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第二章 幼な妻のデビュタント
08
しおりを挟むガラスハウスから苗を出し、庭園の西に運んで、ケルビーの指導どおりにリリアが土を掘る。
がたいのいい男三人からスコップをもぎ取って頑張るリリアから少し離れて、男たちは苗をプランターから外す作業に勤しむ。
「ケルビー、君、リリアちゃんをあんな小屋に連れ込んでるの?」
アーネストが小声で問いただすと、ケルビーは吃りながらわたわたと弁明した。
「よ、汚れるしダメだって言ったんですよぅ、お召し物に臭いもつくし……」
「俺が言ってるのは、主人の妻を、あんな人気のないところに連れ込んでるのかってことだよ」
一瞬きょとんとしたケルビーが、真っ赤になって首を振った。
「えっ、ええ!?
そんな、俺、そんなつもりじゃ」
「アーネスト、あまり使用人を虐めるな。
ケルビーも、そんなつもりがあればリリアはちゃんと遠慮する娘だが、そういう目で見る人間もいると承知して今後は控えてくれ」
「はい、はい、申し訳ございません」
「……あの百合、リリアちゃんに似合うから増やしたとか言ってたから、ちょっと釘刺しとこうと思って」
「えっ、あの、えっ、
ほんとに、俺、やましいことはなんにも!」
「ほんと? 懸想してる訳じゃなくても、マティアスの為じゃなくてリリアちゃんの為って言われると、何か下心感じるなあ」
「そんな、何もないす、俺は、リリア様が喜んでくれればと」
アーネストの視線に、ケルビーは土まみれの手で冷や汗を拭い、顔を黒くする。
「………リリア様は、俺の恩人なんす」
ケルビーは麦わら帽子を被り直してリリアを見遣る。
「俺、前の旦那様の頃からここで花を掛け合わせたり、育てさせてもらってて……その、毒草とかも多くて」
「毒草?」
「いえ! その、毒草を育てたかった訳じゃないんす、育ててた花に毒があったってだけで!
―――旦那様が変わってから新しい執事さんが、その事を知って俺を警護隊に突き出すって………その時に取り成してくだすったのがリリア様です」
屋敷中大騒ぎの中、リリアは恐怖に泣き崩れるケルビーの訴えを静かに聞き、執事のワグナーに毒草の廃棄を条件に見逃すよう掛け合った。
ケルビーの探究心に応えたいが、ここはマティアスの屋敷であり、万が一マティアスが不利益を被るといけないので許可はできない、と詫びたという。
「……マティアス、お前、知ってた?」
「初耳だな。たまたまカロリーナがいなかった日のことなんだろうな」
「……俺が捕まってたら、母ちゃんたちも暮らせなくなってただろうし、妹も離縁されてたかもしれねぇ。
リリア様は花がお好きみたいで、俺が何か新しいことに気づいて報告すると嬉しそうに聞いてくれます。俺は、リリア様が喜ぶことならなんでもして差し上げたいです」
もちろん、勤務が終わってから一人でやっとります、とケルビーは慌てて付け足した。
リリアは多分、花が好きなのではない。
この男の探究心を愛でているのだ。
「マティアス様?
もしかしてケルビーの実験のお話ですか?」
リリアが駆け戻って心配そうに尋ねた。
「わたくしの、勝手な判断で不問にいたしました」
「結婚前は、この屋敷は貴女が責任者だったのだから、それでいい」
ぱあっと笑顔になってリリアは胸を撫で下ろす。
「はい! ケルビーを残して、正解でしたでしょう? 庭園は美しいし、あの百合はもう少し安定すればきっと良いお金に、いえ、なんでもないです」
「……そうだな。あの百合は見事だ。
これからも励むといい。
実験費用に使うなら、間引いた花は街で売ってもいい。残ったらワグナーに返しなさい」
「「マティアス様、かっこいい……」」
リリアとアーネストが声を揃えた。
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