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謎と謎と
エルネスト・エブラール登場!
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「ヴィクトー・マルロー教授でしょうか。エブラール先生に頼まれて極東学院からお迎えに上がりました。どうぞこちらへ」
港に着くなり声をかけられたのは、若い中国系の男だ。
白いシャツに清涼感が感じられ、シャープな目元、礼儀正しい様子がいかにも東洋的な印象の青年だ。
「おお!それはありがたい。ありがたいが…。君は実に神秘的な顔をしているね、きめ細かな肌質は東洋人の特有の美しさだ、君、名前は?」
「はぁ?…あ、ええと、た、タオと言いますが…」
最初からそこから始まるヴィクトーに、タオと名乗る青年は戸惑い、同時にエリックはムカついた。
船旅の間に何度もこう言う場面を経験をして慣れて来てはいたが、初対面の人はこれで勘違いをする人だっているのだ。
エリックは勢いよくヴィクトーの脇腹を膝でこづいた。
「失礼ですよ!ヴィクトー教授!」
「いたたっ!…ん?何がだ?エリック?」
「ご自分で考えてください」
そうエリックに冷たく言われても、ヴィクトーは挨拶程度にしか思ってはいないのだ。
数々ある失敗はこう言うところから始まるのだと、エリックは呆れていた。
そんなやり取りの二人を困り顔で見ていたタオが尋ねてきた。
「あの、教授。こちらの方は…」
「ああ、彼は……その…、」
「助手です。助手のエリック・ロイド・エヴァンズと言います。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
エリックは卒のない挨拶を交わした。
素直に恋人と言えない立ち位置が恨めしい。言い淀むヴィクトーも恨めしい。
それに、東南アジアで男同士の恋愛と言うものはどう見られているのか、それを思うとエリックは二人の関係を匂わせるのも怖かった。
そこそこ荷物のあったヴィクトーは港に着いたら車を自ら手配しなくてはならないだろうと思っていたのに、エルネストのこの粋な計らいに感謝せずにはいられなかった。
タオは出しゃばらず、物静かだが、ポイントを押さえた会話の匙加減が絶妙だった。
「船旅は如何でしたか?」
「ああ、まあ色々あったが、退屈はしなかったよ」
そう、本当に色々あった。
エリックに出会い、直ぐに燃え上がりあの紫の蝶を二人で見た。極め付けには謎の黒鞄と博物館の男の不審死だった。
黒鞄の事が脳裏を掠めるとヴィクトーは己の気分がどんどん沈んで行くのが分かる。
暫くの沈黙を気にしたタオがバックミラーの中のヴィクトーをチラと見た。
ヴィクトーは慌てて取り繕った。
「…それはそうとエブラール先生はお元気ですか」
「はい。教授の到着を首を長くしてお待ちです。エブラール先生のご自宅に向かうように言い使っておりますが…」
「助かるよ、有難う。ここからハノイまではどのくらいだい?」
「二時間ほどで着く筈です」
荷物と二人と黒鞄を乗せた車は一路ハノイに向けて走り出した。
河川の多い平らな土地は思っていたより道は整備されていて、かなり開発が進んでいるようだった。
だが港を少し外れるとココナツの木や米の水田が広がる牧歌的な風景が続く。
時々荷車を引いた水牛がのんびり歩いている光景が車窓を通り過ぎる。
それを操る人達は三角形の傘のような帽子をかぶっていて、皆上手に水牛を操っている。
初めて眺めるインドシナの風景をエリックは食い入るように眺めた。緑が欧州よりも色濃く深い印象だった。
「熱心に見ているね、初めてのインドシナは面白い眺めかい?」
「はい!僕、インドシナがこんなに文化的な場所だとは思いませんでした。もっとこう未開のジャングルみたいなものを想像していて…」
「ふむ、それは正しい想像だ。この国はそういう場所が大半だが、このハイフォンという街はね、ハノイと同じくフランスの植民地政策において特に重要視されているのだよ。第一級の経済都市を目指して開発が進んでいる。これからお世話になるエブラール先生はね、建築家でその都市計画の責任者なんだよ」
「偉い方なんですね。何だか緊張するな」
