化け物の棺

mono黒

文字の大きさ
上 下
51 / 80
開かれ行く扉

スリリング!

しおりを挟む
蝶ネクタイに三揃い。手には花束を持った男がグリンダの家へと向かっていた。
ここは初めて訪れるのだろう、見慣れぬ風景に戸惑いながら、男はキョロキョロと目的の家を探している様子だ。

「ええと、三件並んだアパルトマン風の建物で…窓辺に雛菊の鉢があるとヴィクトーが言っておったな…」

そう、この男は誰あろうエルネストだ。
ヴィクトーが世話になっていると聞き、一度は挨拶に行かねばなるまいと思っていたが、この所の仕事の忙しさにかまけてなかなか挨拶に来られなかったのだ。
この日ようやく仕事が片づき、ヴィクトーから聞いていたグリンダの家を訪ねる事にしたのだった。

「雛菊、雛菊…。おっ、あったぞ。このお宅かな?」

窓辺に溢れる雛菊を発見したエルネストは、ここだとばかりにドアをノックしようとしたが、改めて辺りを見渡すと、あっちの家にもこっちの家にも窓辺に雛菊が咲いている事に気がついた。
この季節の雛菊はハノイの季節の花なのだ。

「ヴィクトーめ!なんて迂闊なやつだ。いや、だがアパルトマン風の家と言ったらここしか無いしな…だが向こうの家も…いや、こっちの家も…」

優柔不断に家の前をうろちょろしている怪しげな男がいる事に、窓辺の机に向かっていたグリンダが気がついた。

こんな滅多に人が通らない所に、しかも自分の家を訪ねようとしている男が外にいる。

これは千載一遇のチャンスじゃないのか?

グリンダは肩越しにそっとエッカーマンの様子を伺った。
さっきまでグリンダに目を光らせていた男が、今は何とソファに長々と寝そべり、不覚にもうたた寝をしていたのだ。

今だ!今しかない!

グリンダの目が光った。
だが窓の外ではエルネストが違う家に行こうとしていた。
焦ったグリンダは咄嗟に手元の紙を丸めて薄く開けた窓からそれをエルネストに投げつけたのだ。
それはエルネストの肩に当たり足元に転がった。

「おや?何だ?」

それを拾い上げたエルネストが窓へと顔を上げると、そこには何か言いたげな老婆がこっちを見ている。
訪ねるべき家が見つかったとエルネストは顔を綻ばせながら軽く会釈をし、彼女に話しかけようと口を開いた途端に老婆は喋るなと口許に指を立てたのである。

『悪い奴に監視されてる。助けてほしい。この家の鍵でドアを静かに施錠して』

グリンダは震える手でそう認めた紙に、ポケットから取り出した鍵を包んで窓の隙間からエルネストへと投げ落とした。
ソファを見るとエッカーマンはまだ目を覚ましてはいない。
投げられた手紙に困惑顔のエルネストにグリンダがジェスチャーとその表情で、早くしろと発破をかける。
その時目覚めるのも間近なのだろうかエッカーマンが頭を掻いてモゾモゾと動く。
グリンダは手に汗を握っていた。


カチャリ…。

ドアが外から施錠された。
それを合図にグリンダは半分ほど開けた窓へ小さな身体を滑り込ませた。
下ではエルネストが両腕を広げて待ち構えていた。

カタン、

その時風に揺れたカーテンが何かを倒した音がした。
その微かな物音にエッカーマンが浅い眠りから目が覚めたのだ。
ぼやけた目で机を見ると、今さっきまで大人しく解読に勤しんでいたグリンダが窓から逃走を図っているのが見える。
エッカーマンは咄嗟に跳ね起きると既に上半身を窓から出しているグリンダに怒号と共に掴みかかってきた。

「このババア!!逃げる気かーーーっ!!!」

だが間一髪と言うところでエルネストが彼女を抱き止めていた。

「早く逃げな!早く!早くだよ!!」

エルネストの腕の中でグリンダは足をバタつかせてエルネストを急かした。

「えぇ?!一体これはどう言う…」
「いいから早く!!」

まるで騎手に鞭打たれる馬の如く、エルネストは訳もわからず彼女を横抱きにしたまま走り出した。

「待て!クソ!!」

エッカーマンは追いかけようと窓に取り付いたが彼の身体は大きすぎた。
慌てて足を滑らせながら玄関ドアに齧り付いたが外から施錠されていて扉は開かない。
山のような資料と共にエッカーマンはグリンダの家に取り残されたのだ。

