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魔王の大反省会
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リーエンへのマーキングを終えて、アルフレドは一度湯あみをしてから執務に戻った。彼は普段から忙しく、魔界召集後とはいえゆっくり休んでいる暇もないのだ。
「……はあーーーーーーー」
マーキング後、リーエンは意識を失った。やり過ぎた、と反省しながら何度も声をかけたが、一向に目覚める気配がなかったので、待ち構えていたジョアン――彼の一族は特殊なため花嫁を連れ帰った後にすぐ戻って来て仕事をしていたのだ――に後は任せて湯あみをしたのだが……。
(やってしまった……抑えていたのに……こんな時に出て来てしまった……)
湯あみの最中にも延々と同じことを考えていた。だが、いつまでたっても自責の念から解放される兆しはない。されるわけがない。
やらかすかもしれないと薄々自分でも思っていたからこそ、アルフレドは必死に制御していた。そして、大事な時にまんまとそのたがが外れてしまった……彼は「ああ……」と呻くと、執務用の机に肘をついて手を組み、そこに額をあてて顔を伏せる。ひたすらにリーエンの身体を貪りつくして、ようやく自分が「戻って」来たのは、彼女の中に放った後だった。当然だ。彼がああなったのは「彼女を孕ませ」ようという欲望のせいだからだ。
(二度と人間界に戻れない不遇を嘆くだろうから、せめて俺が娶って少しでも幸せにしようと思っていたのに……初日からこれだ……くそ……恩人になんてことを……)
10年前。アルフレドは人間界で幼いリーエンに出会い、助けてもらったことがある。彼が人間界にいたことは大きな意味があり、彼女は結果的にアルフレドが魔王になるための第一歩を助けたことになる。彼にとっては恩人と言っても差支えがない人物なのだ。
「魔界召集」は、魔界の魔力濃度の計測から実施が決まるため、魔王であるアルフレドですら、やるやらないを左右出来ない。今回、アルフレドの適齢期とリーエンの適齢期に合致して発生したのは完全に偶然だ。しかも、魔界からは花嫁の指定は出来ない。人間界で国同士の軋轢を生まないために、全ての国に対して公平でなければいけないからだ。
だから、ただの予測だった。彼女が来なければ他の女性を娶る覚悟もあった。だが、もしも彼女が来るならば自分の嫁にしたいと迷わず思っていたし、マーキングだって当然配慮をして優しくしようと。
「っ……」
だが、広間で彼女を見つけた時点で、既に「やばかった」のだ。今しみじみ思い出せば、彼女が来たことを感知した瞬間の高揚感が、彼の中に生まれた違和感を押し隠してしまっていたような気がする。
そして、寝室に連れて行って。ベッドに横たわる彼女がはっきりと自分を見て体を起こそうとする様子。あれでもう駄目だった。状況を把握出来ておらず、戸惑うばかりの彼女がアルフレドをまっすぐ見て、健気に名乗ろうとした姿があまりにも可愛らしくて……。
そこまでだ。ギリギリ、まだ「自分が制御出来ていた」と言えるのは、そこまで。その先のことは、まるで初めて女体を見たのではないかと思うほどのわけがわからない欲情が体の芯から押し出されて、すべてが台無しになった。
「けだものか……」
だが、自分が「そうなっている」時の記憶はあるし、自分の意思で「そうしよう」と彼女を抱いた意識もきちんとある。あれだ。時々夢の中で、自分の意思で行動をしているが、どこかでそれは夢だとわかっている自分もいる。そういう感覚で、彼女を抱いた、いや、むしろ犯してしまった。
しかし、さすがにリーエンにも誰にも言えないが、意識が2つあるような状況のため、正直に「美味しい思いをしてしまった」と感じている自分もいる。それはそうだ。セックスをしたくて好き放題やっている意識と、それを冷静に見ている意識があれば、大変申し訳ないと思いつつも2倍美味しい思いをしているようなものだ。
