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【彩愛】-ユキナ=ブレメンテ-
【彩愛】第五話「薬は毒でもあるし、毒は薬でもある」
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ヨーコが拠点にしているという場所は、周りが芝や樹木といった緑に囲まれた閑静な住宅街にある真っ白い二階建ての住宅で、私は少しだけ虚を突かれた。彼が住んでいたボロアパートとは雲泥の差だったからだ。
「元々は別の場所を拠点にしていたんですけどね、こちらで活動することが確定的になった段階で大きめの戸建て物件に引っ越したんです。【ルーラシード】は好き好んであのアパートに住んでいたみたいですけど、狭いよりも広い方に越したことはないですしね」
ヨーコは拠点の前で立ち尽くす私に説明をしてきた。
「さぁ、中へ入りましょう。……苦しんでいるけど、彼が待っています」
◇ ◇ ◇
ヨーコ達の拠点の一階に荷物を置き、私とヨーコは二階にある一室へ向かった。彼の私室らしい。
「……入りますね」
ヨーコが声をかける。中にいる彼に対しての気遣いなのか、私に対しての覚悟の確認なのかはわからない。
ヨーコがドアを開け、部屋の照明を点けると、そこにはベッドに横たわる彼がいた。
部屋は綺麗に整頓されすぎていて、なんだか生活感がない。日本にいた頃の彼の部屋はもっと雑然としていて、生活感の塊みたいな部屋だったのに。
彼自身も苦しんでいるという話であったが、見る限り今は普通に眠っているようだった。
感動の再会なんていう喜ばしい状況ではないし、数か月ぶりに見た彼の姿を素直に喜ぶことができなかった。
「良かった……。ユキナさんに会わせた時にいきなり彼が苦しんでいる顔を見せずに済みました」
「彼が苦しんでいる原因、手紙では呪いというようなものと書いてありましたが……具体的にはどういったものなんでしょうか……?」
まだ状況が呑み込めない。彼に物理的な症状が出ているようには思えないし、ただただ眠っているだけにしか見えない。
「詳しい事情は説明できないので、本当に呪いとしか言いようがないです。正確には呪いや苦しみ自体は特殊ではあるものの正常な動作ではあるのですが……」
「うん……? いまいちよく理解できないのですが――あっ!」
眠っていた彼がスッと眼を開けた。
天井を見つめ続け、瞬きをすることもなく彼の瞳から涙が流れ落ちてくる。
身体を少しよじらせながら、何かを求めるように小さく唸り、手を動かそうとしている。
「この苦しんでいる状態が『呪い』です。数日前まではさっきみたいにずっと死んだように寝ているか、あるいは全く無言で天井を見つめているかのどちらかだったのに、ある日から突然苦しむようになったんです……」
「何が原因なのか、もうわかっているんですか……?」
「ある程度ついています……。ただ、これは毒蛇に噛まれたようなものなので、原因を特定して次に向けて対処することは出来ても、今の彼を治療することは私には出来ませんでした……。ですが、もしかしたらこの毒に対する血清になるかもしれないと思って、ユキナさんを呼んだんです……」
「それってどういう……?」
「正直、私にもどうなるかわからないです……。どうぞ、彼のそばで声をかけてあげてください……」
私は恐る恐る彼に近づき、彼の手を両手で握り、声をかける。
「ねぇ、私がわかる……? 【ルーラシード】……。あなたが困っているって聞いたから、ちゃんと私が――ユキナが助けに来たんだよ……」
明らかに正常ではない彼の状態を目の当たりにして、私は不安に押しつぶされそうで、以前の私であったらもう泣いていたかもしれない。
でも、私が泣いてしまったら、彼を不安にさせてしまうかもしれない、自分が泣かせてしまったと思うかもしれない。
そうならないためにも、私は悲しい涙は流さないと心に誓ったのだ。
「……うぅ。……ぃ……ぁ」
しばらく話かけ続けると、彼は今までよりも少しだけ長く唸り声をあげた。
「……ユ……キナ……?」