「くっそぉ~!ヤリやがったな!あのクソババァ!!」

エッカーマンが銃で鍵をぶち壊した頃には二人の姿はもうそこには無かった。



田舎道を水牛がのんびりと荷車を引いていた。
その荷台にはエルネストとグリンダが呆然と座っていた。
走るのに疲れたエルネストが偶然に通りかかった牛車をヒッチハイクしていたのだ。
上がった息を整えながら、エルネストはグリンダにやっと挨拶ができた。

「はぁっ、ふぅ、申し遅れました。ヴィクトーが世話になって居ながらご挨拶が遅れて済みません。ハァ、ハァ、…私はエルネスト・エブラール。奴の後見人と言ったところでしょうか…。本当は貴女に花束を差し上げたかったのですが、ハハハ…、どこかで落としてしまったようです。
時にマダム。何故このような事になっておるのですかな?」

挨拶を受けるグリンダも息が上がっていた。

「ふぅぅ、はぁぁ、…私は…、言語学者の…グリンダ…、グリンダ・ゲイツ。詳しい話は道々するとして、アンタ、私をヴィクトーの所に急いで連れて行ってくれないかい」
「え?いやあ、それはちょっと難しいですぞ、マダム・グリンダ。ヴィクトー達は今…」


そう、ヴィクトー達は今、密林の切り立った崖に張り付いていた。

ヴィクトー、エリック、シュアン、タオと、ザイルで繋がれた四人はこの順番で崖を登って居た。
30mも登ると徐々にエリックは恐怖を感じ始めていた。
皮の手袋を嵌めていてもザイルは手に食い込んでくるし、足場にしているハーケンは極めて小さかった。
下を見ればまるでミニチュアの様な森が広がり、自分が落ちた時の様子がまざまざと想像出来てしまい、エリックは半分ほど来たところで足が全く動かなくなっていた。

「エリック!大丈夫だ。君なら行ける。下を見ないでオレだけを見て登るんだ。君のすぐ上にいる。大丈夫だから登っておいで」
「は、はい…っ、、」

そう返事はしたものの、エリックの足は、焦れば焦るほど一向に動いてくれない。
夕暮れまでには崖の上に着いていなければならないと言うのに、もう三十分もこうして一行は停滞したままだった。
西の空からは崖の上の寝ぐらへと帰って行く蝙蝠が群れを成して飛んでいた。

「エリック、私が貴方の下にいます。その下にはタオさんもいますよ、万が一の事が起きても全員で貴方を絶対に助けます。だから怖がらないで、エリック」
「ここまで登れたんだ。同じだけ登ったら到着する。後少しだよ、頑張るんだエリック」

シュアンとタオも懸命にエリックに声をかけ続けていた。
彼らに出来る事は今はそれしかないのだ。
だが無情にも夕闇は迫っていた。
もう登れないのかと誰もが諦めかけた時、エリックが再び登り始めたのだ。
夕暮れで下が見え難くなった事が奇しくもエリックの恐怖心を和らげた。

「良し!良いぞエリック!頑張れ!」

四人は再び上を目指した。
崖の上では足場を作りながら登って行った三名の現地スタッフが待っている筈だった。
それを励みにしながらやっとの思いでヴィクトー達は崖の上に辿り着いた。
時は既に日没間近、眼下に広がる密林は黒い森へと変貌していた。
後少し遅くなっていたら手元は完全に見えなくなっていたに違いない。

「やったな!良くやったなオレたち!エリックも、シュアンも、タオも、ありがとう!」
「ごめんなさい、、僕のせいで遅くなっちゃって」
「皆んな無事で辿り着けたのが何よりです!」
「もうボクは腕が痺れて動けませんよ、あはははっ!」

四人が口々にお互いを称え合い抱き合っていると、暗がりに松明が灯った。
一つ、二つ、三つ、そして四つ、五つ、それ以上の松明。
現地スタッフにしてはやけに多い数の松明が、ヴィクトー達を取り囲んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

少年はメスにもなる

碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。 監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。 フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。 挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。 番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。 早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。 成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。 完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。 完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

処理中です...