りを避けるように護衛騎士の体に顔を押し付ける。
みなでリーエンの寝室に向かいつつ、他の護衛騎士がアルフレドに手短に何があったのかを説明をする。既に医者には声がかけられており、ほどなく来るらしい。
巡礼に時間がかかったのは、どうやら彼らが入れない石の扉の向こうでリーエンがこの状態になり、這って戻って来たからなのだという。巡礼そのものの実働時間は彼女しかわからないらしい。体調を崩してからどれだけの時間が経過したのかも。アルフレドはギリ、と歯を噛み締めた。石扉のあちら側で起きたことは誰も手出しが出来ないし見ることも出来ないため、護衛騎士達には何の責任もない。もし、中でリーエンが力尽きていたらこうやって戻ってくることもまだ叶わなかっただろう。
「入る前には何か特別なことがあったのか」
「いえ、我々には何もわからなくて……初日リーエン様は頭痛がするとはおっしゃっていましたが、すぐ良くなられてそれ以降は特に……」
「それは聞いていた。緊張のせいなのか体調不良なのかわからなかったので、頭痛薬を処方して渡していたはずだし、睡眠も長くとらせていた」
しきたりなぞ破って会いに行きたかったが、アルフレドはそれを我慢して彼女の休息を優先してこの数日を過ごしていた。食事はきちんととっていた。何も残さず食べていたようだったし、よく眠っていたようだったし、湯あみ担当の女中も「いつもと何もお変わりありません」とアルフレドに報告をしていた。
初日、案外とリーエンが色々と覚えていたとは聞いていた。が、その記憶は徐々に消えたようで、2日め、3日めと、石の扉から戻って来た彼女は、歴代の魔王候補のように「何があったかよくわかっていません」という報告をしていたようで、初日だけが何やら術のかかりが甘かったのだと聞いていた。アルフレドはそれを「リーエンは映像の記憶が強すぎるきらいがあるからな」と特に問題視していなかった。が、それは自分の思い違いだったのだとアルフレドは理解をした。
「……俺か!」
「えっ?」
「アルフレド様、お静かに」
護衛騎士はそのままリーエンを寝室に運んで彼女を横たえた。アルフレドは同行したアイボールに「映像記録を俺の脳につなげ」と言って、すぐさま今日の巡礼の様子を直接脳内再生をさせた。
「……」
映像を見ても石の扉の手前側しか記録が出来ないため、特にわかることはなかった。ただ、石の扉からリーエンが這い出て、みなが駆け寄って心配をしている様子だけが見える。かすかにリーエンが「失敗してしまいました……」と言っているだけだ。
失敗はいい。そもそも巡礼には何があるかわらかないから予備日がそれぞれ1日分用意されている。4日までリーエンは何も問題を起こさずこなしてきたので、5日しっかり予備日は残っているのだし。だが、何をどう失敗したらこんなことになるのだ、と思えば、アルフレドは既に1つの仮説を立てて、己への怒りを抑えることが難しい状態になっていた。
「……くそ……」
アルフレドは人々にリーエンが手厚く介抱されながらベッドですうっと意識を遠のかせたことを確認すると、すぐにその場から離れてヴィンスの元へと向かうのだった。
真夜中にリーエンが目覚めると、ベッドの横にぼうっと人影が見える。
「……どなた……?」
目を開けると少し頭が痛い。柔らかな灯りが遠くでひとつだけ灯っており、それだけでも目の奥をじんわりとしみさせる。
「俺だ。調子はどうだ」
「アルフレド様……あ……」
「起きなくていい」
「いえ……わたし……」
リーエンはゆっくりと体を起こす。椅子に座っていたアルフレドはリーエンの背に手を回して支えた。
「……わたし……」
一体何がどうなったんだったか、と混乱する記憶をリーエンは必死に整理しようとする。どうして自分は眠っていてそこにアルフレドがいるんだろう。あまりに深い眠りについていたせいで、目覚めても意識が混濁している。が、はっと今日の出来事の一端を思い出した瞬間、何もかもが鮮明に戻ってきて、リーエンの鼓動はどくんと強く高鳴った。緊張や不安でどくどくと鼓動が早まっていき、リーエンは胸に手をあてる。
「どうだ? 頭痛はするか?」
「ほんの、少しだけ……」
「話せるか? それとも、水を飲むか? 何かを食べるか?」
「……うっ……」
リーエンはアルフレドの声がけに答えることが出来ず、ぼろぼろと大粒の涙を零した。巡礼を失敗してしまった。アルフレドは、彼女が自分自身を苛んでいるのだろうと思い、穏やかな声で「大丈夫だ」と言って細い手を握った。だが、リーエンは思い出した途端に感情的になり、涙を止めることがどうにも出来ない。
「まだ予備日が5日間ある。巡礼は一度失敗してもやり直せる」
「でも、でも、わたしっ……」
「うん」
