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其々の闘い
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イーサンは、執事から託されたアタッシュケースと拳銃一丁だけを携え、暗い海を夜通しモータボートを走らせた。
不安な気持ちを投影するように、空には月灯りもない。
以前から何度か訪れていた波止場へとボートを着けると、言いつけ通りアシェットホテルへチェックインした。
身を隠すのにはちょうど良い小さな港町のこじんまりとしたホテルだ。
フロントの男とは顔見知りだった。
イーサンの顔を見ると、愛想よく挨拶をし、背後から来るであろう主人の姿をチラリと伺う素振りをした。
「ラムランサン様とロンバード様は後から来られますか?お部屋はいつものお部屋で宜しいでしょうか?」
イーサンは波飛沫に濡らした髪から滴をしたたらせながら、暗い眼差しで被りを振った。
その様子に不自然さを察したフロントの男は、それ以上尋ねずに、部屋の鍵だけを黙ってイーサンへと差し出した。
「誰か僕を訪ねてきても言わないで下さい」
それだけ言うと、二階の部屋へと一人入った。緊張していたのか、部屋に入ると同時にドアに寄りかかるように背もたれ、長いため息を吐いてうずくまった。
いったい、島では今何が起きているんだろうか?何故一人でここに来させられたのだろう?
ここに着くまでは開封してはならないと言われた封筒は今懐の中にある。
いつもお喋りの絶えないイーサンが、今日は物を言う相手も、不安を紛らわせる相手もいない。
その不安を払拭するとは思えないが、その封筒を懐から取り出し、濡れたままの震える手で開封していた。
『ホテルに着いてから一週間。私から連絡がない場合は島には帰ってはいけません。アタッシュケースの中身はこれまでの報酬だと思って下さい』
ロンバードからの簡潔で短い手紙だった。事の詳細は何も書かれていない。
ただ島に帰るなと言う事は、自分は島から逃されたと言う事だ。何か大変な事態になっているかもしれないと言うのに、自分だけが逃された。
手紙を持つ手が、様々な感情の高ぶりに震えていた。自分を逃がそうとしたロンバードの思いやり。除け者にされたと言う怒り。役に立たないと言われたような寂寞感に身体中が震えた。
真っ暗な部屋で膝を抱え、アタッシュケースを開くこともせずに、暫くそのまま声を押し殺し、イーサンはただ泣いていた。
「全く!いったい何人こんな小さな島に集ってるんでしょうね!このハエ共はっ!」
そう文句を言いながらも、ロンバードは木立の影からライフルを構えて何発か撃った。
まるでその仕返しのように、直ぐにマシンガンの雨が降り注いでくる。
仕返しにしては多過ぎる。
上手く身を隠していたロンバードには擦りもしないが、仕返しの仕返しのように、腰にぶら下げていた手榴弾のピンを引き抜き散弾された場所へと放り投げた。
地響きと共に城の城壁が崩れた音がし、土煙が立ち昇る。
「お城が住めなくなったじゃありませんか!忌々しい!それにしても、ノーランマークは何をやってるんでしょうね!」
そう吐き捨てると、とても七十歳とは思えぬ身のこなしで、まだ土煙の残る場所へと突っ込んで行った。
一方、その頃ノーランマークとラムランサンはアスコットから奪った彼の船で銃撃戦になっていた。
「アスコットをぶっ殺すつもりだったのに、何で止めたりしたんだ!」
アスコットは強か殴っただけで縄で簀巻きにして水路に突き落とした。
本来ならあのままノーランマークに首をかき切られて絶命している筈だったが、ラムランサンが止めたのだ。
「だって、兄弟分なんだろう?お前にとっては数少ない身内も同然の男だ」
