化け物の棺

mono黒

文字の大きさ
上 下
35 / 80
新らしい景色の中へ

不安を呼ぶ雨

しおりを挟む
——また雨。
何処もかしこも湿気にどっぷりと浸かっているようだった。
階段の手摺りやドアノブ、枕やシーツまでも手に触れる全てのものが湿気ていた。
裏口で倒れていた男をエブラール邸に運び込み、血と泥とで汚れた彼の顔を拭いた時、その場にいた者らは皆絶句した。

「……タオ…っ!」

ゲストルームのベッドに横たわり、火傷と青痣だらけの体を痛々しく横たえたその男は、皆のよく知る男だった。

「どうしてこんな事になったんだ!ここの所顔を見せないと思ったら、なんて事だ…!火傷をしてると言う事はあの火事の現場に居たのか?」

エルネストはタオが「青嵐」の一味だった事をまだ知らない。
当のタオに口止めされていてはそれを言うわけにはいかず、ましてやエルネストの設計した新住宅街を燃やした犯人だなんて口が裂けても言えなかった。

駆け付けてきた医師が言うには、火傷の他にかなりの打撲があるらしい。
しかもそれは、ひどく殴られてはいても見事に急所を外しているあたり、手慣れた者の仕業では無いかと言う話だった。

「何があったか、本人がこれでは聞きようも無い。落ち着いて本人が話せるようになるまでそっとしておいてやろう」

エリックはライとの別れ際、タオを頼むと言われたことを思い出していた。
案外と早くタオが見つかったのは良かったが、いったい何があったと言うのだろう。
タオを痛々しく見つめるエリックの顔色は誰よりも蒼白だった。

「大丈夫か?エリック…」

そんなエリックをヴィクトーが気遣った。

「僕は平気です。…今一番辛いのはタオさんですから…」
「大丈夫、彼はまだ若いから、回復も早いだろうと先生も言っていた。今は安静が一番の薬だ。
静かに寝かせてやろう」




皆の居なくなった静かな室内。真っ白いシーツに窓を流れる雨が影を作り、雨音はタオの中に悪夢を連れて忍び込む。

「うぅ…、止めろ、やめてくれ…!」

一人の部屋の一人寝のベッドでタオは苦悶の表情を浮かべてうなされていた。

タオの目の前には悪魔が立っていた。
善人面した悪魔が。
そいつは太った腹を揺らしたながら、汚れた手でタオの顎を撫でながら歪んだ笑みを浮かべて言った。

「よくも私を欺いてくれたね。まさか君が青嵐だとは思わなかったよ。君を利用して鞄の情報を得るつもりでいたのに、君が私を利用してエルネスト君に近づいたとはね。この私を随分舐めてくれたものだね。
お前は鞄の謎にどのくらい近づいたんだい?
さあ、答えるんだタオ」

「知らない…っ、ボクは何も…本当に何も知らない…っ」

何度も本当のことを言えと殴られたが、知らないものは答えようもない。
だが知らないとタオが言うたびに二人の男達が彼をかわるがわる暴行した。
気が遠くなりかけた頃、その悪魔は彼の前髪を掴んでこう囁いた。

「信じてやらなくも無いが、今度こそ私のために有益な情報を持ってこい」
「出来な…い、もうそんな事は…」

掠れ声でやっとの思いを口にするが、悪魔は更に邪悪な笑みを浮かべてこう続けたのだ。

「お前の両親は羽振りのいい華僑だったね。随分手広く商売をしているようだが、この前息子をよろしくと、私に挨拶に来られた。
博物館の備品を納品していただいたついでにね。
君は御両親とは疎遠だそうだが、たまには親孝行しないといけないなぁ。そうだろう?」

タオの鈍っていた眼光が一瞬鋭く閃いた。

「両親に何を…何を…するつもりですか…っ」

これは脅しだ。
言う事を聞かねば親を潰してやる。
そう言う事なのだ。

両親とは生き方が違うと反発していた。敗戦したイギリスに迎合し、母国の誇りを捨て、なり振り構わず商売を優先する生き方が好きになれなかった。
そんな父親と反りが合わず、幾度となく衝突もした。自分の事は諦めてくれとも…。
もう二年、親と顔を合わせた事も無いのに、縁を切ったと思ったのに、無くなったと思ったはずの情がまだ自分の中に残っている事に今更ながらに気がついた。

「両親に…、何かしたらお前を殺してやる!」

タオは自分でも驚く事を口走っていた。
いつかお前を殺してやる!
それは遠い日、両親に対して自分が投げつけた言葉だった。
だが今は、両親を詰った同じその唇から両親を思って飛び出した言葉だった。

「それはお前の心がけ次第だ。お前は私の忠実な犬。そうだろう?タオ」

学院長の名前を借りた悪魔はそう言うとタオの前髪を乱暴に手放した。


お前は私の忠実な犬。

分かっているだろう?

ータオ。


「止めてくれっ…!やめてくれ…!」


自分はやはり生きていてはいけなかったのだ。
火事で死ねば良かったのだ。

痛みに疼く身体と果てしなく続く悪夢の中で、タオは己の存在の罪深さを呪い続けていた。




「ヴィクトー…」

自室に戻ってからエリックは胸騒ぎが止まらなかった。
嫌な感じのする院長。
傷だらけで倒れていたタオ。
二つが繋がっているように思えてならなかった。
珍しく、ヴィクトーの背中に縋って弱気な声を出していた。
見知らぬ土地で少しだけ知り合いも出来たけれど、エリックにとってはヴィクトーだけが波間の灯台だった。
彼にもしも何かあったら…。
そう思うと堪らなく不安な気持ちが押し寄せて来る。

「大丈夫だ、エリック。そんな顔をするな。俺がついてる」

そう力強く抱きしめてくれるが、それだとて不安を払拭してはくれない事を自分は知っている。

「ずっと僕のところにいて下さい。どこにも行かないでくださいヴィクトー。貴方が居なければ僕の帰る港が何処か分かりません」

エリックは、逞しく頑丈なヴィクトーの身体に細い腕を回して力一杯抱きしめた。
そんなエリックにヴィクトーは愛おしそうに目を細めた。

「馬鹿だな、勿論君の側にいるよ」

でも、貴方は時々窓の外に違う人を見てる。
そう思っても、エリックはそれを口にすることすら怖かった。
明日には何があるのか分からない。
この雨季のように予測もできず目まぐるしく変わってしまう。
エリックの憂鬱が自分で思うよりも深く心を蝕んでいるとは誰も思いもしなかった。
本人でさえも…。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

少年はメスにもなる

碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。 監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。 フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。 挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。 番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。 早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。 成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。 完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。 完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

処理中です...