彼は明確に私の名前を口にした。
「【ルーラシード】!!」
彼の手を握る手に力が入り、思わず大きい声をだしてしまった。
「驚いた……。本当にうまくいくなんて……」
喜ぶ私とは対照的に、後ろにいるヨーコはただただ驚いていた。
「ユキナ……どうし…て、君が……ここに……?」
天井を向いていた【ルーラシード】が私の顔を見て声をかけてくる。
「あなたが困ったら助けに来るって言ったじゃない……。よかった……助けることが出来て……」
ホッとしたからか、思わず涙腺が緩んでしまった。これは悲しみの涙ではない……。
再会した喜びと無事だった喜び。やっぱり私は彼のことが好きなんだ……。
「ありがとう……。ヨーコが呼んだのかい……? うぅ……」
苦しそうに声を出しながらも、彼は私の頬に手を伸ばそうとする。
暖かそうな手が私へ近づいてきたとき、その手は急に離れてしまった。
「あぁっ!! ぐううぅうああああ!」
彼の身体が突然激しく動きだし、まるで強烈な電気ショックでも受けているかのように、仰け反り、のたうち回り、先程までとは比べ物にならないくらい苦しみ出した。
「ぐああああぁぁ!」
「ユキナさん! 離れて!!」
背後にいたヨーコが忠告した直後、暴れる彼の手が私の頬に直撃し、私は吹き飛んだ。
痛みはそれほどなかったし、吹き飛んだのも手が当たったからではなく驚いて飛び跳ねたという方が正しいのかもしれない。
ただ、精神的なダメージはかなり大きく、私は床に座り込んだまま腰が抜けたかのように立ち上がれなくなってしまった。
「ユキナさん! 危ないから一度部屋から出て!」
放心状態の私に向かってヨーコが叫ぶ。
私は言われるがまま後退りしながら部屋から出ると、そのまま扉を閉められ鍵までかけられてしまった。
彼を見捨てて逃げ去るような事をしてしまったこと。私はそれがただただ悔しくて、情けなくて仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
中からバタバタと暴れるような音がし続けたが、私はひたすら待つことしか出来なかった。
十数分した後、ヨーコが扉から出てきた。
「とりあえず、鎮静剤を何本か打ったら治まったけど……。ごめんなさい、もっと慎重に物事を進めるべきでした……。私の判断ミスであなたまで傷つけてしまって何とお詫びしていいか……」
ヨーコは申し訳無さそうにしつつも、私の眼は見てはいなかった。
それは申し訳ないからなのか、後ろめたいからなのか……。
「いえ、私のことは気にしないでください……。それよりも彼は大丈夫なんですか……?」
「身体的には今の所は問題ありません。ただ、精神的には――正直よくわからないです……。今までは放心状態だったのが苦しみに代わり、そしてさっきみたいに会話は出来るものの苦しみで暴れる状態になるなんて……。改善していると言っていいのか悪いのか……」
彼に一体何が起きているのか……。原因がわかればまだ対処が出来るかもしれないのに……。
「とりあえず、ユキナさんはしばらく彼に近づくのは控えた方が良いかもしれないですね……。薬は毒でもあるし、毒は薬でもある……。ユキナさんは今の毒に対しては薬になるかもしれないですが、また別の毒になっている可能性があるかもしれません……。遠方から呼び出しておいて差し出がましいお願いかもしれないですけど……」
悔しいけど彼女の言うことは尤もだった。
私はなるべく彼のそばにいたいが、それが彼のためにならないのであれば、自分の気持ちを我慢してでも離れるのが正しい。それは数ヶ月前に体験している。
結局なにも変わらない。私は勝手にぬか喜びしただけで、自分で持ち上げて自分で勝手に落ち込んだのだ。
「あの……もしユキナさんさえ良ければ、明日にでも彼がこうなってしまっている原因を見に行きませんか?」
そうだった。ヨーコは既に原因をある程度は特定していると言っていた……。
わかっていながら何故対応出来ないのか、一人では出来ないことも二人なら出来るかもしれない……。
私が何かしなければ……。私が【ルーラシード】を助けなきゃ……!