慣れない船のエンジンをかけようと苦戦しながら二人は喚くように会話していた。
岸からは、何人かの侵入者達が二人目掛けて銃を撃って来る。それを巧みに躱しながらノーランマークは応戦に勤しんだ。
「だからっ!本当の兄弟じゃないんだってば!あんな奴殺したって良かったんだ!」
「お前が人殺しするの見たくなかったんだ!」
「今だって撃ってる!これは良いのか?!」
「当たって無い」
ラムランサンが屁理屈を返した所でエンジンがかかった。ゆっくりドックから離岸して行く船に向かってアスコットが何が騒いでいた。
「殺せー!あいつら行かせるな!」
飛び交う銃弾の音に相まって、エンジン音とアスコットの声がけたたましかった。
水路を抜ければ大海に出られる。クルーザーはようやく本領を発揮し始めていたが、直ぐに新たな危機に直面した。
水路の城門を誰かが閉めようとしていた。この城に来る時に潜った覚えのあるあの城門だ。
それは重々しくゆっくりと、だが確実に船を止めようと鉄の門扉が降りて来る。
「伏せろ!何かに捕まれラム!」
そう叫んだと同時に轟音を立ててクルーザーの屋根部分が、降りてきた城門に阻まれ吹っ飛んだ。強か船体が揺らいたものの、城門の鉄柵に削られ平になってしまったクルーザーは何とか城門を突破した。
「やったな!このまま行くぞ!」
そう言って振り向いたノーランマークにラムランサンはかぶりを振った。
「ダメだ!ロンバードとイーサンがまだ島にいる!助けなければ!」
そうか、ラムランサンはイーサンがもうこの島を出た事を知らない。
「イーサンは島を出てるから大丈夫だ。ロンバードは、」
そう言いかけた時、水路脇の茂みが激しくガサガサと揺れた。銃を構えて見上げると、ロンバードとサイラスがナイフで死闘を繰り広げていた。
ライフルを撃てばロンバードに当たるかも知れず、ノーランマークは狙いを定められない。ロンバードが足を踏み外せば水路に落ちる。あのロンバードが、追い詰められていた。
「ロンバード!!」
叫んだ瞬間、ロンバードの体が茂みからぐらりとバランスを崩した。ありったけの脚力を使ってその腕にノーランマークが飛びついた。
船内に引っ張り込むように誘導すると、ロンバードの身体がクルーザーに転がり落ちてきた。それを反動に、自分が茂みへと飛びついた。
船のデッキにはロンバードとラムランサン。そして茂みにはノーランマークとサイラスが残された。
「ノーランマーク!ノーランマーク!!何やってるんだ!!」
この展開に驚き慌てるラムランサンが、エンジンを切ろうとした時、ノーランマークが叫んだ。
「そのまま進め!!ラムは頼んだぞ!スーパー執事!!」
不安な気持ちを投影するように、空には月灯りもない。
以前から何度か訪れていた波止場へとボートを着けると、言いつけ通りアシェットホテルへチェックインした。
身を隠すのにはちょうど良い小さな港町のこじんまりとしたホテルだ。
フロントの男とは顔見知りだった。
イーサンの顔を見ると、愛想よく挨拶をし、背後から来るであろう主人の姿をチラリと伺う素振りをした。
「ラムランサン様とロンバード様は後から来られますか?お部屋はいつものお部屋で宜しいでしょうか?」
イーサンは波飛沫に濡らした髪から滴をしたたらせながら、暗い眼差しで被りを振った。
その様子に不自然さを察したフロントの男は、それ以上尋ねずに、部屋の鍵だけを黙ってイーサンへと差し出した。
「誰か僕を訪ねてきても言わないで下さい」
それだけ言うと、二階の部屋へと一人入った。緊張していたのか、部屋に入ると同時にドアに寄りかかるように背もたれ、長いため息を吐いてうずくまった。
いったい、島では今何が起きているんだろうか?何故一人でここに来させられたのだろう?