「ま、ま、魔王のっ……眷属に……うっ……うっ……」
リーエンはまるで子供のようにしゃくりあげた。何度も「んぐっ、んっ……」と、まるで声がぐしゃぐしゃに大きな塊になって口から飛び出てくるようで、両手で口を押えるが止められない。アルフレドは「大丈夫だ。落ち着け」と言いながら彼女の背をさする。
「俺の眷属に……?」
「あっ、あっ……魔王の眷属っ、にっ……わたし、わたしっ……ひっ……わたしはっ、わた、わたしは、なれないって、登録出来ないって、言われました……!」
アルフレドは目を見開いた。リーエンはぼろぼろと泣き続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたし、わたしじゃ、駄目だったみたいです……ごめんなさい……わたし……わたし、どうしよう……わたし、わたし、アルフレド様と……結婚出来ないみたいです……!」
「言われたと言うのは……?」
「わっ、わかりません、何か、声がして……登録、失敗って……」
「……ああ」
「アルフレド様おっしゃっていましたよね……? 魔王妃候補を、多分、魔王の眷属として登録して……魔王妃候補として認める、みたいなことを……い、いつも通り、円、円みたいな、何かの中央に立っていたらっ……いつもより、時間がかかって。それで、それで、どんどん頭が痛く、なっていって……わたし、頑張ったんですけど……立っていられなくなって……でも、その場から動いてはいないです……」
「そうか……」
「どんどん頭が痛くなっていって……そうしたら、何か、頭の中で、バチッって音が聞こえてっ……『登録失敗』って聞こえました……あの、あの、はっきりとは覚えていないんですけど『新たな魔王の眷属として登録出来ない』みたいなことを……ぼんやり聞こえて……そのぼんやりって、あの、いつも『儀式完了』みたいな感じのことがふわっと頭に入って来るんですけど……それの強いもの、みたいな……」
たどたどしい説明だが、アルフレドは大いに驚く。こんなにはっきりと石の扉の内側、魔王妃候補だけが経験出来る儀式の様子を覚えて伝えられた者はきっと過去にいない、と彼は思ったからだ。そして、それは「だから失敗した」ことなのだと同時に確信を持つ。
「わたし、わたし、認められなかったみたいです……ごめんなさい……うまく出来たと、思ったのに、わたし……だから、きっと、罰を受けたのかしらっ……頭が割れそうになって……痛くて、あの場で吐いてしまいました……大切な場なのに、汚してしまって……わたし……」
リーエンは悲し気に声を絞り出した。
「あなたの妻には、なれないんでしょうか……」
最終日ともなれば再度気を引き締め直さなければ、とリーエンも気合が入り、禊の場で「むしろいつもより多くお願いします!」と言って逆に魔族達に「お断りします」と言われたことはそれから長く語り継がれることになった。
「まあ! 滝の裏側だなんて。初めて見たわ!」
5つめの巡礼の洞窟は小さな滝の裏にあった。洞窟に入るまでに少しばかり濡れてしまったので、バーニャが「こんなことならタオルをもっと持ってくればよかったです」とぼやいた。
巡礼の5つの洞窟は1つ足りとも同じ作りはなかったが、最終的に石の扉を開けることだけは一緒だった。そして、その先にある石碑も、毎回違う形と大きさのものが置いてあり、文言の長さも場所によってまったく違う。扉から戻ってくると細かい内容は思い出せなくなっているが、それでもリーエンには「みんな違う」程度の認識は残っていた。それに、思い出せないからこそ回数を重ねても新鮮だ。おかげで、禊の儀式とは違って「慣れ」を重ねた感覚はないとリーエンは思う。
「でも、これで最後なんですものね……」
5つめの石碑をリーエンは感慨深げに見上げてから、失くさないようにと指にはめてきた指輪に視線を落とす。
「これで、この指輪に魔力が注入出来ていると良いのだけど……」
残念ながらそれはまったくわからない。ふと、指輪に埋め込まれている石を見て、リーエンは「あれ……?」と呟き、突然の頭痛に頭を押さえた。
「うっ……」
初日に感じた頭痛はその後も儀式の後に同じように軽く起きたが、初日のようにはっきりしたものではなかったので、リーエンは気にしていなかった。2日目以降は、石扉から戻る前に痛みは消えるほどほんの一瞬のことだったし、自分でも「頭痛があった」ことを何故か忘れてしまっていた。だが、儀式を始める前に頭痛を感じたのは今が初めてだ。何かを思い出そう、と思ったのに痛みで「何を思い出そうとしたのか」も定かではなくなってしまう。
(でも、最近、神官様のことを考えたり……アルフレド様のことを思っていると、時々こうして思考がぼんやりとするから……わたし、また疲れているのかしら?)
