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【偲愛】-ヨーコ=マサキ-
【偲愛】第十三話「何故なのか」
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ワシは自らの無力さを痛感していた。
あれは世界を包む赤い光、それを最初に感じたのはユキナを殺そうとした翌日じゃった。
能力の輝きは世界に対する意思の輝き――。
世界の分岐にとって都合が悪ければ悪いほど赤く輝き、世界にとって都合が良いほど青く輝く。
ワシのように大して世界に対して興味がなければ無色透明な輝き。
小僧の並行世界を渡る能力は世界の分岐を促そうという意思のある青く白い輝き。
そしてあの時――ユキナを殺そうとした時に感じた赤く黒いオーラ、あれは間違いなく世界に反抗する力……。
世界を渡り、分岐を促そうとしている者を明確に殺そうとしていた。それは世界に対する反抗じゃ。
ユキナが神通力を――サイコリライトシステムを使えるようになったとしたのであれば、殺そうとした後にワシを集団が追いかけてきたのも説明がつく。
ユキナが人を操ってワシを追いかけさせた。それだけの話じゃ。
ただ、それだけの話が大問題でもある。人を操る事が出来るなど能力としてあまりにも強力すぎる……。
恐らくワシのように能力が使えるほどの者や、当代のレイラフォードとルーラシードであれば影響は受けないじゃろうが、そうでないものは人形のように操れてしまうじゃろう。
――いや、もしかするとワシですら操られていたのかもしれん……。
ユキナを殺そうとした時、ワシは八本の矢印を使っておった。ワシの手元に残っておった防御力は矢印一本分のみ。ユキナが能力に完全に目覚める前だったとしても、無意識に自らを守ろうとワシが弾丸を外すように操った――と考えれば筋は通る……。
……いや『操られる』という言葉は外的要因によって操作されること。あの時のワシは間違いなくワシの意思どおりに弾丸を撃っていた。
つまり、あの時のワシは強制的に操られていたのではなく、ユキナに洗脳……いや『魅了』されておったのじゃ。
ユキナに魅了され、ワシ自身が『ユキナに着弾させることなどあってはならない』と思い、自らの意思で弾丸を外したのじゃろう。
改めて恐ろしい能力じゃ……。
既に何度か能力を使っている気配を感じておる……。小僧、お主が気づいていないわけないじゃろ……。この能力をどうするつもりじゃ……。
人を自分にとって都合良く動かす……。こんな能力は世界を良くするためには使えぬ……。ただただ人を支配するためだけの能力じゃ……。
ワシは己の無力さがほとほと嫌になっておった。
小僧を苦しめ、小僧を失い、世界は閉ざされたまま、そして世界に仇なす脅威まで産み出してしまった……。
いや……。無力どころではない、ワシのせいで世界がめちゃくちゃになっておるではないか……。
………………………
………………
………
ワシは眼を閉じてまどろむと、古い古い世界のことを思い出していた。
あれはワシがまだ小僧の手伝いをし始めて間もない頃じゃったか。その並行世界は進化、成長、発展、あらゆるものが停滞している終わりの世界じゃった。
停滞と呼べば悪しき印象を受けるかもしれぬが、よく言えば完成された世界でもあった。例えるならそれ以上磨きようのない、完全な球体と言うべきか。
最早なんら手を加える必要のない世界でもあった。
この世界でレイラフォードとルーラシードを添い遂げさせれば、分岐が増え、世界は再び前に進み出すだろう。もちろん、それが更に良くなる分岐であるか、悪くなる分岐であるかはやってみるまでわからない。
しかし、どのような世界であっても閉じた世界は自然の摂理から外れた状態。一律に分岐を促すのがワシらの使命でもある。
その世界でもレイラフォードは早い段階で見つかった。
そのレイラフォードも世界の停滞を憂う活動家の一人じゃったため、ワシは希望を持たせる意味で世界の理について説明をした。