結論として「俺の嫁は何をしてもエロ可愛かった」「もう一度すぐに抱きたい今すぐ抱きたい」といった、本当に反省しているのかと怒られそうなことも脳内でぐるぐると繰り返され、いや、無体を強いた癖に何を美味しく反芻しているんだ、と思ったりと、アルフレドの情緒はずっと忙しい。
「はあーーーーーーーー」
何度目かの大きな溜息をつくと、ノックの音。返事をしなくとも、ノックだけで入室を許されているジョアンが姿を現した。
「アルフレド様。意識を失っていらっしゃったリーエン様の湯あみを終えて、寝室に運んでそのままお眠りいただきました」
当然実際に行ったのは女中達だが、意識を失っている彼女を運べる者はいないため、ジョアンが全て立ち会った。そんな仕事熱心な彼もこれから自分の城に戻り、少し遅いがマーキングをしなければいけない。
「ああ、助かった。お前も、早く帰ると良い」
「はい。ですが……」
「うん?」
平静を保った声をだしたものの「どうせバレてるよな」と既にアルフレドは観念している。
「あなた、やらかしましたね」
「そうだな……言葉にすれば『やらかし』だな……」
もうちょっと言葉を選べ、と言おうとしたが、ジョアンにそれは通用しないことをわかっている。毎日朝から晩まで共に働いている彼は、過度の甘えを許さない。
「寝室から出ていらした時に、あなた半分『インキュバス状態』でしたよね? 隠していた角が片方出ていた時点で、制御が出来ていない証拠ですから」
「……ああ……なっていた……リーエンに申し訳ないことをしてしまった……初めてだっただろうに……絶対に優しくすると決めていたのに……」
「残念でしたね」
淡々と言うジョアンはアルフレドを責めていない。別にアルフレドがリーエンを優しく抱こうが抱くまいが彼にはどうでもいい話だからだ。彼が心配しているのはそこではないのだ。
「……はあーーー……魔界召集前に仕事を詰めすぎて、自分へのケアを怠っていたというか……過信していたというか……もう少し……もう少しサキュバスのところに行っていれば……」
「もう少しダリルを見習うべきでしたね。嫁次第でしばらく抱けないかも……とかなんとか言って、結構な数のサキュバスのところを歩き回ったらしいですよ。我慢する気もないくせに」
「俺はあいつと違って好きでセックスしたいわけじゃないし、あれは趣味と実益を兼ねてるから一緒にしないでくれ」
アルフレドは、まったくそのままの「魔王の眷属」という、他の何族とも分類出来ない孤高の純血の一族の生まれだ。魔族がいう「純血」の生まれというのは、父親側の血を濃く引いていればそれで純血と認められ、それは親から受け継いだ魔力濃度と魔力の質がどこまで一致しているかで決定する。アルフレドは完全に父親側の血を濃く受け継ぎ、魔力量も能力も間違いなく「後継者候補」の中でも最初から頭ひとつ飛び抜けていた。
彼の母親は魔界召集でやってきた人間ではなく魔族だった。母親の母親、つまり祖母は女性淫魔サキュバスで、一族の中でも相当上位の個体だったらしい。その血を隔世遺伝で強く受け継いでしまい、アルフレドは男性淫魔インキュバスの能力も持ち合わせている。魔力の質は父親と同一であるし能力も圧倒的だったため、祖母の血が多少濃くても問題はなかった。そこは問題なかったのだが……。
「今後、どうするんですか。物理的にリーエン様と性交をして、足りないときは夢の中で勝手をすることを許してもらうつもりですか」
「そうするつもりだが……側室を作る気もないし、ここ最近はコントロール出来ていたんだ」
そう。コントロール出来ていた。
