上 下
14 / 24

第13話 近代ヨーロッパその2

しおりを挟む
「えぇっと……。お姉さん?」

 私はつい確認をしてしまった。他意はない。

「はい……。姉です……。我々は孤児院で育ってこの店に養子に貰われたため、兄弟と言っても年齢ではなく養子になった順でして……」

 金髪の店員さんは頭痛に悩まされるような顔でちびっ子のお姉さんを見ていた。
 確かに、小学生のような年齢の女の子が姉というのは、複雑な心境だろう……。

「別にお姉さんでも妹さんでもなんでも構わないよ、素敵な結婚指輪を作ってもらえるなら。黒江ちゃん、ダイヤの入った鉱石見せてあげて」

「え、うん」

 私はカバンから未来世界で手に入れたダイヤの原石を取り出して、近くにあったテーブルに置いた。

 すると、金髪の店員さんは驚いた顔をして、お姉さんの方は興味深そうにジロジロと見ている。

「えぇっと、ダイヤの原石です。小粒だけど何個かダイヤが入っていると思うので、これで結婚指輪を作って欲しいんですけど……」

「僕たちは現金を持っていないので、お代は指輪で使う以外のダイヤをお譲りする形でいかがですか?」

 金髪の店員さんは更に驚いた顔をした。

「それだと手間賃を考えても指輪が五個や六個分のお釣りがありますよ!?」

「いいじゃん、お客さんがそれでいいって言ってるんだからさぁ」

 そう言いながらお姉さんはダイヤの原石をジロジロと見て、時々こんこんと鉱石を叩いて何かを確認している。

「見えているだけで三つ、多分中にも使えるのが四つくらいはあると思うよ」

「CTを撮らなくてもわかるんですか!?」

 思わず大きい声を出してしまった。

「しーてぃー?」

「あ、いや、えーっと。私の国には鉱石のなかにどれだけ宝石があるか調べる技術があるんです」

「へぇーすごいね」

 興味があるのかないのかわからない声を出しながら、相変わらずちびっ子お姉さんはダイヤの原石をジロジロと見ている。

「何個もあるみたいだし、とりあえず一つカットしてみようか?」

「お、お願いします!」

 神業が眼の前で見れるというだけで、私の心は童心に帰ったかのように踊ってしまった。

◇ ◇ ◇

 足踏みの動力装置で砥石を回し、砕いたダイヤモンド粉を使って加工していく。

 確かに手段は時代相応の方法だけど、その速度は明らかに桁外れだった。

 的確に形を取り、最低限の動きで加工し、何より迷いが無い。

 恐らく、現代の機械を用いた手動の加工よりも早いだろう。

「天才職人って本当にいるんだなぁ……」

 思わず声に出てしまった。

「お褒めいただき、ありがとうございます。私も宝石加工の技術は持っておりますが、姉のそれは別格ですので」

「オロさんよりも凄いのかい?」

「兄のオロも私より技術は優れておりますが、兄弟の中では姉が最も優れた技術を持っております」

「むぅ……」

 昴くんは少し残念がった顔をしている。

 多分、自分の行きつけの店で私を驚かせたかったのだろうけど、自分が知っている人よりも凄い技術者がいたうえに、私がその子に夢中になっているからだろう。

 そういう子供っぽいところも嫌いじゃない。

「できたよー」

 多分、まだ眠いのだろう、お姉さんがぶっきらぼうな顔で加工されたダイヤモンドを見せてきた。

 サイズとしては一カラットにも満たない小さなものだったが……。

「――この形って!?」

「へへぇ、良いでしょそれ。最近考えたんだぁ」

 その形に驚いた。今は十九世紀後半なのにも関わらずエクセレントカット――二十世紀後半に生み出されたカット方法が用いられていたのだ。

「ど、どうやってこれを!?」

「なんか、こう、いい感じに?」

 理論じゃなくて感覚で作っちゃうとか、天才のそれだ……。

 なるほど、この店がどの世界でも存在するというのがよくわかった……。

 このお店には天才がいたんだ……。

「そ、それじゃあ! 本番ではこういう形にしてもらえますか!」

 私は近くにあった紙と万年筆を使って図面を引き始めた。

 ――ハートアンドキューピッド。

 上から見るとキューピットの矢が、下から見るとハートに見えるというエクセレントカットを元に作られたカットの形だ。

 昴くんには言っていなかったけど、私が一番好きなダイヤモンドのカット方法だ。

 この時代では絶対に作れないと思っていたのに……!

