化け物の棺

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開かれ行く扉

大激震と時の渦

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いや、それは本当に進軍ラッパだったのかも知れない。
その銃声はこの蟻の巣状の洞窟内に反響し、そのまま消えて行くと誰もが思っていたのに反し、反響したその音は次々と共鳴し合い増幅し、何倍にもなった木霊となって帰って来たのだ。
まるで巨大楽器の胎内に放り込まれ、鼓膜や頭蓋が音叉のように震える不快感に皆襲われた。

「あっ、頭が…!頭が痛い!何だコレは!」

銃声を轟かせた張本人であるエッカーマンが頭を抱えて地面に膝を付き、学院長やエルネスト達も頭の中を掻き乱す共鳴音に耳を塞いでのたうった。

「ヴィクトー!こりゃ堪らん、、一体どういうことなんだ!…ああ…頭蓋骨が割れそうだ!」

ヴィクトーもこの不快感に悶絶しながらも今の状況があの時に似ているのでは無いかと考えていた。
あの『生と死の伽藍』は壁にあいたほんの小さな穴から漏れた風鳴りがきっかけとなって倒壊した。
もしやこの場所も、そんな構造になっているのでは無いのか。
エジプトの王墓に盗掘者を阻む仕掛けが施されていたように、ここには音によるギミックが仕掛けられているのではのでは無いか。
共鳴音を使った高度なギミックが!

「エルネスト!嫌な予感がする!早くここから脱出しないとルネの二の前になるかもしれない!ここは間も無く倒壊する!皆んな、ここから出よう!」
「何を言う!ヴィクトー!折角見つけた遺跡を何もせんうちにむざむざ…!」

納得のいかないエルネストは頭に血が昇って理性的にものが考えられなれなかった。
他でもない遺跡は自分とグリンダが見つけたと言う強い思いがあったからだ。
こんな不穏な状況でもエルネストはとてもこの未知の遺跡を諦めきれなかったのだ。
そんなエルネストをグリンダが宥め諭した。

「何言ってるんだエルネストさん!遺跡よりも命の方が大事じゃ無いか!ヴィクトーが言うように一旦ここから離れるべきじゃ無いのかい?!」

グリンダもそうは言っても気持ちはエルネストと同じなのだ。
だが皆が躊躇している間にも、共鳴音は波状攻撃を強めて空間を歪ませ続けていた。
地鳴りと洞窟全体が軋む音が龍の咆哮のように洞窟全体を駆け巡り、その振動は天井や壁のひびを広げあちこちを破壊し続けた。
確かに間も無くここは倒壊するだろう。誰もがそう感じた時、一瞬辺りを不穏な空気が包んだ。


ーーーズシンっ!!

「わぁっ!!ヴィクトー!!」

地面が大きくバウンドする恐怖にエリックが叫び声を上げてヴィクトーの胸にしがみつき、続け様にミリミリと何処かに亀裂が入る音が響き渡った。

「ヴィクトー!見て下さい!石碑が!」

ーーービシっ!!

タオが叫んだのとほぼ同時だった。大きな亀裂音と共に巨大な石碑に横真一文字のひび割れが走った。
その壁の僅かな綻びから紫の蝶が噴き出したかと思うと、突然シュアンの身体から眩い光が放たれた。
その眩さに皆が一瞬目を眩ませ、再びシュアンを見た時には、その姿はパピヨンへと変貌を遂げていた。
光の中のパピヨンは不思議な神々しさを放ちながらエッカーマンに向き直った。

「さあ、もっと撃つのです!私はきっかけである貴方を長いこと待ち詫びていました」

そう言うと、光に包まれたパピヨンは天使が羽ばたくようにエッカーマンへと両腕を開いた。

「な、な、ななんだ!お前は…!止めろ!こっちへ来るな!化け物め!」

怖いもの知らずの男は自分の理解を超えたものに対しては滅法弱かった。
今自分の目の前で繰り広げられている不可解な光景に怯え、エッカーマンは銃を構え直して何発も立て続けにパピヨン目掛けて銃を乱射していた。
その場にいる者達の背筋が凍りついた。

「ーーーなんて事を!!」

咄嗟にヴィクトーはパピヨンを庇うべく走り出し、己の元から走っていくヴィクトーを追って、エリックもまたヴィクトーを追いかけ飛び出した。

「ヴィクトーーーー!!」


ーーーゴゴゴゴゴーーー!