相手がレイラフォードであれば世界の理を説明しても、伝えた者が死ぬことはない。しかし、レイラフォードから関係者でない者に説明してしまえば、伝えた本人は死んでしまう。それも伝えたうえで誰にも話してはならないと約束もした。
彼女は希望を持って待ち続けた。しかし、何年経ってもルーラシードはなかなか見つからなかった。
数多の世界を旅した小僧と千年生きる妖狐。彼女の一年はワシらにとって一日程度にすぎぬ。ワシらと彼女の生きる時間感覚には大きな隔たりがあった。
そして、待ちきれない彼女は自らの命を犠牲にして世界の理を世界中に広めてしまった。誰かに伝えたら死んでしまうことを伏せたうえで……。
バラまかれた理を知ったものはそれを他人に話し、新たに理を知ったものは恐怖し誰かに話す。口頭だけではなく、ネットワーク上には文字として情報が記録され、それを見て伝えた人もまた死ぬ。まるで凶悪な病原体のように話は広がった。
理由のわからない病気で瞬く間に人が死んでいった。人々は原因を解読しようとして理の内容を口にして更に死ぬ。
人類の九割ほどが死んだ頃じゃっただろうか、残った人類からルーラシードと新しいレイラフォードを見つけるのは簡単じゃった。
その世界はレイラフォードとルーラシードが出会い、『愛』のエネルギーによって未来に分岐が生まれ、停滞の壁を破ることに成功し、ワシと小僧の使命は果たされた。
そして、それと同時にワシは自らの選択に後悔をした。ワシのせいで世界を壊してしまったと……。
しかし、小僧は何も言わずワシの手を取り、次の世界へ向かった……。
閉じた世界の人間はどんな行動をしても結末は収束する。しかし、ワシと小僧は違う。並行世界を渡るワシらは、その世界にとって『異物』じゃ。
閉じた世界の未来は『異物』であるワシらにしか変えることはできぬ。それは意識的であろうと無意識であろうと、ワシらの選んだ選択肢によって未来を変えてしまうわけじゃ。
その力で最低限の介入をして、レイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぎ、未来の選択肢を増やすのが理想じゃ。
しかし、現実はあの時の世界も、今の世界もワシの選択は間違いだらけじゃ……。
あの時は隣に小僧がいたが、今はワシ一人しかおらぬ……。
どうすれば……どうすればいいんじゃ……。
考えれば考えるほどどうすればよいのかわからなくなる。
そんな時、自分が心に思った言葉がふと蘇った。
『どうして自分の気持ちに素直にならないんじゃ……』
小僧がレイラフォードと出会った翌日、小僧が世界に抵抗している理由を――一番大事にしていることを隠して、もっともらしいことを言っていた時に思った言葉。
今のワシに突き刺さる。
世界の選択肢だの、世界の脅威だの、あれこれもっともらしいことを言っているが、結局ワシは小僧が苦しむ姿を見たくないだけ――ただ、救いたいということだけじゃ……!
簡単なことじゃった……。世界がどうなろうと、例えワシの側にいなくても、生きているだけでいい、ただそれだけでいい!
ワシは自らの頬を両手でバシっと叩き、気合を入れた。
やる事が決まっただけで頭がスッと冷静になった。
小僧は十中八九ユキナのところにいるだろう。それがユキナが匿ったのか、小僧の意思でそこにいるのかはわからぬ。
そして、ユキナの魅了する力がある以上、ワシは迂闊に九尾の印を飛ばすことが出来ぬのは先日のことでよく理解した。
であるならば、協力者が必要だと考え、レイラに連絡をとろうと携帯電話を手にとった。
そして、携帯電話に表示されていたニュースに目を疑った。
ワシはここ数週間、屍のように倒れていたから知らなかった。ユキナが世界を乗っ取っていたことに。そして、小僧がユキナによって首を撥ねられておったことを……。
どうしてこうなってしまった……?
対立した関係ではあったが、ユキナにとって小僧は最愛の存在であったはず……。
それ故、小僧には絶対に手を出さないと信じておった。
いや、『ユキナは何もしない』という確信すら持っておった……。
だからこそ、ワシは喪失感はあっても、ある種の安心感を持っておった。
それが何故世界を乗っ取り、小僧を殺してしまったのか……?
