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第一章 幼な妻の輿入れ
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しおりを挟む四度目の夜の訪問。
「香を変えたな」
「はい、以前のものは殿下のお気に召さないようだったので、変えてもらいました」
今日あの香りを嗅いだら苛々しそうだったので助かった。新しい香りは初めて嗅ぐものだか、爽やかで悪くない。
ここでリリアに紅茶を淹れてもらうことにも慣れてきた。
前回話し合った後、結局新しい案も浮かばず、協力して側妃になってくれそうな心当たりもなく、母が執事に自分の女性遍歴を確認していたと耳に挟んで、マティアスはとうとう観念した。
「……散々、相手にしないようなことを言っておいて、申し訳ない……」
謝ると、リリアも困ったように笑んだ。
「わたくしが殿下に惹かれるならまだしも、
殿下がわたくしに惹かれるというのは難しいですね」
「できるだけ貴女には迷惑をかけないよう努めるので協力してほしい」
「迷惑だなんて」
「設定上全然会わない訳にはいかないが、会うのはこの部屋だけにすれば、椅子さえ貸してくれれば一人で大人しく座っているし」
「だめですよ」
「貸してくれないのか」
意外と厳しい。
「―――殿下。
社交場にも同伴せず、親類とも交流させない側妃を好いているというのは、流石に無理です」
「無理かな」
「もうトチ狂っていて、他の男に見せたくないから軟禁しているというなら―――あ、これはいい案なのでは」
「そんな変態は嫌だ」
「前提がロリコンなので今更です」
「違う。
ロリコンじゃないから成長を待つんだ、少女だからではなくリリア嬢だから心惹かれたという」
「………………無理がある………」
二人同時に深いため息をつく。
「大体、軟禁などしたら、貴女は外出も出来ないではないか」
「かまいません」
「だめだ。
この間もそうだが、もう一度はっきり言っておく。自分を犠牲にすれば良いという考え方はやめろ」
「では、殿下は、わたくしを寵姫として社交界に連れ出し、性癖を凌駕するほど惚れていると皆に納得させなければなりません。失敗すると思います」
「………………」
本当にはっきり物を言うようになった。
確かに無遠慮かもしれないが、慇懃な対応よりよほど話し易い。
「……子どもが産まれても、殿下にその気がなければ立太子は拒めるのではないのですか?」
「うん、でも、それを考える人たちとヴォルフ派で溝が出来ると、内政が二分される。今はブルムトとの国境も気をつけないといけないし、ヴィリテは内乱をしている余裕なんかない。俺が担がれにくくするのが一番無難なんだ」
「ご自身を犠牲にしてるのは、殿下じゃないですか……」
「それは、予算をせびれる立場にはそれなりの責任があるというだけだ」
「責任……」
「……自由に恋愛できないことより、プライバシーが殆どないのは時々つらい。基本的に俺の知っていることは全てアーネストやカロリーナと共有されている。
俺の寵姫になるなら、貴女にも同じことを強いることになる」
「はい」
「……俺の言っていることも滅茶苦茶だな。
軟禁すれば貴女のプライバシーは守れるかもしれない。出歩けなくなるが、その方が気楽か?」
「ロリ軟禁キャラを頑張りますか?」
………本当に、はっきり物を言うようになった………。
「……わたくしの、浅知恵ではありますが、殿下にも出来そうな設定がひとつ……」
「どんな」
「あの……
……………
………えっと、やっぱり……」
「リリア嬢、俺は本当に困っている。
手持ちの藁は溺れてる人間に差し出すべきだと思わないか」
「………」
リリアの細い眉が八の字に下がる。
「………殿下は、わたくしを正妃にしたいのです」
「同じじゃないか」
「違います。本来殿下は、妻を娶る限りは正妃1人を大切にする主義だったのです。それを周囲の圧力で側室を入れてしまった。公爵家の令嬢なのに側室に納められたわたくしを憐れみ、正妃に格上げし、大切にしたいのです」
ふむ?
「これならエルザの言ったメリットを享受しつつ、殿下はわたくしに惚れた演技をする必要もありません。
周りからの追及には
『自分には責任がある』
と唱えておけば概ね切り返すことができます」
「完璧じゃないか!」
「……離縁が、難しくなりますし、……わたくしがいる限り、他の方を迎えることも出来なくなります」
そういえば、当初は彼女を五年ほどで解放して送り出せる算段だった。
側室への恋は冷めることができるが、主義からの責任感は冷められない。……だから言いづらかったのか。
男の自分でさえ、あと数年子を成せないと考えると何やら切ない。女性が子を持てる期間は男より短い。離縁というゴールがぼやけるのは辛いことだろう。
―――いや、待て、先日彼女はあっさり不妊になるとか言っていなかったか?
不妊が辛いわけではないなら、離縁したいのは―――そういえば、カロリーナが、想う男がいると。
座っていても頭ひとつ低い小さな顔は、社交の笑みを脱ぎ捨てても、やはり年相応よりは大人びて見えた。
この小さな少女が、想う男を断ち切って信念のために身ひとつで嫁いできたことに、尊敬の念を抱く。
「……そこは、五年後になんとか理屈を考える。
必ず離縁する」
今はこれ以上の案が思いつく気がしない。
「そうですね。
―――不束者ですが、精一杯努めますので、よろしくお願い申し上げます」
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