パピヨンに向けて乱射された銃声音は最大限に増幅され、空間全体が震えたかと思うと地面が激震しあちこちが砕けて隆起した。
煮立った湯のように溢れ出たプールの水はあっという間に水嵩を増し、皆の足元にどっと波打ちながら押し寄せた。
砕けて散った天井や倒壊した壁や崩れたレリーフを飲み込みながら、その場にいた者全てを逆巻く水が攫おうとしていた。
何も出来ないまま自分達はここで死んでいくのだと思った。
グリンダがエルネストがタオが水没する恐怖に悲鳴を上げていた。
そんな皆の阿鼻叫喚の声を聞きながら、水に落ちたヴィクトーは片腕にパピヨンを抱え、自分に伸ばされたエリックの手を無我夢中で掴んで水面へ向かって必死に脚をバタつかせた。

まだだ!
まだオレは死ねない!
こんな所で死んでたまるか!

肺に水が押し寄せ苦しくてもがき、耳は水に塞がれて音を失い、最後まで手放すまいと抵抗した意識も、やがて何処か遠くへと吸われて行った。










…トー…。

  …ヴィクトー…。


誰だ…、オレを呼ぶのは誰だ。

遠い場所からヴィクトーの意識が浮上するまでいったいどのくらいの時が経ったのだろうか。
ヴィクトーが目覚めたのは水の中とは違う何処かポッカリとした酷く暗い空間だった。
薄らと開いた目の前には眩い光に包まれたパピヨンの美しい白い顔がヴィクトーを見つめていた。

「パピヨン……それとも君はシュアンなのかな…」

ヴィクトーの腕に抱かれたパピヨンは酷く幸せそうに微笑んでいた。

『私はずっと貴方を待っていた。十二歳の貴方があの時私を見つけて全てが終わるはずだったのに、貴方はあの場で死ぬ運命にあった。覚えてる?私の魂をあの時貴方に半分あげた事』

十二歳の…オレ…。
十二歳の、オレ?

長いことヴィクトーを悩ませてきた失われた記憶の断片が、勢いよく頭の中で繋がり始めた。

そうだ。
そうだった。
あの時崩れ落ちて行く最中、死を覚悟しながらもオレはあの石櫃の蓋を開けたんだ。
そして見た。
その中に眠っていた君を!沢山の紫の蝶達が君の身体を守るように覆っていた。
君は目を開けてその口から出てきた小さな光の玉がオレの口の中へと流れ込んできた。
そしてオレの身体は浮き上がり、『生と死の伽藍』から外へと放り出され、オレ一人が助かった。
ああどうして、どうしてこんな重大な事を今までオレは忘れていたんだろう。

「どうしてなんだ?あの時何故オレを助けてくれたんだ…?」

『それは貴方がアトモルだから…私の愛しい貴方だったから。
やっとやっと貴方に会えるアトモル…!』

「アト…モル…?」

『アトモル。さあ、私と来て、あの時あの場所に私と一緒に…』

ヴィクトーにまだ手を繋がれていたままのエリックは、パピヨンとヴィクトーの一部の隙間もないほどの二人だけの世界を感じていた。
そこに自分の居場所なんて何処にもない事を思い知りながら、手を振り払うことも出来ずに涙を流していた。

行かないで、
行かないで、
どこにも行かないで。
僕のそばにいて。
ヴィクトー…。

『エリック』

思いがけずパピヨンに呼ばれてエリックは驚いて涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。
そんなエリックにパピヨンはこう囁いた。

『エリック、貴方も共に行くのですよ』

「ーーーえ?」

眩く発光したかと思うと、次の瞬間三人の身体はこの暗いだけの空間から不意に消えた。
光の残滓を微かに残して。
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