「大丈夫だ。そんなに堅苦しい人ではないから」
そう言うヴィクトーの顔は今にも吹き出しそうな顔だった。
田舎道を進み、現地の人々の暮らす旧市街を過り、ホン川(紅川)にかかる全長1.7キロメートルの美しいロンビエン橋が見えてくるといよいよハノイの中心街だ。
駅、オペラハウス、大学、病院、刑務所などの荘厳な建物は皆ギリシャやローマ風建築で建てられており、まるでフランスがそのまま引っ越してきたようだ。
先程通ってきた旧市街とは全く別物の街がフランス人達によって作られていたのだ。
そこには植民地下でのインドシナの人々の苦悩の影など、ヴィクトーやエリックにはまだ見えては居ない。
エブラールは整頓されたフランス人居留地の一等地に居を構えていた。
車がその広い敷地へと入って行くと、やがて大きな邸宅が見えてくる。
さすが建築家の住まいらしく、従来の建築というよりも少し変わった作りをしていて、ヨーロッパと東南アジアが混じったような、それでいて調和の取れた美しい姿をしていた。
大きく張り出した広いバルコニー。黄色い壁に大きくアーチ型の窓枠が沢山並び、風通しの良さが見て分かる。
アジアの寺院のような三角の屋根や装飾が施され、一見木造のようにも見えるがレンガ作りの建築だった。
これが彼が手紙で言っていたインドシナ様式と言うものかと停車した車を降りながら、ヴィクトーはまじまじとそれを見上げた。
「ヴィクトー…?」
ヴィクトーとエリックが建物を眺めている時にその声は掛けられた。
ヴィクトーが振り向きざま、ヴィクトーと同じくらい大きな男が思い切りヴィクトーに抱きついてきた。
「うわあっ!!なんだなんだ??エルネスト先生か?!」
「そうだよ!!可愛いベイビーちゃん!ああ本当にあのヴィクトーかい?随分とまあ大きくなって!と言うか、ゴツくなっちゃったねえっ!すっかり大人の男じゃないか!」
まるで嵐のように現れた男は中年の貫禄だが、髭を蓄えた立派な紳士だった。
その立派な紳士がこれまた立派な紳士のヴィクトーをベイビーちゃんと呼んだのも驚いたが、ヴィクトーの両頬を両手で包んでありったけのキスをしたのだ。
エリックは驚きのあまりただただ、その迫力のある光景を凝視していた。
「嗚呼!会いたかったよヴィクトぉーー!」
港に着くなり声をかけられたのは、若い中国系の男だ。
白いシャツに清涼感が感じられ、シャープな目元、礼儀正しい様子がいかにも東洋的な印象の青年だ。
「おお!それはありがたい。ありがたいが…。君は実に神秘的な顔をしているね、きめ細かな肌質は東洋人の特有の美しさだ、君、名前は?」
「はぁ?…あ、ええと、た、タオと言いますが…」
最初からそこから始まるヴィクトーに、タオと名乗る青年は戸惑い、同時にエリックはムカついた。
船旅の間に何度もこう言う場面を経験をして慣れて来てはいたが、初対面の人はこれで勘違いをする人だっているのだ。
エリックは勢いよくヴィクトーの脇腹を膝でこづいた。
「失礼ですよ!ヴィクトー教授!」
「いたたっ!…ん?何がだ?エリック?」
「ご自分で考えてください」
そうエリックに冷たく言われても、ヴィクトーは挨拶程度にしか思ってはいないのだ。
数々ある失敗はこう言うところから始まるのだと、エリックは呆れていた。
そんなやり取りの二人を困り顔で見ていたタオが尋ねてきた。
「あの、教授。こちらの方は…」
「ああ、彼は……その…、」
「助手です。助手のエリック・ロイド・エヴァンズと言います。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
エリックは卒のない挨拶を交わした。
素直に恋人と言えない立ち位置が恨めしい。言い淀むヴィクトーも恨めしい。
それに、東南アジアで男同士の恋愛と言うものはどう見られているのか、それを思うとエリックは二人の関係を匂わせるのも怖かった。
そこそこ荷物のあったヴィクトーは港に着いたら車を自ら手配しなくてはならないだろうと思っていたのに、エルネストのこの粋な計らいに感謝せずにはいられなかった。
タオは出しゃばらず、物静かだが、ポイントを押さえた会話の匙加減が絶妙だった。
「船旅は如何でしたか?」
「ああ、まあ色々あったが、退屈はしなかったよ」
