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承章
承章 2
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外から屋内まで浸透してきた喧騒には、姉の声が混入していた。感情的に突っ張った、彼女の声。そして、それに絡みつくような鼻がかった男の口調と、それを取り巻くように満ちる幾つもの乱暴な気配……それらは、全てひっくるめれば、はっきりと聞きなれた音響だった。ここに越してきてからも間断なく付きまとってきた、脅迫の音色。
自分の座高ほどもある薬箱を抱えていても、騒動の大元まで回り込むのは、数秒とかからなかった。それも当然で、右の隣家と我が家との間にできた細道が、その現場である。ぱっと見えただけでも荒くれた風貌と分かる男が二人、狭すぎるそこに入りきれずに、こちら側の路上へとはみ出ている。
そこへ必死に駆け寄るが早いか、知っている声が聞こえてきた。
「君はどなたかな?」
「なんていうか、この場においては緩衝材に徹そうと思ってる奥ゆかしい俺だ」
後者はいわずもがな、ザーニーイである。前者は―――
「アデュバ・アロンビ!!」
「ああ。こいつが」
と、ザーニーイが呟いてくる―――彼はというと、計八人のちんぴらを前に、背後に姉をかばうようにして、細道の中央に立ちはだかっていた。といっても、両手を広げることも満足に出来ない幅の、隣家との間にある通路である。自然とそこに立つだけで立ちはだかることとなるが。シャイズナは、男たちの背中ごしにザーニーイと姉の顔を見ながら、それ以上動けずにいた。連中の巨躯に道をふさがれて、そちらに行くことができない。
適当に吐き出したのか、ザーニーイの口唇から煙草が消えていた。身体の左側面を前方へ向け、油断なくこちらへ……シャイズナの立つ表通りの方へ向けて警戒を布いている。つまり彼の前方には、そこの通路に収まりきらない体格と人数の男たちがひしめいており―――そしてその中心に、アデュバ・アロンビも存在しているということだ。
まるで剣呑な空気が玉座だとでもいうように男たちの中心で寛いで、その男は鷹揚な笑みを浮かべていた。アデュバ・アロンビは、茶色い長髪を綺麗に後ろへ撫でつけた、伊達眼鏡の青年である……青年など言っていて違和感が拭えないが、少年と呼ぶのは論外だった。しかも、淡い色合いの正装がよく似合うフラットな細面は、それ以上の年かさを当てはめるには、あまりに皺が少ない。体格は良かった。上面の物腰の穏やかさがその発露を誤魔化しているので、あまり目立ちはしないが。
「シャンシャッタさん、また少しお窶れになったのではありませんか? お可哀想に。亡き父上があなたを深窓でお育てになったのは、あなたの体を慮ってのことであると、お分かりでないあなたでもありませんでしょう?」
アデュバは、背後にずらりと居並ぶ八人のごろつきを全く無視する柔和な口調で、姉へと呼びかけた。姉は、名指しされたことはもとより、いたわりの偽装もなおざりにして発された明確な嘲弄に、怒りを覚えたようだった。ザーニーイの肩の向こうで、嚇怒にさらされた彼女の瞳が、茶色にむらを生じさせている。
が、ひとつたりと意に介さず、アデュバはにっこりと笑う。彼女へ向けて、軽く手を差しのべてすらみせた。
「さあ、そろそろ意地を張るのはおやめになって、我がワーエラウフ商館へ帰りましょう」
「我が?」
疑問に素直に、ザーニーイが目を眇めた。
「ワーフェン族アウフ家を表すからこそのワーエラウフだろ。なんでアデュバ・『アロンビ』が我が物顔してんだ?」
「我が物のつもりなんだ」
「あん?」
まさかシャイズナが答えてくるとは思っていなかったらしい。ザーニーイどころか、その場にいる全員の視線が振り返ってくる。その中にアデュバのそれを認め、シャイズナは怒罵を発した。
「このゲロ野郎は、ワーエラウフ全部を我が物にした気でいやがるんだよ!」
荷重に傾きかける上体で必死に薬箱を抱きとめながら、シャイズナは情動を軋らせた。
「父さんが死んで社長がいなくなったのをいいことにのし上がって! 次から次へと自分の手下を商館に招いては、まともな社員を片っ端から叩き出して! 今じゃ丸ごと丸め込まれちまって、身内だろが外様だろうが、ひとっこひとり俺たちに味方しちゃくれない! その通りだろ、答えろアデュバ!」
「これはまた人聞きの悪い。我が物にしたのではなく、代表取締役相応の権限を持つ社員として、その役職に尽力したと言っていただきたいものです」