 私の引く図面をお姉さんは興味深そうに、うんうんと唸って見ている。

「情熱的な奥様ですね」

「僕もこんなに熱い黒江ちゃんは初めて見たよ、まだまだ僕の知らない部分があるんだなぁ」

 そっか、私は宝石を売る仕事に疲れていたけれど、宝石自体は好きだったんだ。

 気がつくと小さいダイヤが付いた私と昴くんの結婚指輪が出来上がっていた。

 ひねりの入った輪っか、メビウスの輪というやつだ。

 よく『無限』の比喩として使われる形のことだ。

 私達の新婚旅行が、そしてその愛が永遠に終わらないようにということで昴くんが提案した形状だ。

 そこに未来から持ってきた一カラットにも満たない宝石をつける。

 価値はそこまで高くないし、技術的にも現代の技術と比べたら高くはあるが実現可能な範囲だ。

 でも、この世界で――全ての並行世界で二つしか存在しないペアリングだ。

 そして、熱中していたから気が付かなかったけど、昴くんは私とお姉さんが指輪を作る姿を絵に残していた。

 油断も隙もあったものじゃないなぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠の魔王〜魔王誕生のカラクリ〜

クラゲ散歩
ファンタジー
この世界の魔王は、なぜいなくならないのか? そんなお話です。 他で投稿した作品です。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

悲鳴をあげて走り去っていく婚約者は少しツンデレです

焼かやか
恋愛
30秒もあれば読める超短編小説です。

現地主人公の異世界ガイド「ヒロインの方が女神に召喚された勇者です!」〜勇者によれば僕は彼女の恋人候補で次の魔王候補で賢者でマネージャー?!〜

魚岡みお
ファンタジー
 ある日、世界に一つ目の魔王城が出現した。そして一人目の魔王は、異世界から召喚された一人目の勇者一行に倒された。  半年前、世界に二つ目の魔王城が出現した。一つ目の魔王城に家族を奪われ、二つ目の魔王城に当時のパーティーメンバーを奪われた魔法使い、サイカ・ワ・ラノは、異世界から召喚された二人目の勇者、千歳アヤメに出会う。  しかし、魔法使いサイカの正体は、女神に予言された勇者アヤメの恋人候補にして、三人目の魔王候補だった。

モヤモヤすることについて検索したら余計にモヤモヤした。ホント、気持ちとか考え方とかについて検索するもんじゃないね。

月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
インターネットは便利なものだ。知りたいことを検索すれば答えを教えてくれる。しかし思わぬところから精神的ダメージを食らうことも……。

白湯と漬物

小春かぜね
現代文学
とある女性の物語です。 『その後……』を追記しました。

あやかし古書店の名探偵

上下左右
キャラ文芸
 主人公の美冬は顔が整っているのにガサツな性格のせいで残念美人として扱われている大学生。周囲からも猿のようだと馬鹿にされていました。  しかし銀髪狐のあやかしに取り憑かれ、呪いのせいで周囲の人たちを魅了するようになります。手の平を返す周囲の人たちでしたが、過ぎた好意はトラブルの引き金となりました。  あやかしでないと起こせないような密室の謎と、それが原因で犯人扱いされる美冬。そんな彼女に手を差し伸べる美青年がいました。 「僕が君の無実を必ず証明してみせる」  名探偵の青年と共に、美冬は無実を証明するために謎へと立ち向かいます。  本物語はあやかし×恋愛×推理を掛け合わせたミステリー小説です!  ※※ カクヨムでも先行して連載中です ※※  ※※ https://kakuyomu.jp/works/1177354055250062013 ※※

ヤミツキ焼肉店

暗黒神ゼブラ
現代文学
ここの焼肉は美味しすぎてヤミツキになると有名なので主人公は行ってみることにした。 表紙にAIイラストを使っています。

処理中です...