「もちろん、ぜひ同行させてください!」
私は覚悟を決めた強い表情で応えた。
「それでは申し訳ないですが、今からはなるべく彼に近づかないよう、ユキナさんは一階で過ごしてください。一階には個室もあるので自由に使って貰って構わないです。後で寝具も持っていきますので」
「わかりました。ヨーコはこのあとはどうしますか……?」
「私は明日の準備と彼の様子を見るためにまだ少し二階にいます。終わり次第、一階へ必要なものを持って行きますね」
「わかりました……」
私はヨーコを笑顔で見送り階下へ降りた。
さっきまで彼に会ったり、その彼が暴れだしたり、色々とあったはずなのに、私は何故か少し落ち着いていた。もちろんその時々は穏やかではなかったが……。
彼に会えた嬉しさが驚きを相殺してくれたのかもしれない。
ただ、ヨーコについては別におかしい所や、やましい所は特にないはずなのに何故か違和感を覚える。
どうしてだろうか、彼女と【ルーラシード】の関係にざわつくものがあるのだろうか。
もちろん、出会って間もない相手をすぐに信用するほどのお人よしではないけれど、【ルーラシード】が長年連れ添った相棒というのであれば、信用せざるを得ない。
この苦しみは彼を心配しての苦しみなのか、それともヨーコに対する醜い女の嫉妬なのか……。
「元々は別の場所を拠点にしていたんですけどね、こちらで活動することが確定的になった段階で大きめの戸建て物件に引っ越したんです。【ルーラシード】は好き好んであのアパートに住んでいたみたいですけど、狭いよりも広い方に越したことはないですしね」
ヨーコは拠点の前で立ち尽くす私に説明をしてきた。
「さぁ、中へ入りましょう。……苦しんでいるけど、彼が待っています」
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ヨーコ達の拠点の一階に荷物を置き、私とヨーコは二階にある一室へ向かった。彼の私室らしい。
「……入りますね」
ヨーコが声をかける。中にいる彼に対しての気遣いなのか、私に対しての覚悟の確認なのかはわからない。
ヨーコがドアを開け、部屋の照明を点けると、そこにはベッドに横たわる彼がいた。
部屋は綺麗に整頓されすぎていて、なんだか生活感がない。日本にいた頃の彼の部屋はもっと雑然としていて、生活感の塊みたいな部屋だったのに。
彼自身も苦しんでいるという話であったが、見る限り今は普通に眠っているようだった。
感動の再会なんていう喜ばしい状況ではないし、数か月ぶりに見た彼の姿を素直に喜ぶことができなかった。
「良かった……。ユキナさんに会わせた時にいきなり彼が苦しんでいる顔を見せずに済みました」
「彼が苦しんでいる原因、手紙では呪いというようなものと書いてありましたが……具体的にはどういったものなんでしょうか……?」
まだ状況が呑み込めない。彼に物理的な症状が出ているようには思えないし、ただただ眠っているだけにしか見えない。
「詳しい事情は説明できないので、本当に呪いとしか言いようがないです。正確には呪いや苦しみ自体は特殊ではあるものの正常な動作ではあるのですが……」
「うん……? いまいちよく理解できないのですが――あっ!」
眠っていた彼がスッと眼を開けた。
天井を見つめ続け、瞬きをすることもなく彼の瞳から涙が流れ落ちてくる。
身体を少しよじらせながら、何かを求めるように小さく唸り、手を動かそうとしている。
「この苦しんでいる状態が『呪い』です。数日前まではさっきみたいにずっと死んだように寝ているか、あるいは全く無言で天井を見つめているかのどちらかだったのに、ある日から突然苦しむようになったんです……」
「何が原因なのか、もうわかっているんですか……?」
「ある程度ついています……。ただ、これは毒蛇に噛まれたようなものなので、原因を特定して次に向けて対処することは出来ても、今の彼を治療することは私には出来ませんでした……。ですが、もしかしたらこの毒に対する血清になるかもしれないと思って、ユキナさんを呼んだんです……」
「それってどういう……?」
「正直、私にもどうなるかわからないです……。どうぞ、彼のそばで声をかけてあげてください……」
私は恐る恐る彼に近づき、彼の手を両手で握り、声をかける。
「ねぇ、私がわかる……? 【ルーラシード】……。あなたが困っているって聞いたから、ちゃんと私が――ユキナが助けに来たんだよ……」
明らかに正常ではない彼の状態を目の当たりにして、私は不安に押しつぶされそうで、以前の私であったらもう泣いていたかもしれない。
でも、私が泣いてしまったら、彼を不安にさせてしまうかもしれない、自分が泣かせてしまったと思うかもしれない。
そうならないためにも、私は悲しい涙は流さないと心に誓ったのだ。
「……うぅ。……ぃ……ぁ」
しばらく話かけ続けると、彼は今までよりも少しだけ長く唸り声をあげた。
「……ユ……キナ……?」
彼は明確に私の名前を口にした。
「【ルーラシード】!!」
彼の手を握る手に力が入り、思わず大きい声をだしてしまった。
「驚いた……。本当にうまくいくなんて……」
喜ぶ私とは対照的に、後ろにいるヨーコはただただ驚いていた。
