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『見慣れた男の見慣れない髪色_22歳の冬』

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 電車を降りたその足で、店名を告げられたファミレスへと入る。ざっと店内を見渡すも、祐二らしき人物が見つからない。きょろきょろと辺りを見渡したところで、店の奥に座る一人の男が目に留まる。

 赤い髪をした派手な格好をした男が、窓ガラスを見つめていた。すっきりとした顎のラインの横顔には見覚えがある。ぶすっとした愛想のない表情も思い出と一致している。

 一致していないのは、やけに目立つ赤い髪だ。思い出の中の人物は、まっさらな艶のある黒髪をしていた。このような派手な色ではない。

「祐二……?」

 近付いて半信半疑で名を呼ぶと、赤髪の男がぱっと顔を上げた。猫を思わせる釣り目の大きな瞳に捉えられ、無意識に唾を飲み込む。尚久を認めた瞳が一瞬見開いた後、鋭い睨みに変わった。

「遅い」

 よく通るその声は、紛れもなく祐二の声だった。ひどく惹かれた歌声は未だに耳にこびりついているため、聞き間違うはずがない。音楽をやる人間として耳には多少自信はあるが、目に自信はない。見間違いかと頭に目をやるも、そこは先程見た通り真っ赤に染まっていた。染めたばかりなのだろうか、色がまだ馴染んでおらず発色が良すぎて目が痛くなる。

「お前その髪どうしたんだ?」
「急に染めたくなったから、昨日こっち来る前に染めた」

 すぱっと返されて言葉に詰まる。黒髪の祐二しか知らないので、見覚えのない男のように感じる。戸惑いながら向かいの席に座ると、祐二がぐっとテーブルに身を乗り上げた。近くなった距離に気持ち後ろに下がる。

「尚久は今フリー?」
「は?」

 挨拶もなしに突然問われた内容に、間の抜けた声が漏れる。答えがないことが気に障ったのか、苛立ちを隠すことなく祐二が指先でテーブルを叩く。

「だから、付き合っている奴いるのかよ」
「……いない」
「だと思った」

 はっと鼻で笑われる。たまたま今フリーなだけで、馬鹿にされる要素はない。腹立つ態度に反論したくなるも、変に口を挟んでこれ以上祐二の機嫌を損ねる方が面倒だ。

「急に出てきてどうしたんだよ。俺を馬鹿にするためだけに、ここに来たわけじゃないよな」

 尚久の問いに、むっつりとした顔で横を向いた。

「上京してきた。だから尚久の家に住まわせて」
「はぁ?!」

 ぼそっと告げられた衝撃的な言葉に思わず声が漏れる。尚久の反応に祐二は乗り上げた身体をソファーの背もたれに預けて、おもむろに財布を取り出した。

 テーブルの上にお札と硬貨が並べられていく。テーブルの上のお金が九千八百円になったところで、祐二の手が止まった。

「これ俺の全財産」

 貧乏旅行にしても心許ない金額だ。上京云々は冗談であったかと思い込みたい自分と、冗談なんて言わない祐二を知っている分、それはありえないときっぱり否定する自分の葛藤に頭痛がしてくる。

「ちなみにこれでも増えた方。さっきまで五百円しかなかった」
「……なんで一万近くも増えてんだ」

 頭を押さえながら訊ねると、にやりと祐二が不気味な笑みを浮かべた。ろくでもない笑顔により頭痛が酷くなる。これは良くないものがやってくると、経験からわかるだけに聞くのが恐い。逸る心音を誤魔化そうと、水の入ったコップを掴んで流し込む。

「駅の前で路上ライブして稼いだ」
「はぁ?!」

 想像の何倍もの破壊力に、だんっとコップをテーブルに荒々しく置く。跳ねたよと尚久の動揺を気にすることなく、祐二がペーパ―を数枚抜き取って水を拭く。

「許可なんて取ってないよな」
「うん」

 あっさりと頷かれて項垂れる。路上ライブに許可が必要だと祐二が知っているとは到底思えなかったが、こうも事も無げに頷かれると力が抜ける。

「十分くらいしか歌ってないよ。少ししかやってない」
「少ししかやってないじゃなくて、できなかったの間違いだろ」

 尚久の指摘に祐二が目を丸くする。なんでわかったの?と、わかりやすく疑問を浮かべている顔だ。

「人が集まりすぎて、途中で警察に止められた。止められなかったら、もう少し貰えたと思うけど」

 反省の色が全く見えない辺りに祐二らしさを感じて、一種の尊敬すら抱く。才能があるとこうも自由になれるのかと、社会人の身としては若干羨ましくもある。

「路上ライブするには申請しないといけないんだよ。住宅が近くにない大きな公園とかなら目を瞑ってもえることも多いから、どうしても路上で歌いたかった公園で歌え」
「わかった」

 素直に頷かれてほっとする。祐二の歌声だと場所を選ばないと通行の妨げになって、再び警察のお世話になることは容易に想像がつく。大声で言えない提案ではあるが、駅前で歌われるよりは幾分マシだろう。

 出会って数分で感情が動き過ぎて、どっと疲れた。一息入れようとメニュー表を広げる。

「飯は食ったのか?」
「待っている間に食べた。喉乾いたからコーヒーも一緒に取って」
「はいはい」

 当たり前のように命令されることに反発心が生まれるも、空腹が限界なのでコーヒーも併せて注文する。しばらくして届いた注文の品を一気に胃の中に入れたところで、ようやく休めた心地になった。

 食事と一緒に受け取ったコーヒーのおかわりをちびちび飲んでいる祐二に、昔の姿がかんたんに重なる。変わったのは髪の色だけで、言動も猫舌も何も変わっていない。あまりに変わらないので、電話を受けた際の緊張はもうどこにもなかった。気まずく思った気持ちも消え失せている。

 残っているのは、懐かしさだった。懐かしさに引っ張られて、蓋をしたはずの感情が溢れそうになって内心苦笑する。変わらない祐二の姿を前に、抵抗する気力が失せつつあった。

「……俺の家来るか?」
「行く」

 食い気味の返事に小さく笑う。笑ったことに対する抗議を受けるかと思ったが、祐二は怒るどころか嬉しそうに頬を緩ませた。柔らかい表情に、選択を間違えたかと早速後悔する。祐二から視線を逸らして、気持ちを落ち着かせようと窓を黙って見つめる。

「……ギター、まだ弾いているんだ」

 出会い頭に訊ねられると想定していたが、訪ねられたのはこのタイミングだった。言い出しにくかったのか、珍しくどこか歯切れが悪い。

 隣に立てかけているギターケースをちらりと見て、特に面白味もない窓に視線を戻して、なるべく淡白に答える。

「弾いてるよ」
「そう」

 祐二の返答も尚久同様に短いものだった。表情を確認できないので、どんな感情が込められているのかは伺い知れない。問いたいと思ってしまう自分を誤魔化すように、尚久は立ち上がって伝票とギターケースを引っ掴んだ。

「家に案内する」

 だいぶ無理な話の畳み方だったが、祐二は反論することなく、すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。

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