苦笑まじりに息をつき、アデュバは眼鏡のブリッジを押し上げた。といっても、苦笑が混じっていたのは言葉尻だけで、目尻をたわませている感情の元凶は、周囲に対する圧倒的な優越感である。声に織り込みながら、滔々とそれを発散していく。
「ワーエラウフは中規模ながらも、貴族であるという歴史と人脈の堅実さによって確固たる地位を築いた、由緒正しき薬事取引業社。しかしどれほどのものであったとしても、それを統べる存在がいないとなると、たちまち弱体化してしまうでしょう? 統べる能力があったとしても、シャンシャッタさんは女性である以上、貴族の財産を相続することは出来ません。子供の君は、」
そこで相手は、婉曲だった睥睨を、はっきりとシャイズナへ向けた。
「いわずと知れること」
「…………!」
「ですから」
と、注視を転ずる。そうして姉を見やるアデュバの表情は、非常に好意的だった。当然だ。蛇だって、呑み下す卵に対しては、柔らかい内臓で溶かし切る最後の一瞬まで好意的だ。
「わたしがシャンシャッタさんと婚姻を済ませて婿入りの形で家族となりさえすれば、晴れてワーエラウフの運用に全力を注ぐことが可能となり、本当の意味で商館の発展に粉骨砕身することができるのですよ。そうすれば、あなたがたのお父上に拾っていただいたにもかかわらず、ろくに恩返しも出来ないまま冥界へお見送りすることしかできなかった我が身のしのびなさも晴れるというもの―――」
「分かった」
忽然と声をあげたのは、ザーニーイだった。
吐息して、彼は腰の辺りで両手を広げてみせた。建物の間の薄暗い空間に、ぱっと咲く二輪の花のごとく、白い五指が開かれる。そして魔除けか何かのようにそれらをひらつかせてから、アデュバを眺めやった。目付きに熱は無い―――とはいえ、冷たくも無いが。ただそれは、とどのつまり、感温を生じさせない程度には乾いていたというだけなのかもしれない。
「確信した。二つばかり確信した。だからまず、アデュバとやらから確認したいんだが」
「なんでしょう?」
「お前馬鹿だろ」
「なっ……?」
「しのびないんだったら、惚れた病弱女をこんな薄らじめっとした野外に突っ立たせたままで、小僧一匹に勝ち誇るためだけにべらべらと御託並べるわけあるかボケナス。全体的にしゃらくせぇんだよ、てめぇ」
あっけにとられて声をなくしたアデュバに、ザーニーイが畳み掛かける。
「ヤロォ!」
息巻いて飛び出したのは、ごろつきの一人だった。アデュバの横から飛び出した姿は遠目にも大柄で、余すところなく筋肉をつけた身体はかなりの重さと思えたが、その全てを裏切る速さでザーニーイへと肉薄する。半秒かからず間合いを侵し、振り上げていた拳をもう一段階ひきしぼって―――その全てが、瞬時に逆行した。
脱力させられた腕を引き連れ、一瞬前に飛び出してきた場所へと、勢いよく蹴返される。それに巻き込まれて転倒し、幾人ものちんぴらが罵声を上げた。容赦ない一撃で対象をそこまでねじ込み返したザーニーイが、蹴足に使ったつま先をぶらりと示してみせる。
「俺は緩衝材だっつったろ」
すぐわきを大男が吹き飛んでいった際も微動だにしなかったアデュバが、無言でザーニーイへ目を返した。その双眸は、わずかながら興味の気配に変色している。
痛打を食らった男は、屈み込んだままで震えている。必至に嘔吐だけはすまいとしているらしく、急激に脂汗で濡ぬれた喉仏をしきりに上下させていた。その状態が冗談で済まされる代物でないと知れるにつれ、周囲の男達が急激に気色ばみ、それぞれに戦闘体勢らしいポーズをばらばらと構え出す。
そちらを視線で掃くザーニーイの様子に、焦りはなかった。このような狭い空間では、巨体揃いの集団よりも自分に利があるという確信があるのだろう。
「生憎だが、緩衝材ってのは、衝撃に貫かれるようには出来ちゃいない。分かったら、これ以上乱暴な真似は―――」
「ゲヘッ!?」
せりふを断ち切るように、品のない悲鳴が上がった。発したのは、集団の最後尾、シャイズナの目前で背を向けていた男である―――シャイズナが全力を込めて振り回した薬箱の威力は、当たり前だが絶大だった。刈り上げられた頭部めがけて打ち付けたのが、思った以上に効いたらしい。最硬度の銀でコーティングされた木の角に後ろ頭をえぐられ、衝撃に横転した身体は悲鳴を続行することもできずに昏倒した。がらの悪い横顔に施された女豹の刺青は、それだけ見れば威嚇的に目元を縁取っていると言えたのだろうが、そこにひけらかされているのが丸々とした白目となった以上、どこか白いボールにじゃれている三毛猫に見えて、シャイズナは頬を引きつらせた。
「このガキゃあ!!」