魔界のサキュバスもインキュバスも、勝手に魔族の夢に入り込んで性交をすれば当然のように怒られるし、物理的に夜這いをすればもっと怒られる。それをしないために、至極まっとうに「やりたい時に普通に交渉をしてセックスをする」という解決をしている。サキュバス族とインキュバス族は「性交したい」やら「孕ませたい」やらの欲求が、時に睡眠欲や食欲を上回ってことを起こす。
彼らは自らの生殖機能を操れるため、素直に好きなだけ快楽にふけっても問題がない。もっと若い頃のアルフレドも随分サキュバスと「仕方なく」やっていた。しかも、同じく好色なサテュロス族のダリルという幼馴染がいるおかげで、当時はサキュバス達のところへ気楽に通ったものだった。
「そうですね。わたしも、あなたはこのままもうインキュバスにならずにいられるのかと思っていました」
「そうだろう? 俺もいけると思っていたんだが、下手にコントロールをしていたのが仇になったのかもしれない……ヴィンス師に相談した方がよさそうだ……」
そう言うと、アルフレドは椅子の背にもたれかかった。
何をどうやらかしたのか、ジョアンは察している。その上で「また制御出来なくなる可能性があるなら、今後どうするか考えた方が良い」と助言をしてくれているのだ。それはわかっている。
「魔力で完全には抑えられないからどうしようもない」
インキュバスの欲求は本能的なものだ。それを魔力で抑えつけてしまうと逆効果になると既に彼は身をもって過去に理解をしていた。だから、今まではほどほどに、時々自分が満足する程度にセックスをするなり、ちょっと頼んで誰かの夢の中でセックスをさせてもらうなりしていた。だが、ここ最近魔界召集に備えて仕事が忙しくなっていたため、自分へのケアを若干怠っていたことは認める。
残念ながらその本能は、射精をしたい、ではない。必ず相手が必要だ。射精をしたい、ではなく孕ませたい。ところが困ったことに、本来インキュバスはサキュバスを、サキュバスはインキュバスをその「対象」として見ることが出来ない。
アルフレドは純粋なインキュバスではないからどうにかサキュバスにお相手してもらってやり過ごしていた。だが、純粋なインキュバスではないからこそ、アルフレドにとってその行為は必要な反面、相当苦痛でもあった。抱きたくないのに抱きたい。やりたくないのにやりたい。常にそんな感覚だ。
だが、最近はあまりインキュバスの血が騒がなかった。血がもたらす効果が薄くなる時期が来る魔族も時にいるし、特にサキュバスやインキュバスは年を重ねるごとに淫魔の血が騒がなくなることが多い。能力そのものは持ちつつ、血によって囚われる本能的なものが年を重ねるごとに消えていくことがほとんどだ。
これは、他の一族でも時折見られる傾向だ。だから、アルフレドは自分もそうなったのだと思っていた。思って、多忙にかまけて「本当にそうなのか」を確認もせずに日々を過ごしてしまった。
そして。
そのせいで。
処女だったリーエンの初めてを、優しく出来なかった。
アルフレドは魔王でありつつも、人間的な感覚も持ち合わせているため、それが相当申し訳ないことであると知っている。いっそのこと知らず、はじめてに何の意味がある、と笑い飛ばせれば良かったのかもしれない、とすら思う。
(だが、俺がそれで楽になってしまったら彼女に申し訳が立たない……)
だからといって、取り返しのつかないことだし、頭を抱える以外何も出来ることはないのだが。
「では、一度帰宅させていただきます」
「ああ。本当にお前もそれなりに休めよ。過労死するぞ」
「あなたには言われたくありませんね。失礼いたします」
いくら「マーキングが後回しになる」特殊な一族であっても、嫁を連れ帰ってすぐに魔王城に戻って仕事をするなんて正気ではない、とアルフレドは思う。が、ジョアンは涼しい顔で魔法陣を起動して転移をした。
室内に残されたアルフレドは使用人を呼び、茶を所望した。使用人が去ると、机上に大量に置かれた資料を手にして、もう一度溜息をついて……。