「ユキナ……どうし…て、君が……ここに……?」
天井を向いていた【ルーラシード】が私の顔を見て声をかけてくる。
「あなたが困ったら助けに来るって言ったじゃない……。よかった……助けることが出来て……」
ホッとしたからか、思わず涙腺が緩んでしまった。これは悲しみの涙ではない……。
再会した喜びと無事だった喜び。やっぱり私は彼のことが好きなんだ……。
「ありがとう……。ヨーコが呼んだのかい……? うぅ……」
苦しそうに声を出しながらも、彼は私の頬に手を伸ばそうとする。
暖かそうな手が私へ近づいてきたとき、その手は急に離れてしまった。
「あぁっ!! ぐううぅうああああ!」
彼の身体が突然激しく動きだし、まるで強烈な電気ショックでも受けているかのように、仰け反り、のたうち回り、先程までとは比べ物にならないくらい苦しみ出した。
「ぐああああぁぁ!」
「ユキナさん! 離れて!!」
背後にいたヨーコが忠告した直後、暴れる彼の手が私の頬に直撃し、私は吹き飛んだ。
痛みはそれほどなかったし、吹き飛んだのも手が当たったからではなく驚いて飛び跳ねたという方が正しいのかもしれない。
ただ、精神的なダメージはかなり大きく、私は床に座り込んだまま腰が抜けたかのように立ち上がれなくなってしまった。
「ユキナさん! 危ないから一度部屋から出て!」
放心状態の私に向かってヨーコが叫ぶ。
私は言われるがまま後退りしながら部屋から出ると、そのまま扉を閉められ鍵までかけられてしまった。
彼を見捨てて逃げ去るような事をしてしまったこと。私はそれがただただ悔しくて、情けなくて仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
中からバタバタと暴れるような音がし続けたが、私はひたすら待つことしか出来なかった。
十数分した後、ヨーコが扉から出てきた。
「とりあえず、鎮静剤を何本か打ったら治まったけど……。ごめんなさい、もっと慎重に物事を進めるべきでした……。私の判断ミスであなたまで傷つけてしまって何とお詫びしていいか……」
ヨーコは申し訳無さそうにしつつも、私の眼は見てはいなかった。
それは申し訳ないからなのか、後ろめたいからなのか……。
「いえ、私のことは気にしないでください……。それよりも彼は大丈夫なんですか……?」
「身体的には今の所は問題ありません。ただ、精神的には――正直よくわからないです……。今までは放心状態だったのが苦しみに代わり、そしてさっきみたいに会話は出来るものの苦しみで暴れる状態になるなんて……。改善していると言っていいのか悪いのか……」
彼に一体何が起きているのか……。原因がわかればまだ対処が出来るかもしれないのに……。
「とりあえず、ユキナさんはしばらく彼に近づくのは控えた方が良いかもしれないですね……。薬は毒でもあるし、毒は薬でもある……。ユキナさんは今の毒に対しては薬になるかもしれないですが、また別の毒になっている可能性があるかもしれません……。遠方から呼び出しておいて差し出がましいお願いかもしれないですけど……」
悔しいけど彼女の言うことは尤もだった。
私はなるべく彼のそばにいたいが、それが彼のためにならないのであれば、自分の気持ちを我慢してでも離れるのが正しい。それは数ヶ月前に体験している。
結局なにも変わらない。私は勝手にぬか喜びしただけで、自分で持ち上げて自分で勝手に落ち込んだのだ。
「あの……もしユキナさんさえ良ければ、明日にでも彼がこうなってしまっている原因を見に行きませんか?」
そうだった。ヨーコは既に原因をある程度は特定していると言っていた……。
わかっていながら何故対応出来ないのか、一人では出来ないことも二人なら出来るかもしれない……。
私が何かしなければ……。私が【ルーラシード】を助けなきゃ……!
「もちろん、ぜひ同行させてください!」
私は覚悟を決めた強い表情で応えた。
「それでは申し訳ないですが、今からはなるべく彼に近づかないよう、ユキナさんは一階で過ごしてください。一階には個室もあるので自由に使って貰って構わないです。後で寝具も持っていきますので」
「わかりました。ヨーコはこのあとはどうしますか……?」
「私は明日の準備と彼の様子を見るためにまだ少し二階にいます。終わり次第、一階へ必要なものを持って行きますね」
「わかりました……」
私はヨーコを笑顔で見送り階下へ降りた。
さっきまで彼に会ったり、その彼が暴れだしたり、色々とあったはずなのに、私は何故か少し落ち着いていた。もちろんその時々は穏やかではなかったが……。
彼に会えた嬉しさが驚きを相殺してくれたのかもしれない。
ただ、ヨーコについては別におかしい所や、やましい所は特にないはずなのに何故か違和感を覚える。
どうしてだろうか、彼女と【ルーラシード】の関係にざわつくものがあるのだろうか。
もちろん、出会って間もない相手をすぐに信用するほどのお人よしではないけれど、【ルーラシード】が長年連れ添った相棒というのであれば、信用せざるを得ない。
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