避ける余裕はなかった。歯を食いしばると同時に、右の頬骨へと襲いかかったいびつな丸い影が、一気に視界を変転させる。姉の悲鳴―――そして、首の根元からじかに鼓膜にしみた嫌な音を聞きながら、シャイズナは落下した地面でしたたかに左肩を打ちつけた。それよりも余程派手な音を立てて、薬箱が遠くへ転がっていく……見えたわけではないが、路上伝いの振動で、多分そうなのだろうなと思う。側臥位のまま眼球だけを動かして見上げると、自分が殴り倒した奴とは別の男が、顔面を赤黒く怒張させていた。やたら筋張った拳を固めて、こちらを睨みつけている。どうやらこの男が、自分の横面を、怒声と共に張り倒したらしい。
その拳が解かれて……ただしその肉に込められた力は寸分も抜かれないまま、こちらへ伸びてくる。その指が服にかかる直前、シャイズナは溜めていた腕力を弾けさせた。それでどうにか相手の手をかわし、後方へ跳ねるようにして逃げのびる。
相手は、追ってこなかった。急いで追撃を与えずとも、勝機は揺るがないとでも思っているのか。その読みを裏付けるように相手の面の皮にはみ出る陰険な笑みに、敵視を突き立てて―――打突されて揺れる脳では、それが精一杯だった。あまり頭を高くすると、痛撃によるダメージが疼く以上に、嘔気に五臓六腑を握られる。まともに立つことさえ出来ない。
不意をつく展開に、人々の注意はあらかたこちらへ集まっていた―――ザーニーイのそれさえも。そこへ向けて、ふらつく全身をどうにか中腰で支えつつ、呟く。
「ほんとだ。負けず劣らずの一品。人体の強度に対しても」
「お前な」
なにやら複雑な面持ちをこちらに向けたザーニーイが、小さく呻いた。
とは言え、物品を使いやすいように使った相当なセンスとやらを、シャイズナの中に認めないわけではないらしい。悲嘆の欠片もないため息のポーズで仕切りなおして、彼は口を開いた。
「……まあいいか。シャイズナ。確信した残りひとつは、お前についてなんだが」
「ああ」
「剣と引き換えに霹靂に依頼しようとしてたのは、このドサンピンをこてんぱんにブチのめすことだろ」
「そうだ!」
殴り飛ばされた時に歯で切ったらしい。口腔の中で、血の味ごと言葉を噛む。その様子が煽情をもたらしたということもなかろうが、ごろつき達は揃いも揃って、笑いと恫喝がないまぜになった相貌をあらわにしてみせた。つりあがった口角よりも薄汚れた歯列の方に禍々しさがにじみ出る、そんな顔である。その中でただひとり、ぴくりと頬の端を揺らしただけのアデュバの反応が、逆に目を引いた。
だがそれ以上に目を引いたのは、―――
「オーケイシャイズナ、最高だ!」
ザーニーイの一言と、そして。
隣家の壁を思いっきり蹴りつけた、彼の足だった。
めしっ―――と生木をよじるような音が立ち、あっさりへこんだ壁面から亀裂が走る。靴底に鉄骨でも入っているのか、当のザーニーイはけろっとした表情で踵を引き戻しているだけだが。わけのわからない展開に、一同の空気が停止を余儀なくさせられる。矢先。
「コラァ! さっきからなに騒いでやがる!? うちに被害がこねぇならと思って目ぇつむってたらイイ気になりやがって! これ以上続けるってんなら警察呼ぶぞ!」
「確かに無能だなー。壁」
隣家から道へ飛び出してきた中年親爺が怒鳴り散らす中、陥没した部分を中心に見事な蜘蛛の巣型を描いた罅をしげしげと眺め、ザーニーイが呟いた。誰も聞いていなかったが。
予期せぬ……しかも不利な闖入だったのだろう。音を立てず、口の奥でアデュバが舌打ちする。いや、音はしたのかもしれないが、それは取り巻きから放たれた大声にかき消された。
「ポリ公に尻尾巻いてて筐底居座ってられっかよ!」
それに弾かれるように、ちんぴら全員が動き出す。こちらへ明確に嗜虐の目付きを向ける者と、ザーニーイへ身を翻す者とに分かれ、襲い掛かる一瞬めがけて姿勢を瞬時に固定し―――
「慎まんかァ!!」
その一喝が、場を圧殺した。
発したのは、アデュバだった。むき出しの殺気じみた迫力にうたれた男達が、他にどうしようもなく立ちすくむ。
アデュバは静まり返った舎弟を冷厳に見回し、その終点としてザーニーイを定めた。やはり相手は頓着せず、声にやられて震える膝で必死に立とうとしている姉を助け起こしていただけだったが、アデュバからのそれに気付いていないわけではないらしい。生ぬるい指先のような不気味な熟視から匿うように、彼女をアデュバの視界から隔る位置に寄り添って、動こうとしない。
ふゥ―――と一抹の吐息を音を立てて終えると、アデュバはザーニーイから、こちらへ向けて身体を反転させた。といってもシャイズナなど眼中になく、紳士的な作り笑いを向けたのは、勢いを失って棒立ちになっている隣家の家主である。伊達眼鏡の奥から、作っているだけに分かりやすい友好的な表情を浮かべつつ、呼びかける。