「いや……それどころじゃない。ジョアンが積み上げてくれた仕事を少しは減らさなければな……」
と憂鬱そうに呟いてから、更にもう一度溜息をついたのだった。
「……はあーーーーーーー」
マーキング後、リーエンは意識を失った。やり過ぎた、と反省しながら何度も声をかけたが、一向に目覚める気配がなかったので、待ち構えていたジョアン――彼の一族は特殊なため花嫁を連れ帰った後にすぐ戻って来て仕事をしていたのだ――に後は任せて湯あみをしたのだが……。
(やってしまった……抑えていたのに……こんな時に出て来てしまった……)
湯あみの最中にも延々と同じことを考えていた。だが、いつまでたっても自責の念から解放される兆しはない。されるわけがない。
やらかすかもしれないと薄々自分でも思っていたからこそ、アルフレドは必死に制御していた。そして、大事な時にまんまとそのたがが外れてしまった……彼は「ああ……」と呻くと、執務用の机に肘をついて手を組み、そこに額をあてて顔を伏せる。ひたすらにリーエンの身体を貪りつくして、ようやく自分が「戻って」来たのは、彼女の中に放った後だった。当然だ。彼がああなったのは「彼女を孕ませ」ようという欲望のせいだからだ。
(二度と人間界に戻れない不遇を嘆くだろうから、せめて俺が娶って少しでも幸せにしようと思っていたのに……初日からこれだ……くそ……恩人になんてことを……)
10年前。アルフレドは人間界で幼いリーエンに出会い、助けてもらったことがある。彼が人間界にいたことは大きな意味があり、彼女は結果的にアルフレドが魔王になるための第一歩を助けたことになる。彼にとっては恩人と言っても差支えがない人物なのだ。
「魔界召集」は、魔界の魔力濃度の計測から実施が決まるため、魔王であるアルフレドですら、やるやらないを左右出来ない。今回、アルフレドの適齢期とリーエンの適齢期に合致して発生したのは完全に偶然だ。しかも、魔界からは花嫁の指定は出来ない。人間界で国同士の軋轢を生まないために、全ての国に対して公平でなければいけないからだ。
だから、ただの予測だった。彼女が来なければ他の女性を娶る覚悟もあった。だが、もしも彼女が来るならば自分の嫁にしたいと迷わず思っていたし、マーキングだって当然配慮をして優しくしようと。
「っ……」
だが、広間で彼女を見つけた時点で、既に「やばかった」のだ。今しみじみ思い出せば、彼女が来たことを感知した瞬間の高揚感が、彼の中に生まれた違和感を押し隠してしまっていたような気がする。
そして、寝室に連れて行って。ベッドに横たわる彼女がはっきりと自分を見て体を起こそうとする様子。あれでもう駄目だった。状況を把握出来ておらず、戸惑うばかりの彼女がアルフレドをまっすぐ見て、健気に名乗ろうとした姿があまりにも可愛らしくて……。
そこまでだ。ギリギリ、まだ「自分が制御出来ていた」と言えるのは、そこまで。その先のことは、まるで初めて女体を見たのではないかと思うほどのわけがわからない欲情が体の芯から押し出されて、すべてが台無しになった。
「けだものか……」
だが、自分が「そうなっている」時の記憶はあるし、自分の意思で「そうしよう」と彼女を抱いた意識もきちんとある。あれだ。時々夢の中で、自分の意思で行動をしているが、どこかでそれは夢だとわかっている自分もいる。そういう感覚で、彼女を抱いた、いや、むしろ犯してしまった。
しかし、さすがにリーエンにも誰にも言えないが、意識が2つあるような状況のため、正直に「美味しい思いをしてしまった」と感じている自分もいる。それはそうだ。セックスをしたくて好き放題やっている意識と、それを冷静に見ている意識があれば、大変申し訳ないと思いつつも2倍美味しい思いをしているようなものだ。