小僧が死んでしまったことの喪失感もあるが、それ以上に理解が追いついていなかった。
『何故なのか』
ただその一言に今のワシの全てが集約されていた。
あれは世界を包む赤い光、それを最初に感じたのはユキナを殺そうとした翌日じゃった。
能力の輝きは世界に対する意思の輝き――。
世界の分岐にとって都合が悪ければ悪いほど赤く輝き、世界にとって都合が良いほど青く輝く。
ワシのように大して世界に対して興味がなければ無色透明な輝き。
小僧の並行世界を渡る能力は世界の分岐を促そうという意思のある青く白い輝き。
そしてあの時――ユキナを殺そうとした時に感じた赤く黒いオーラ、あれは間違いなく世界に反抗する力……。
世界を渡り、分岐を促そうとしている者を明確に殺そうとしていた。それは世界に対する反抗じゃ。
ユキナが神通力を――サイコリライトシステムを使えるようになったとしたのであれば、殺そうとした後にワシを集団が追いかけてきたのも説明がつく。
ユキナが人を操ってワシを追いかけさせた。それだけの話じゃ。
ただ、それだけの話が大問題でもある。人を操る事が出来るなど能力としてあまりにも強力すぎる……。
恐らくワシのように能力が使えるほどの者や、当代のレイラフォードとルーラシードであれば影響は受けないじゃろうが、そうでないものは人形のように操れてしまうじゃろう。
――いや、もしかするとワシですら操られていたのかもしれん……。
ユキナを殺そうとした時、ワシは八本の矢印を使っておった。ワシの手元に残っておった防御力は矢印一本分のみ。ユキナが能力に完全に目覚める前だったとしても、無意識に自らを守ろうとワシが弾丸を外すように操った――と考えれば筋は通る……。
……いや『操られる』という言葉は外的要因によって操作されること。あの時のワシは間違いなくワシの意思どおりに弾丸を撃っていた。
つまり、あの時のワシは強制的に操られていたのではなく、ユキナに洗脳……いや『魅了』されておったのじゃ。
ユキナに魅了され、ワシ自身が『ユキナに着弾させることなどあってはならない』と思い、自らの意思で弾丸を外したのじゃろう。
改めて恐ろしい能力じゃ……。
既に何度か能力を使っている気配を感じておる……。小僧、お主が気づいていないわけないじゃろ……。この能力をどうするつもりじゃ……。
人を自分にとって都合良く動かす……。こんな能力は世界を良くするためには使えぬ……。ただただ人を支配するためだけの能力じゃ……。
ワシは己の無力さがほとほと嫌になっておった。
小僧を苦しめ、小僧を失い、世界は閉ざされたまま、そして世界に仇なす脅威まで産み出してしまった……。
いや……。無力どころではない、ワシのせいで世界がめちゃくちゃになっておるではないか……。
………………………
………………
………
ワシは眼を閉じてまどろむと、古い古い世界のことを思い出していた。
あれはワシがまだ小僧の手伝いをし始めて間もない頃じゃったか。その並行世界は進化、成長、発展、あらゆるものが停滞している終わりの世界じゃった。
停滞と呼べば悪しき印象を受けるかもしれぬが、よく言えば完成された世界でもあった。例えるならそれ以上磨きようのない、完全な球体と言うべきか。
最早なんら手を加える必要のない世界でもあった。
この世界でレイラフォードとルーラシードを添い遂げさせれば、分岐が増え、世界は再び前に進み出すだろう。もちろん、それが更に良くなる分岐であるか、悪くなる分岐であるかはやってみるまでわからない。
しかし、どのような世界であっても閉じた世界は自然の摂理から外れた状態。一律に分岐を促すのがワシらの使命でもある。
その世界でもレイラフォードは早い段階で見つかった。
そのレイラフォードも世界の停滞を憂う活動家の一人じゃったため、ワシは希望を持たせる意味で世界の理について説明をした。
相手がレイラフォードであれば世界の理を説明しても、伝えた者が死ぬことはない。しかし、レイラフォードから関係者でない者に説明してしまえば、伝えた本人は死んでしまう。それも伝えたうえで誰にも話してはならないと約束もした。