良く寝ているのに、と思う。今日が終わったら結婚式まで、巡礼の予備日を含めて7日もあるし体調を整えなければとも。
「最後の文言はそこまで長くないわ。焦らず間違いなくやりましょう」
今日はクッキーと木いちごのパイが待っているんだから、とリーエンは気合を入れて石碑解読に取り掛かった。
アルフレドのもとに「5日目の巡礼失敗」との報が入ったのは夕方のことだった。それまでの巡礼に比べて時間がかかっている、とは思っていたが、何があったのかとすぐ様彼はリーエンの元に駆け付けた。しきたり云々を守るべきではない場面が、こんなにもあからさまにやってくるとは彼も不本意ではあったが。
「リーエン……!?」
護衛騎士に抱き上げられて戻って来たリーエンの顔色は真っ青で息も荒い。バーニャが「頭痛が酷いらしいので、大きな声は控えていただけますか?」と魔王相手に怯まず言ってしまうほど、人々は緊迫した様子だ。アルフレドはぐったりしている彼女の手首に光るバングルを見て「見えるようにしてくれていたのか」と思い、嬉しくもあるが彼女の健気さを感じて胸を痛める。
「ごめ……なさ……頭、痛くて……目……開けられ……」
リーエンは苦しそうに切れ切れにか細い声で伝えようとしたが、それ以上は無理だった。一瞬目を細めて開けようと試みたが無理だったようで、ぎゅっと苦しそうに再びつむって、灯りを避けるように護衛騎士の体に顔を押し付ける。
みなでリーエンの寝室に向かいつつ、他の護衛騎士がアルフレドに手短に何があったのかを説明をする。既に医者には声がかけられており、ほどなく来るらしい。
巡礼に時間がかかったのは、どうやら彼らが入れない石の扉の向こうでリーエンがこの状態になり、這って戻って来たからなのだという。巡礼そのものの実働時間は彼女しかわからないらしい。体調を崩してからどれだけの時間が経過したのかも。アルフレドはギリ、と歯を噛み締めた。石扉のあちら側で起きたことは誰も手出しが出来ないし見ることも出来ないため、護衛騎士達には何の責任もない。もし、中でリーエンが力尽きていたらこうやって戻ってくることもまだ叶わなかっただろう。
「入る前には何か特別なことがあったのか」
「いえ、我々には何もわからなくて……初日リーエン様は頭痛がするとはおっしゃっていましたが、すぐ良くなられてそれ以降は特に……」
「それは聞いていた。緊張のせいなのか体調不良なのかわからなかったので、頭痛薬を処方して渡していたはずだし、睡眠も長くとらせていた」
しきたりなぞ破って会いに行きたかったが、アルフレドはそれを我慢して彼女の休息を優先してこの数日を過ごしていた。食事はきちんととっていた。何も残さず食べていたようだったし、よく眠っていたようだったし、湯あみ担当の女中も「いつもと何もお変わりありません」とアルフレドに報告をしていた。
初日、案外とリーエンが色々と覚えていたとは聞いていた。が、その記憶は徐々に消えたようで、2日め、3日めと、石の扉から戻って来た彼女は、歴代の魔王候補のように「何があったかよくわかっていません」という報告をしていたようで、初日だけが何やら術のかかりが甘かったのだと聞いていた。アルフレドはそれを「リーエンは映像の記憶が強すぎるきらいがあるからな」と特に問題視していなかった。が、それは自分の思い違いだったのだとアルフレドは理解をした。
「……俺か!」
「えっ?」
「アルフレド様、お静かに」
護衛騎士はそのままリーエンを寝室に運んで彼女を横たえた。アルフレドは同行したアイボールに「映像記録を俺の脳につなげ」と言って、すぐさま今日の巡礼の様子を直接脳内再生をさせた。
「……」
映像を見ても石の扉の手前側しか記録が出来ないため、特にわかることはなかった。ただ、石の扉からリーエンが這い出て、みなが駆け寄って心配をしている様子だけが見える。かすかにリーエンが「失敗してしまいました……」と言っているだけだ。
失敗はいい。そもそも巡礼には何があるかわらかないから予備日がそれぞれ1日分用意されている。4日までリーエンは何も問題を起こさずこなしてきたので、5日しっかり予備日は残っているのだし。だが、何をどう失敗したらこんなことになるのだ、と思えば、アルフレドは既に1つの仮説を立てて、己への怒りを抑えることが難しい状態になっていた。
「……くそ……」
アルフレドは人々にリーエンが手厚く介抱されながらベッドですうっと意識を遠のかせたことを確認すると、すぐにその場から離れてヴィンスの元へと向かうのだった。