結論として「俺の嫁は何をしてもエロ可愛かった」「もう一度すぐに抱きたい今すぐ抱きたい」といった、本当に反省しているのかと怒られそうなことも脳内でぐるぐると繰り返され、いや、無体を強いた癖に何を美味しく反芻しているんだ、と思ったりと、アルフレドの情緒はずっと忙しい。
「はあーーーーーーーー」
何度目かの大きな溜息をつくと、ノックの音。返事をしなくとも、ノックだけで入室を許されているジョアンが姿を現した。
「アルフレド様。意識を失っていらっしゃったリーエン様の湯あみを終えて、寝室に運んでそのままお眠りいただきました」
当然実際に行ったのは女中達だが、意識を失っている彼女を運べる者はいないため、ジョアンが全て立ち会った。そんな仕事熱心な彼もこれから自分の城に戻り、少し遅いがマーキングをしなければいけない。
「ああ、助かった。お前も、早く帰ると良い」
「はい。ですが……」
「うん?」
平静を保った声をだしたものの「どうせバレてるよな」と既にアルフレドは観念している。
「あなた、やらかしましたね」
「そうだな……言葉にすれば『やらかし』だな……」
もうちょっと言葉を選べ、と言おうとしたが、ジョアンにそれは通用しないことをわかっている。毎日朝から晩まで共に働いている彼は、過度の甘えを許さない。
「寝室から出ていらした時に、あなた半分『インキュバス状態』でしたよね? 隠していた角が片方出ていた時点で、制御が出来ていない証拠ですから」
「……ああ……なっていた……リーエンに申し訳ないことをしてしまった……初めてだっただろうに……絶対に優しくすると決めていたのに……」
「残念でしたね」
淡々と言うジョアンはアルフレドを責めていない。別にアルフレドがリーエンを優しく抱こうが抱くまいが彼にはどうでもいい話だからだ。彼が心配しているのはそこではないのだ。
「……はあーーー……魔界召集前に仕事を詰めすぎて、自分へのケアを怠っていたというか……過信していたというか……もう少し……もう少しサキュバスのところに行っていれば……」
「もう少しダリルを見習うべきでしたね。嫁次第でしばらく抱けないかも……とかなんとか言って、結構な数のサキュバスのところを歩き回ったらしいですよ。我慢する気もないくせに」
「俺はあいつと違って好きでセックスしたいわけじゃないし、あれは趣味と実益を兼ねてるから一緒にしないでくれ」
アルフレドは、まったくそのままの「魔王の眷属」という、他の何族とも分類出来ない孤高の純血の一族の生まれだ。魔族がいう「純血」の生まれというのは、父親側の血を濃く引いていればそれで純血と認められ、それは親から受け継いだ魔力濃度と魔力の質がどこまで一致しているかで決定する。アルフレドは完全に父親側の血を濃く受け継ぎ、魔力量も能力も間違いなく「後継者候補」の中でも最初から頭ひとつ飛び抜けていた。
彼の母親は魔界召集でやってきた人間ではなく魔族だった。母親の母親、つまり祖母は女性淫魔サキュバスで、一族の中でも相当上位の個体だったらしい。その血を隔世遺伝で強く受け継いでしまい、アルフレドは男性淫魔インキュバスの能力も持ち合わせている。魔力の質は父親と同一であるし能力も圧倒的だったため、祖母の血が多少濃くても問題はなかった。そこは問題なかったのだが……。
「今後、どうするんですか。物理的にリーエン様と性交をして、足りないときは夢の中で勝手をすることを許してもらうつもりですか」
「そうするつもりだが……側室を作る気もないし、ここ最近はコントロール出来ていたんだ」
そう。コントロール出来ていた。
魔界のサキュバスもインキュバスも、勝手に魔族の夢に入り込んで性交をすれば当然のように怒られるし、物理的に夜這いをすればもっと怒られる。それをしないために、至極まっとうに「やりたい時に普通に交渉をしてセックスをする」という解決をしている。サキュバス族とインキュバス族は「性交したい」やら「孕ませたい」やらの欲求が、時に睡眠欲や食欲を上回ってことを起こす。