「いえ。申し訳ありません。もう我々は立ち去りますので、警察は不要です」
「お、おう……」
「では、本日はこれにて。わずかばかり手荒になってしまいましたが、これもワーエラウフの存続のため。どうかご了承を……シャンシャッタさん」
軽い一礼をどこへともなく向けてから、アデュバは彼女へ流し目を送った。
彼女が肢体を硬直させたのは、見ずとも知れたらしい―――自分を跨いで交錯する気配への嫌悪感へか、ザーニーイが面皮に渋味を燈している。その前方では舎弟どもが、悶絶した男と、それより軽症だが到底ひとりで歩けそうにない男とを慣れた仕草で担ぎ上げ、立ち去る用意を進めていた。それらの中で、どれもこれも眼中にせず、アデュバが柔らかくせりふの残りを綴っていく。
「どのようにされるのが最良か、よくお考えになられてください。代々受け継いできたワーエラウフに掛ける亡き父上の思いを無碍になさるのは、彼の最良の理解者であるあなたとて、お望みではありませんでしょう?」
「わたし、は……―――」
姉の反駁は、そこから続かなかった。父を引き合いに出され、残っていた心気を砕かれたのだろう。わずかな涙のかわりのように浮かんだ傷心が、彼女のまなじりを浸した。
シャイズナは悶えた。幾万の痛罵が脳裏を撹乱し、痛みすら覚えるほど喉が詰まる。詰まるゆえに、言葉が出ない。嬲る材料として亡父をも弄されて、ただただ激しい憎悪の舌があばら骨を内側から舐め尽くしていく。
ただしその苦痛は、手ひどい一撃を食らった頭には過度の負荷に違いなかった。どう抗いようもなくふらついて、地面に膝頭を落とす。四つんばいになったシャイズナの前を、男達の幾本もの足が通り過ぎていった。揺れる世界の中で、重合する多くの歩調だけが、確固たる調子で足音を刻んでいく。
その響きさえも、あっという間に、人影の群れごと立ち去っていった。脳みそが鼻の奥からつまみ出されつつあるような奇妙な浮遊感に酔っていると、その頭に、ひやりと柔らかいものが触れる。
それは指だった。その持ち主である姉が、そのままシャイズナを抱きすくめるようにして、ゆっくりと地面から立たせようとする。だがそれにつれて、シャイズナの痛苦は深まっていった……ふらつく足腰に無理強いしている上、頭を高くしたせいで、胸焼けのような不快感が強まっている。ついでにいうと、肩に回された姉の腕が触るうなじが酷く痛んでいたので、支え方を変えて欲しかったが、今はろくにろれつが回りそうに無い。というか、言葉よりも、吐物を出す方が容易い。
「やれやれ、ひとまずは落ち着けそうだな」
言いながら、ザーニーイが細道から路上へと姿をみせた。上向かせた掌を胸の横で広げて、肩をすくめてみせる。
「お二人さん。とりあえず一難去ったみてぇだし、ここはひとつ茶でも淹れて―――」
「待てい」
と剣呑に告げると同時、ぐわしとその肩に掴みかかったのは、隣人の中年男だった。
何の前触れもなくその場に縫い付けられ、ザーニーイがなすすべもなく立ち往生する。そして、単純な疑問に呆ける。
「へ?」
「立ってた位置的にお前だな。うちの壁オシャカにしやがったのは」
「いやその」
と、中年親爺は握り締めた肩を中心にぐりんとザーニーイを回し、自分の真正面へと向かせてみせた。特徴のない……あえて言うなら、見所が無いことが見所といえる中年である。その平凡な形相が怒り狂って、どのように表現しても非凡としか言いようがない状態に陥っている。
ひたすらその間際にいるザーニーイにとって、相手の様相は殊更に切実だったに違いない。冷や汗をたらして顔を背けようと試みたらしかったが、その動きさえ、親爺にがっしと顎を掴まれたせいで未遂に終わる。
「だましだまし修復しながら今日までやりくりしてきたってのに、見事に水の泡にしてくれやがって。何なんだろうなこの気持ち。コツコツ貯めてたへそくりがカカァにばれて没収されたような気持ち。足ひっかけられたせいで大事にしゃぶってた飴が道のかなたまで飛んでって砂まみれになるのを地面に這い蹲って見届けるしかないような気持ち」
「どのみち実話か」
「ほっとけ馬鹿たれ!」
「そっちが先に俺にそーしたら、こっちだって謹んで見習ってやらぁ! ほっとけ! 俺を! 俺様を! 俺グレイトを!」
「自称を格上げしたところで騙されるかコノヤロー! こちとらグレイトとか言われても何の単位かさっぱりなんだよ!」
「単位!?」
ザーニーイはぐぎぎぎぎとかなりぎりぎりな音を立てながら首筋を力ませ、意地でも親爺から顔面を逸らそうともがいている……どうみても劣勢だったが。なにせ中年男の方がはなから鬼気迫っていたため、その分まるまる負けているのである。まあ若さでは勝っている分、まだしばらく拮抗してみせるかもしれないが。