ここに着くまでは開封してはならないと言われた封筒は今懐の中にある。
いつもお喋りの絶えないイーサンが、今日は物を言う相手も、不安を紛らわせる相手もいない。
その不安を払拭するとは思えないが、その封筒を懐から取り出し、濡れたままの震える手で開封していた。
『ホテルに着いてから一週間。私から連絡がない場合は島には帰ってはいけません。アタッシュケースの中身はこれまでの報酬だと思って下さい』
ロンバードからの簡潔で短い手紙だった。事の詳細は何も書かれていない。
ただ島に帰るなと言う事は、自分は島から逃されたと言う事だ。何か大変な事態になっているかもしれないと言うのに、自分だけが逃された。
手紙を持つ手が、様々な感情の高ぶりに震えていた。自分を逃がそうとしたロンバードの思いやり。除け者にされたと言う怒り。役に立たないと言われたような寂寞感に身体中が震えた。
真っ暗な部屋で膝を抱え、アタッシュケースを開くこともせずに、暫くそのまま声を押し殺し、イーサンはただ泣いていた。
「全く!いったい何人こんな小さな島に集ってるんでしょうね!このハエ共はっ!」
そう文句を言いながらも、ロンバードは木立の影からライフルを構えて何発か撃った。
まるでその仕返しのように、直ぐにマシンガンの雨が降り注いでくる。
仕返しにしては多過ぎる。
上手く身を隠していたロンバードには擦りもしないが、仕返しの仕返しのように、腰にぶら下げていた手榴弾のピンを引き抜き散弾された場所へと放り投げた。
地響きと共に城の城壁が崩れた音がし、土煙が立ち昇る。
「お城が住めなくなったじゃありませんか!忌々しい!それにしても、ノーランマークは何をやってるんでしょうね!」
そう吐き捨てると、とても七十歳とは思えぬ身のこなしで、まだ土煙の残る場所へと突っ込んで行った。
一方、その頃ノーランマークとラムランサンはアスコットから奪った彼の船で銃撃戦になっていた。
「アスコットをぶっ殺すつもりだったのに、何で止めたりしたんだ!」
アスコットは強か殴っただけで縄で簀巻きにして水路に突き落とした。
本来ならあのままノーランマークに首をかき切られて絶命している筈だったが、ラムランサンが止めたのだ。
「だって、兄弟分なんだろう?お前にとっては数少ない身内も同然の男だ」
慣れない船のエンジンをかけようと苦戦しながら二人は喚くように会話していた。
岸からは、何人かの侵入者達が二人目掛けて銃を撃って来る。それを巧みに躱しながらノーランマークは応戦に勤しんだ。
「だからっ!本当の兄弟じゃないんだってば!あんな奴殺したって良かったんだ!」
「お前が人殺しするの見たくなかったんだ!」
「今だって撃ってる!これは良いのか?!」
「当たって無い」
ラムランサンが屁理屈を返した所でエンジンがかかった。ゆっくりドックから離岸して行く船に向かってアスコットが何が騒いでいた。
「殺せー!あいつら行かせるな!」
飛び交う銃弾の音に相まって、エンジン音とアスコットの声がけたたましかった。
水路を抜ければ大海に出られる。クルーザーはようやく本領を発揮し始めていたが、直ぐに新たな危機に直面した。
水路の城門を誰かが閉めようとしていた。この城に来る時に潜った覚えのあるあの城門だ。
それは重々しくゆっくりと、だが確実に船を止めようと鉄の門扉が降りて来る。
「伏せろ!何かに捕まれラム!」
そう叫んだと同時に轟音を立ててクルーザーの屋根部分が、降りてきた城門に阻まれ吹っ飛んだ。強か船体が揺らいたものの、城門の鉄柵に削られ平になってしまったクルーザーは何とか城門を突破した。
「やったな!このまま行くぞ!」
そう言って振り向いたノーランマークにラムランサンはかぶりを振った。
「ダメだ!ロンバードとイーサンがまだ島にいる!助けなければ!」
そうか、ラムランサンはイーサンがもうこの島を出た事を知らない。
「イーサンは島を出てるから大丈夫だ。ロンバードは、」
そう言いかけた時、水路脇の茂みが激しくガサガサと揺れた。銃を構えて見上げると、ロンバードとサイラスがナイフで死闘を繰り広げていた。
ライフルを撃てばロンバードに当たるかも知れず、ノーランマークは狙いを定められない。ロンバードが足を踏み外せば水路に落ちる。あのロンバードが、追い詰められていた。
「ロンバード!!」
叫んだ瞬間、ロンバードの体が茂みからぐらりとバランスを崩した。ありったけの脚力を使ってその腕にノーランマークが飛びついた。
船内に引っ張り込むように誘導すると、ロンバードの身体がクルーザーに転がり落ちてきた。それを反動に、自分が茂みへと飛びついた。
船のデッキにはロンバードとラムランサン。そして茂みにはノーランマークとサイラスが残された。
「ノーランマーク!ノーランマーク!!何やってるんだ!!」
この展開に驚き慌てるラムランサンが、エンジンを切ろうとした時、ノーランマークが叫んだ。
「そのまま進め!!ラムは頼んだぞ!スーパー執事!!」
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