彼らは自らの生殖機能を操れるため、素直に好きなだけ快楽にふけっても問題がない。もっと若い頃のアルフレドも随分サキュバスと「仕方なく」やっていた。しかも、同じく好色なサテュロス族のダリルという幼馴染がいるおかげで、当時はサキュバス達のところへ気楽に通ったものだった。
「そうですね。わたしも、あなたはこのままもうインキュバスにならずにいられるのかと思っていました」
「そうだろう? 俺もいけると思っていたんだが、下手にコントロールをしていたのが仇になったのかもしれない……ヴィンス師に相談した方がよさそうだ……」
そう言うと、アルフレドは椅子の背にもたれかかった。
何をどうやらかしたのか、ジョアンは察している。その上で「また制御出来なくなる可能性があるなら、今後どうするか考えた方が良い」と助言をしてくれているのだ。それはわかっている。
「魔力で完全には抑えられないからどうしようもない」
インキュバスの欲求は本能的なものだ。それを魔力で抑えつけてしまうと逆効果になると既に彼は身をもって過去に理解をしていた。だから、今まではほどほどに、時々自分が満足する程度にセックスをするなり、ちょっと頼んで誰かの夢の中でセックスをさせてもらうなりしていた。だが、ここ最近魔界召集に備えて仕事が忙しくなっていたため、自分へのケアを若干怠っていたことは認める。
残念ながらその本能は、射精をしたい、ではない。必ず相手が必要だ。射精をしたい、ではなく孕ませたい。ところが困ったことに、本来インキュバスはサキュバスを、サキュバスはインキュバスをその「対象」として見ることが出来ない。
アルフレドは純粋なインキュバスではないからどうにかサキュバスにお相手してもらってやり過ごしていた。だが、純粋なインキュバスではないからこそ、アルフレドにとってその行為は必要な反面、相当苦痛でもあった。抱きたくないのに抱きたい。やりたくないのにやりたい。常にそんな感覚だ。
だが、最近はあまりインキュバスの血が騒がなかった。血がもたらす効果が薄くなる時期が来る魔族も時にいるし、特にサキュバスやインキュバスは年を重ねるごとに淫魔の血が騒がなくなることが多い。能力そのものは持ちつつ、血によって囚われる本能的なものが年を重ねるごとに消えていくことがほとんどだ。
これは、他の一族でも時折見られる傾向だ。だから、アルフレドは自分もそうなったのだと思っていた。思って、多忙にかまけて「本当にそうなのか」を確認もせずに日々を過ごしてしまった。
そして。
そのせいで。
処女だったリーエンの初めてを、優しく出来なかった。
アルフレドは魔王でありつつも、人間的な感覚も持ち合わせているため、それが相当申し訳ないことであると知っている。いっそのこと知らず、はじめてに何の意味がある、と笑い飛ばせれば良かったのかもしれない、とすら思う。
(だが、俺がそれで楽になってしまったら彼女に申し訳が立たない……)
だからといって、取り返しのつかないことだし、頭を抱える以外何も出来ることはないのだが。
「では、一度帰宅させていただきます」
「ああ。本当にお前もそれなりに休めよ。過労死するぞ」
「あなたには言われたくありませんね。失礼いたします」
いくら「マーキングが後回しになる」特殊な一族であっても、嫁を連れ帰ってすぐに魔王城に戻って仕事をするなんて正気ではない、とアルフレドは思う。が、ジョアンは涼しい顔で魔法陣を起動して転移をした。
室内に残されたアルフレドは使用人を呼び、茶を所望した。使用人が去ると、机上に大量に置かれた資料を手にして、もう一度溜息をついて……。
「いや……それどころじゃない。ジョアンが積み上げてくれた仕事を少しは減らさなければな……」
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