彼女は希望を持って待ち続けた。しかし、何年経ってもルーラシードはなかなか見つからなかった。
数多の世界を旅した小僧と千年生きる妖狐。彼女の一年はワシらにとって一日程度にすぎぬ。ワシらと彼女の生きる時間感覚には大きな隔たりがあった。
そして、待ちきれない彼女は自らの命を犠牲にして世界の理を世界中に広めてしまった。誰かに伝えたら死んでしまうことを伏せたうえで……。
バラまかれた理を知ったものはそれを他人に話し、新たに理を知ったものは恐怖し誰かに話す。口頭だけではなく、ネットワーク上には文字として情報が記録され、それを見て伝えた人もまた死ぬ。まるで凶悪な病原体のように話は広がった。
理由のわからない病気で瞬く間に人が死んでいった。人々は原因を解読しようとして理の内容を口にして更に死ぬ。
人類の九割ほどが死んだ頃じゃっただろうか、残った人類からルーラシードと新しいレイラフォードを見つけるのは簡単じゃった。
その世界はレイラフォードとルーラシードが出会い、『愛』のエネルギーによって未来に分岐が生まれ、停滞の壁を破ることに成功し、ワシと小僧の使命は果たされた。
そして、それと同時にワシは自らの選択に後悔をした。ワシのせいで世界を壊してしまったと……。
しかし、小僧は何も言わずワシの手を取り、次の世界へ向かった……。
閉じた世界の人間はどんな行動をしても結末は収束する。しかし、ワシと小僧は違う。並行世界を渡るワシらは、その世界にとって『異物』じゃ。
閉じた世界の未来は『異物』であるワシらにしか変えることはできぬ。それは意識的であろうと無意識であろうと、ワシらの選んだ選択肢によって未来を変えてしまうわけじゃ。
その力で最低限の介入をして、レイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぎ、未来の選択肢を増やすのが理想じゃ。
しかし、現実はあの時の世界も、今の世界もワシの選択は間違いだらけじゃ……。
あの時は隣に小僧がいたが、今はワシ一人しかおらぬ……。
どうすれば……どうすればいいんじゃ……。
考えれば考えるほどどうすればよいのかわからなくなる。
そんな時、自分が心に思った言葉がふと蘇った。
『どうして自分の気持ちに素直にならないんじゃ……』
小僧がレイラフォードと出会った翌日、小僧が世界に抵抗している理由を――一番大事にしていることを隠して、もっともらしいことを言っていた時に思った言葉。
今のワシに突き刺さる。
世界の選択肢だの、世界の脅威だの、あれこれもっともらしいことを言っているが、結局ワシは小僧が苦しむ姿を見たくないだけ――ただ、救いたいということだけじゃ……!
簡単なことじゃった……。世界がどうなろうと、例えワシの側にいなくても、生きているだけでいい、ただそれだけでいい!
ワシは自らの頬を両手でバシっと叩き、気合を入れた。
やる事が決まっただけで頭がスッと冷静になった。
小僧は十中八九ユキナのところにいるだろう。それがユキナが匿ったのか、小僧の意思でそこにいるのかはわからぬ。
そして、ユキナの魅了する力がある以上、ワシは迂闊に九尾の印を飛ばすことが出来ぬのは先日のことでよく理解した。
であるならば、協力者が必要だと考え、レイラに連絡をとろうと携帯電話を手にとった。
そして、携帯電話に表示されていたニュースに目を疑った。
ワシはここ数週間、屍のように倒れていたから知らなかった。ユキナが世界を乗っ取っていたことに。そして、小僧がユキナによって首を撥ねられておったことを……。
どうしてこうなってしまった……?
対立した関係ではあったが、ユキナにとって小僧は最愛の存在であったはず……。
それ故、小僧には絶対に手を出さないと信じておった。
いや、『ユキナは何もしない』という確信すら持っておった……。
だからこそ、ワシは喪失感はあっても、ある種の安心感を持っておった。
それが何故世界を乗っ取り、小僧を殺してしまったのか……?
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