そう、本当に色々あった。
エリックに出会い、直ぐに燃え上がりあの紫の蝶を二人で見た。極め付けには謎の黒鞄と博物館の男の不審死だった。
黒鞄の事が脳裏を掠めるとヴィクトーは己の気分がどんどん沈んで行くのが分かる。
暫くの沈黙を気にしたタオがバックミラーの中のヴィクトーをチラと見た。
ヴィクトーは慌てて取り繕った。
「…それはそうとエブラール先生はお元気ですか」
「はい。教授の到着を首を長くしてお待ちです。エブラール先生のご自宅に向かうように言い使っておりますが…」
「助かるよ、有難う。ここからハノイまではどのくらいだい?」
「二時間ほどで着く筈です」
荷物と二人と黒鞄を乗せた車は一路ハノイに向けて走り出した。
河川の多い平らな土地は思っていたより道は整備されていて、かなり開発が進んでいるようだった。
だが港を少し外れるとココナツの木や米の水田が広がる牧歌的な風景が続く。
時々荷車を引いた水牛がのんびり歩いている光景が車窓を通り過ぎる。
それを操る人達は三角形の傘のような帽子をかぶっていて、皆上手に水牛を操っている。
初めて眺めるインドシナの風景をエリックは食い入るように眺めた。緑が欧州よりも色濃く深い印象だった。
「熱心に見ているね、初めてのインドシナは面白い眺めかい?」
「はい!僕、インドシナがこんなに文化的な場所だとは思いませんでした。もっとこう未開のジャングルみたいなものを想像していて…」
「ふむ、それは正しい想像だ。この国はそういう場所が大半だが、このハイフォンという街はね、ハノイと同じくフランスの植民地政策において特に重要視されているのだよ。第一級の経済都市を目指して開発が進んでいる。これからお世話になるエブラール先生はね、建築家でその都市計画の責任者なんだよ」
「偉い方なんですね。何だか緊張するな」
「大丈夫だ。そんなに堅苦しい人ではないから」
そう言うヴィクトーの顔は今にも吹き出しそうな顔だった。
田舎道を進み、現地の人々の暮らす旧市街を過り、ホン川(紅川)にかかる全長1.7キロメートルの美しいロンビエン橋が見えてくるといよいよハノイの中心街だ。
駅、オペラハウス、大学、病院、刑務所などの荘厳な建物は皆ギリシャやローマ風建築で建てられており、まるでフランスがそのまま引っ越してきたようだ。
先程通ってきた旧市街とは全く別物の街がフランス人達によって作られていたのだ。
そこには植民地下でのインドシナの人々の苦悩の影など、ヴィクトーやエリックにはまだ見えては居ない。
エブラールは整頓されたフランス人居留地の一等地に居を構えていた。
車がその広い敷地へと入って行くと、やがて大きな邸宅が見えてくる。
さすが建築家の住まいらしく、従来の建築というよりも少し変わった作りをしていて、ヨーロッパと東南アジアが混じったような、それでいて調和の取れた美しい姿をしていた。
大きく張り出した広いバルコニー。黄色い壁に大きくアーチ型の窓枠が沢山並び、風通しの良さが見て分かる。
アジアの寺院のような三角の屋根や装飾が施され、一見木造のようにも見えるがレンガ作りの建築だった。
これが彼が手紙で言っていたインドシナ様式と言うものかと停車した車を降りながら、ヴィクトーはまじまじとそれを見上げた。
「ヴィクトー…?」
ヴィクトーとエリックが建物を眺めている時にその声は掛けられた。
ヴィクトーが振り向きざま、ヴィクトーと同じくらい大きな男が思い切りヴィクトーに抱きついてきた。
「うわあっ!!なんだなんだ??エルネスト先生か?!」
「そうだよ!!可愛いベイビーちゃん!ああ本当にあのヴィクトーかい?随分とまあ大きくなって!と言うか、ゴツくなっちゃったねえっ!すっかり大人の男じゃないか!」
まるで嵐のように現れた男は中年の貫禄だが、髭を蓄えた立派な紳士だった。
その立派な紳士がこれまた立派な紳士のヴィクトーをベイビーちゃんと呼んだのも驚いたが、ヴィクトーの両頬を両手で包んでありったけのキスをしたのだ。
エリックは驚きのあまりただただ、その迫力のある光景を凝視していた。
「嗚呼!会いたかったよヴィクトぉーー!」
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