そのしばらくの時間すら待たず気を失ったシャイズナには、関係ない話ではあった。
自分の座高ほどもある薬箱を抱えていても、騒動の大元まで回り込むのは、数秒とかからなかった。それも当然で、右の隣家と我が家との間にできた細道が、その現場である。ぱっと見えただけでも荒くれた風貌と分かる男が二人、狭すぎるそこに入りきれずに、こちら側の路上へとはみ出ている。
そこへ必死に駆け寄るが早いか、知っている声が聞こえてきた。
「君はどなたかな?」
「なんていうか、この場においては緩衝材に徹そうと思ってる奥ゆかしい俺だ」
後者はいわずもがな、ザーニーイである。前者は―――
「アデュバ・アロンビ!!」
「ああ。こいつが」
と、ザーニーイが呟いてくる―――彼はというと、計八人のちんぴらを前に、背後に姉をかばうようにして、細道の中央に立ちはだかっていた。といっても、両手を広げることも満足に出来ない幅の、隣家との間にある通路である。自然とそこに立つだけで立ちはだかることとなるが。シャイズナは、男たちの背中ごしにザーニーイと姉の顔を見ながら、それ以上動けずにいた。連中の巨躯に道をふさがれて、そちらに行くことができない。
適当に吐き出したのか、ザーニーイの口唇から煙草が消えていた。身体の左側面を前方へ向け、油断なくこちらへ……シャイズナの立つ表通りの方へ向けて警戒を布いている。つまり彼の前方には、そこの通路に収まりきらない体格と人数の男たちがひしめいており―――そしてその中心に、アデュバ・アロンビも存在しているということだ。
まるで剣呑な空気が玉座だとでもいうように男たちの中心で寛いで、その男は鷹揚な笑みを浮かべていた。アデュバ・アロンビは、茶色い長髪を綺麗に後ろへ撫でつけた、伊達眼鏡の青年である……青年など言っていて違和感が拭えないが、少年と呼ぶのは論外だった。しかも、淡い色合いの正装がよく似合うフラットな細面は、それ以上の年かさを当てはめるには、あまりに皺が少ない。体格は良かった。上面の物腰の穏やかさがその発露を誤魔化しているので、あまり目立ちはしないが。
「シャンシャッタさん、また少しお窶れになったのではありませんか? お可哀想に。亡き父上があなたを深窓でお育てになったのは、あなたの体を慮ってのことであると、お分かりでないあなたでもありませんでしょう?」
アデュバは、背後にずらりと居並ぶ八人のごろつきを全く無視する柔和な口調で、姉へと呼びかけた。姉は、名指しされたことはもとより、いたわりの偽装もなおざりにして発された明確な嘲弄に、怒りを覚えたようだった。ザーニーイの肩の向こうで、嚇怒にさらされた彼女の瞳が、茶色にむらを生じさせている。
が、ひとつたりと意に介さず、アデュバはにっこりと笑う。彼女へ向けて、軽く手を差しのべてすらみせた。
「さあ、そろそろ意地を張るのはおやめになって、我がワーエラウフ商館へ帰りましょう」
「我が?」
疑問に素直に、ザーニーイが目を眇めた。
「ワーフェン族アウフ家を表すからこそのワーエラウフだろ。なんでアデュバ・『アロンビ』が我が物顔してんだ?」
「我が物のつもりなんだ」
「あん?」
まさかシャイズナが答えてくるとは思っていなかったらしい。ザーニーイどころか、その場にいる全員の視線が振り返ってくる。その中にアデュバのそれを認め、シャイズナは怒罵を発した。
「このゲロ野郎は、ワーエラウフ全部を我が物にした気でいやがるんだよ!」
荷重に傾きかける上体で必死に薬箱を抱きとめながら、シャイズナは情動を軋らせた。
「父さんが死んで社長がいなくなったのをいいことにのし上がって! 次から次へと自分の手下を商館に招いては、まともな社員を片っ端から叩き出して! 今じゃ丸ごと丸め込まれちまって、身内だろが外様だろうが、ひとっこひとり俺たちに味方しちゃくれない! その通りだろ、答えろアデュバ!」
「これはまた人聞きの悪い。我が物にしたのではなく、代表取締役相応の権限を持つ社員として、その役職に尽力したと言っていただきたいものです」
苦笑まじりに息をつき、アデュバは眼鏡のブリッジを押し上げた。といっても、苦笑が混じっていたのは言葉尻だけで、目尻をたわませている感情の元凶は、周囲に対する圧倒的な優越感である。声に織り込みながら、滔々とそれを発散していく。