真夜中にリーエンが目覚めると、ベッドの横にぼうっと人影が見える。
「……どなた……?」
目を開けると少し頭が痛い。柔らかな灯りが遠くでひとつだけ灯っており、それだけでも目の奥をじんわりとしみさせる。
「俺だ。調子はどうだ」
「アルフレド様……あ……」
「起きなくていい」
「いえ……わたし……」
リーエンはゆっくりと体を起こす。椅子に座っていたアルフレドはリーエンの背に手を回して支えた。
「……わたし……」
一体何がどうなったんだったか、と混乱する記憶をリーエンは必死に整理しようとする。どうして自分は眠っていてそこにアルフレドがいるんだろう。あまりに深い眠りについていたせいで、目覚めても意識が混濁している。が、はっと今日の出来事の一端を思い出した瞬間、何もかもが鮮明に戻ってきて、リーエンの鼓動はどくんと強く高鳴った。緊張や不安でどくどくと鼓動が早まっていき、リーエンは胸に手をあてる。
「どうだ? 頭痛はするか?」
「ほんの、少しだけ……」
「話せるか? それとも、水を飲むか? 何かを食べるか?」
「……うっ……」
リーエンはアルフレドの声がけに答えることが出来ず、ぼろぼろと大粒の涙を零した。巡礼を失敗してしまった。アルフレドは、彼女が自分自身を苛んでいるのだろうと思い、穏やかな声で「大丈夫だ」と言って細い手を握った。だが、リーエンは思い出した途端に感情的になり、涙を止めることがどうにも出来ない。
「まだ予備日が5日間ある。巡礼は一度失敗してもやり直せる」
「でも、でも、わたしっ……」
「うん」
「ま、ま、魔王のっ……眷属に……うっ……うっ……」
リーエンはまるで子供のようにしゃくりあげた。何度も「んぐっ、んっ……」と、まるで声がぐしゃぐしゃに大きな塊になって口から飛び出てくるようで、両手で口を押えるが止められない。アルフレドは「大丈夫だ。落ち着け」と言いながら彼女の背をさする。
「俺の眷属に……?」
「あっ、あっ……魔王の眷属っ、にっ……わたし、わたしっ……ひっ……わたしはっ、わた、わたしは、なれないって、登録出来ないって、言われました……!」
アルフレドは目を見開いた。リーエンはぼろぼろと泣き続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたし、わたしじゃ、駄目だったみたいです……ごめんなさい……わたし……わたし、どうしよう……わたし、わたし、アルフレド様と……結婚出来ないみたいです……!」
「言われたと言うのは……?」
「わっ、わかりません、何か、声がして……登録、失敗って……」
「……ああ」
「アルフレド様おっしゃっていましたよね……? 魔王妃候補を、多分、魔王の眷属として登録して……魔王妃候補として認める、みたいなことを……い、いつも通り、円、円みたいな、何かの中央に立っていたらっ……いつもより、時間がかかって。それで、それで、どんどん頭が痛く、なっていって……わたし、頑張ったんですけど……立っていられなくなって……でも、その場から動いてはいないです……」
「そうか……」
「どんどん頭が痛くなっていって……そうしたら、何か、頭の中で、バチッって音が聞こえてっ……『登録失敗』って聞こえました……あの、あの、はっきりとは覚えていないんですけど『新たな魔王の眷属として登録出来ない』みたいなことを……ぼんやり聞こえて……そのぼんやりって、あの、いつも『儀式完了』みたいな感じのことがふわっと頭に入って来るんですけど……それの強いもの、みたいな……」
たどたどしい説明だが、アルフレドは大いに驚く。こんなにはっきりと石の扉の内側、魔王妃候補だけが経験出来る儀式の様子を覚えて伝えられた者はきっと過去にいない、と彼は思ったからだ。そして、それは「だから失敗した」ことなのだと同時に確信を持つ。
「わたし、わたし、認められなかったみたいです……ごめんなさい……うまく出来たと、思ったのに、わたし……だから、きっと、罰を受けたのかしらっ……頭が割れそうになって……痛くて、あの場で吐いてしまいました……大切な場なのに、汚してしまって……わたし……」
リーエンは悲し気に声を絞り出した。
「あなたの妻には、なれないんでしょうか……」
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