「ワーエラウフは中規模ながらも、貴族であるという歴史と人脈の堅実さによって確固たる地位を築いた、由緒正しき薬事取引業社。しかしどれほどのものであったとしても、それを統べる存在がいないとなると、たちまち弱体化してしまうでしょう? 統べる能力があったとしても、シャンシャッタさんは女性である以上、貴族の財産を相続することは出来ません。子供の君は、」
そこで相手は、婉曲だった睥睨を、はっきりとシャイズナへ向けた。
「いわずと知れること」
「…………!」
「ですから」
と、注視を転ずる。そうして姉を見やるアデュバの表情は、非常に好意的だった。当然だ。蛇だって、呑み下す卵に対しては、柔らかい内臓で溶かし切る最後の一瞬まで好意的だ。
「わたしがシャンシャッタさんと婚姻を済ませて婿入りの形で家族となりさえすれば、晴れてワーエラウフの運用に全力を注ぐことが可能となり、本当の意味で商館の発展に粉骨砕身することができるのですよ。そうすれば、あなたがたのお父上に拾っていただいたにもかかわらず、ろくに恩返しも出来ないまま冥界へお見送りすることしかできなかった我が身のしのびなさも晴れるというもの―――」
「分かった」
忽然と声をあげたのは、ザーニーイだった。
吐息して、彼は腰の辺りで両手を広げてみせた。建物の間の薄暗い空間に、ぱっと咲く二輪の花のごとく、白い五指が開かれる。そして魔除けか何かのようにそれらをひらつかせてから、アデュバを眺めやった。目付きに熱は無い―――とはいえ、冷たくも無いが。ただそれは、とどのつまり、感温を生じさせない程度には乾いていたというだけなのかもしれない。
「確信した。二つばかり確信した。だからまず、アデュバとやらから確認したいんだが」
「なんでしょう?」
「お前馬鹿だろ」
「なっ……?」
「しのびないんだったら、惚れた病弱女をこんな薄らじめっとした野外に突っ立たせたままで、小僧一匹に勝ち誇るためだけにべらべらと御託並べるわけあるかボケナス。全体的にしゃらくせぇんだよ、てめぇ」
あっけにとられて声をなくしたアデュバに、ザーニーイが畳み掛かける。
「ヤロォ!」
息巻いて飛び出したのは、ごろつきの一人だった。アデュバの横から飛び出した姿は遠目にも大柄で、余すところなく筋肉をつけた身体はかなりの重さと思えたが、その全てを裏切る速さでザーニーイへと肉薄する。半秒かからず間合いを侵し、振り上げていた拳をもう一段階ひきしぼって―――その全てが、瞬時に逆行した。
脱力させられた腕を引き連れ、一瞬前に飛び出してきた場所へと、勢いよく蹴返される。それに巻き込まれて転倒し、幾人ものちんぴらが罵声を上げた。容赦ない一撃で対象をそこまでねじ込み返したザーニーイが、蹴足に使ったつま先をぶらりと示してみせる。
「俺は緩衝材だっつったろ」
すぐわきを大男が吹き飛んでいった際も微動だにしなかったアデュバが、無言でザーニーイへ目を返した。その双眸は、わずかながら興味の気配に変色している。
痛打を食らった男は、屈み込んだままで震えている。必至に嘔吐だけはすまいとしているらしく、急激に脂汗で濡ぬれた喉仏をしきりに上下させていた。その状態が冗談で済まされる代物でないと知れるにつれ、周囲の男達が急激に気色ばみ、それぞれに戦闘体勢らしいポーズをばらばらと構え出す。
そちらを視線で掃くザーニーイの様子に、焦りはなかった。このような狭い空間では、巨体揃いの集団よりも自分に利があるという確信があるのだろう。
「生憎だが、緩衝材ってのは、衝撃に貫かれるようには出来ちゃいない。分かったら、これ以上乱暴な真似は―――」
「ゲヘッ!?」
せりふを断ち切るように、品のない悲鳴が上がった。発したのは、集団の最後尾、シャイズナの目前で背を向けていた男である―――シャイズナが全力を込めて振り回した薬箱の威力は、当たり前だが絶大だった。刈り上げられた頭部めがけて打ち付けたのが、思った以上に効いたらしい。最硬度の銀でコーティングされた木の角に後ろ頭をえぐられ、衝撃に横転した身体は悲鳴を続行することもできずに昏倒した。がらの悪い横顔に施された女豹の刺青は、それだけ見れば威嚇的に目元を縁取っていると言えたのだろうが、そこにひけらかされているのが丸々とした白目となった以上、どこか白いボールにじゃれている三毛猫に見えて、シャイズナは頬を引きつらせた。
「このガキゃあ!!」
避ける余裕はなかった。歯を食いしばると同時に、右の頬骨へと襲いかかったいびつな丸い影が、一気に視界を変転させる。姉の悲鳴―――そして、首の根元からじかに鼓膜にしみた嫌な音を聞きながら、シャイズナは落下した地面でしたたかに左肩を打ちつけた。それよりも余程派手な音を立てて、薬箱が遠くへ転がっていく……見えたわけではないが、路上伝いの振動で、多分そうなのだろうなと思う。側臥位のまま眼球だけを動かして見上げると、自分が殴り倒した奴とは別の男が、顔面を赤黒く怒張させていた。やたら筋張った拳を固めて、こちらを睨みつけている。どうやらこの男が、自分の横面を、怒声と共に張り倒したらしい。
その拳が解かれて……ただしその肉に込められた力は寸分も抜かれないまま、こちらへ伸びてくる。その指が服にかかる直前、シャイズナは溜めていた腕力を弾けさせた。それでどうにか相手の手をかわし、後方へ跳ねるようにして逃げのびる。
相手は、追ってこなかった。急いで追撃を与えずとも、勝機は揺るがないとでも思っているのか。その読みを裏付けるように相手の面の皮にはみ出る陰険な笑みに、敵視を突き立てて―――打突されて揺れる脳では、それが精一杯だった。あまり頭を高くすると、痛撃によるダメージが疼く以上に、嘔気に五臓六腑を握られる。まともに立つことさえ出来ない。
不意をつく展開に、人々の注意はあらかたこちらへ集まっていた―――ザーニーイのそれさえも。そこへ向けて、ふらつく全身をどうにか中腰で支えつつ、呟く。
「ほんとだ。負けず劣らずの一品。人体の強度に対しても」
「お前な」
なにやら複雑な面持ちをこちらに向けたザーニーイが、小さく呻いた。
とは言え、物品を使いやすいように使った相当なセンスとやらを、シャイズナの中に認めないわけではないらしい。悲嘆の欠片もないため息のポーズで仕切りなおして、彼は口を開いた。
「……まあいいか。シャイズナ。確信した残りひとつは、お前についてなんだが」
「ああ」
「剣と引き換えに霹靂に依頼しようとしてたのは、このドサンピンをこてんぱんにブチのめすことだろ」
「そうだ!」
殴り飛ばされた時に歯で切ったらしい。口腔の中で、血の味ごと言葉を噛む。その様子が煽情をもたらしたということもなかろうが、ごろつき達は揃いも揃って、笑いと恫喝がないまぜになった相貌をあらわにしてみせた。つりあがった口角よりも薄汚れた歯列の方に禍々しさがにじみ出る、そんな顔である。その中でただひとり、ぴくりと頬の端を揺らしただけのアデュバの反応が、逆に目を引いた。
だがそれ以上に目を引いたのは、―――
「オーケイシャイズナ、最高だ!」
ザーニーイの一言と、そして。
隣家の壁を思いっきり蹴りつけた、彼の足だった。
めしっ―――と生木をよじるような音が立ち、あっさりへこんだ壁面から亀裂が走る。靴底に鉄骨でも入っているのか、当のザーニーイはけろっとした表情で踵を引き戻しているだけだが。わけのわからない展開に、一同の空気が停止を余儀なくさせられる。矢先。
「コラァ! さっきからなに騒いでやがる!? うちに被害がこねぇならと思って目ぇつむってたらイイ気になりやがって! これ以上続けるってんなら警察呼ぶぞ!」
「確かに無能だなー。壁」
隣家から道へ飛び出してきた中年親爺が怒鳴り散らす中、陥没した部分を中心に見事な蜘蛛の巣型を描いた罅をしげしげと眺め、ザーニーイが呟いた。誰も聞いていなかったが。
予期せぬ……しかも不利な闖入だったのだろう。音を立てず、口の奥でアデュバが舌打ちする。いや、音はしたのかもしれないが、それは取り巻きから放たれた大声にかき消された。
「ポリ公に尻尾巻いてて筐底居座ってられっかよ!」
それに弾かれるように、ちんぴら全員が動き出す。こちらへ明確に嗜虐の目付きを向ける者と、ザーニーイへ身を翻す者とに分かれ、襲い掛かる一瞬めがけて姿勢を瞬時に固定し―――
「慎まんかァ!!」
その一喝が、場を圧殺した。
発したのは、アデュバだった。むき出しの殺気じみた迫力にうたれた男達が、他にどうしようもなく立ちすくむ。
アデュバは静まり返った舎弟を冷厳に見回し、その終点としてザーニーイを定めた。やはり相手は頓着せず、声にやられて震える膝で必死に立とうとしている姉を助け起こしていただけだったが、アデュバからのそれに気付いていないわけではないらしい。生ぬるい指先のような不気味な熟視から匿うように、彼女をアデュバの視界から隔る位置に寄り添って、動こうとしない。
ふゥ―――と一抹の吐息を音を立てて終えると、アデュバはザーニーイから、こちらへ向けて身体を反転させた。といってもシャイズナなど眼中になく、紳士的な作り笑いを向けたのは、勢いを失って棒立ちになっている隣家の家主である。伊達眼鏡の奥から、作っているだけに分かりやすい友好的な表情を浮かべつつ、呼びかける。
「いえ。申し訳ありません。もう我々は立ち去りますので、警察は不要です」
「お、おう……」
「では、本日はこれにて。わずかばかり手荒になってしまいましたが、これもワーエラウフの存続のため。どうかご了承を……シャンシャッタさん」
軽い一礼をどこへともなく向けてから、アデュバは彼女へ流し目を送った。
彼女が肢体を硬直させたのは、見ずとも知れたらしい―――自分を跨いで交錯する気配への嫌悪感へか、ザーニーイが面皮に渋味を燈している。その前方では舎弟どもが、悶絶した男と、それより軽症だが到底ひとりで歩けそうにない男とを慣れた仕草で担ぎ上げ、立ち去る用意を進めていた。それらの中で、どれもこれも眼中にせず、アデュバが柔らかくせりふの残りを綴っていく。
「どのようにされるのが最良か、よくお考えになられてください。代々受け継いできたワーエラウフに掛ける亡き父上の思いを無碍になさるのは、彼の最良の理解者であるあなたとて、お望みではありませんでしょう?」
「わたし、は……―――」
姉の反駁は、そこから続かなかった。父を引き合いに出され、残っていた心気を砕かれたのだろう。わずかな涙のかわりのように浮かんだ傷心が、彼女のまなじりを浸した。
シャイズナは悶えた。幾万の痛罵が脳裏を撹乱し、痛みすら覚えるほど喉が詰まる。詰まるゆえに、言葉が出ない。嬲る材料として亡父をも弄されて、ただただ激しい憎悪の舌があばら骨を内側から舐め尽くしていく。
ただしその苦痛は、手ひどい一撃を食らった頭には過度の負荷に違いなかった。どう抗いようもなくふらついて、地面に膝頭を落とす。四つんばいになったシャイズナの前を、男達の幾本もの足が通り過ぎていった。揺れる世界の中で、重合する多くの歩調だけが、確固たる調子で足音を刻んでいく。
その響きさえも、あっという間に、人影の群れごと立ち去っていった。脳みそが鼻の奥からつまみ出されつつあるような奇妙な浮遊感に酔っていると、その頭に、ひやりと柔らかいものが触れる。
それは指だった。その持ち主である姉が、そのままシャイズナを抱きすくめるようにして、ゆっくりと地面から立たせようとする。だがそれにつれて、シャイズナの痛苦は深まっていった……ふらつく足腰に無理強いしている上、頭を高くしたせいで、胸焼けのような不快感が強まっている。ついでにいうと、肩に回された姉の腕が触るうなじが酷く痛んでいたので、支え方を変えて欲しかったが、今はろくにろれつが回りそうに無い。というか、言葉よりも、吐物を出す方が容易い。
「やれやれ、ひとまずは落ち着けそうだな」
言いながら、ザーニーイが細道から路上へと姿をみせた。上向かせた掌を胸の横で広げて、肩をすくめてみせる。
「お二人さん。とりあえず一難去ったみてぇだし、ここはひとつ茶でも淹れて―――」
「待てい」
と剣呑に告げると同時、ぐわしとその肩に掴みかかったのは、隣人の中年男だった。
何の前触れもなくその場に縫い付けられ、ザーニーイがなすすべもなく立ち往生する。そして、単純な疑問に呆ける。
「へ?」
「立ってた位置的にお前だな。うちの壁オシャカにしやがったのは」
「いやその」
と、中年親爺は握り締めた肩を中心にぐりんとザーニーイを回し、自分の真正面へと向かせてみせた。特徴のない……あえて言うなら、見所が無いことが見所といえる中年である。その平凡な形相が怒り狂って、どのように表現しても非凡としか言いようがない状態に陥っている。
ひたすらその間際にいるザーニーイにとって、相手の様相は殊更に切実だったに違いない。冷や汗をたらして顔を背けようと試みたらしかったが、その動きさえ、親爺にがっしと顎を掴まれたせいで未遂に終わる。
「だましだまし修復しながら今日までやりくりしてきたってのに、見事に水の泡にしてくれやがって。何なんだろうなこの気持ち。コツコツ貯めてたへそくりがカカァにばれて没収されたような気持ち。足ひっかけられたせいで大事にしゃぶってた飴が道のかなたまで飛んでって砂まみれになるのを地面に這い蹲って見届けるしかないような気持ち」
「どのみち実話か」
「ほっとけ馬鹿たれ!」
「そっちが先に俺にそーしたら、こっちだって謹んで見習ってやらぁ! ほっとけ! 俺を! 俺様を! 俺グレイトを!」
「自称を格上げしたところで騙されるかコノヤロー! こちとらグレイトとか言われても何の単位かさっぱりなんだよ!」
「単位!?」
ザーニーイはぐぎぎぎぎとかなりぎりぎりな音を立てながら首筋を力ませ、意地でも親爺から顔面を逸らそうともがいている……どうみても劣勢だったが。なにせ中年男の方がはなから鬼気迫っていたため、その分まるまる負けているのである。まあ若さでは勝っている分、まだしばらく拮抗してみせるかもしれないが。
そのしばらくの時間すら待たず気を失ったシャイズナには、関係ない話ではあった。
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