16 / 26
面倒臭い感情
しおりを挟む
「馬鹿も休み休み言え!」そうラムランサンに怒鳴られ、嘲笑するように高笑いされた。
ノーランマークにしても、よもやそこまで言うとは自分自身思いもよらない事だった。かと言って、出まかせを言ったつもりもなかった。
本心だった。
城の丘にある岸壁の上に立って、さっきの出来事を思い返し、釈然としない思いでいた。
そこへ誰かがやって来る足音を聞いた。
「みーっけ、なに感傷に耽ってんだよっ、ここに来たのはお宝目当てなんだろう?そうなんだろう?
で、何を狙ってんだ?もうやったのか?
なあ、お前の魂胆を教えろよ。場合によっては手伝っても良んだぜ?」
やって来たのは喧しいアスコットだった。己の肩でノーランマークの肩を小突きながら、今から悪巧みでもする体で身体を寄せて来た。
「何だ、もう帰ったんじゃなかったのか?荷下ろし済んだんだろう?さっさと帰れよ!」
ノーランマークは素っ気なく突き放した。
「つれないなあ~、俺とお前の仲だろう?
まさか、あの三日月に本気で惚れたとか言わないだろう?」
軽口の裏に、本音が隠されていた。ノーランマークの心中を探るような眼差しは、暗く鈍い光が息づいていた。
だが、今のノーランマークにはそれを推し量ることは出来なかった。
「お前には関係ない事だ。詮索するな」
ノーランマークはそう言い捨てると、鬱陶しく肩を抱き寄せて来る相手と距離を置く。すかさずその距離を縮めて来るアスコット。
「なあ、お前にはあいつは似合わないって。それに、三日月はお前と来るとも思えない。お前はこんな所で腐る気か?楽しい所に戻ろうぜ?」
ラムランサンを識る前ならこれは甘い囁きだが、今のノーランマークには悪魔の囁きにしか聞こえない。
顔を背けるノーランマークにじれたアスコットは、悪ふざけを装って抱きついて来る。
ノーランマークは足元を崩し、がたいの良い男二人が、縺れるように地面に崩れた。抜け目の無いアスコットは、間髪入れずノーランマークに口付ける。
その様子は、はたからみれば愉しげにふざけ合っている男二人の光景にしか見えなかった。
この光景に、二人の預かり知らぬ所で、心中穏やかざる者がいた。
城の塔からその様子を見下ろしていたラムランサンだ。
二人の世界に異物が入り込むような不快感に襲われ、初めて見舞われる感情に混乱していた。
第三者の思わぬ出現によって、意外にも己の心に、ノーランマークが深く喰い込んでいた事に狼狽えた。
制御できると思ったのに、この心の騒めきは何だろうか。
神の申し子と言えども、こと恋愛に関しては無垢であった。
ここ数日の心の変化に追いつけ無い自分が恨めしい。
あの男とはどんな関係なのか。
あの男のことをどう思っているのか。
あの男と何度寝たのか。
あの男と自分とどちらが好きなのか。
ノーランマークの事を考えまいとすればするほど、そこら辺の男女の恋愛と何ら変わらない考えが次々と湧いて来る。
「私は神の申し子だ!こんな感情は認めない!認めない!!」
胸苦しく胸元の衣服を掴むと、石壁に背凭れ、ズルズルとその場に蹲み込んでしまった。
「そんなにお悩みになるなら、どうして素直にノーランマークに向き合わないのですか?神託がそれで揺らいでしまうと、そうお考えなのですか?」
塔の螺旋階段を上がって来たロンバードの登場に、ラムランサンは驚かなかった。
昔から影のように自分の隣には、ロンバードがぴたりと張り付いていた。
自分の手足であり、目であり、頭脳だった。
そんな男でも、今のこの苦しみは、分かち合え無い。ラムランサンにもその事はよく分かっていた。
「タカランダの神や祖先と、あの男が釣り合いになると思うか?ロンバード。全てを引き換えて、選ぶ価値があると思うか? あんな遊び人と!」
「そうですねぇ。私にも即答は出来ません。ノーランマークと言う男を私は深く知りませんので」
「それなのにお前の後釜に据えようと思ったのか?
無理だ。ノーランマークには。彼の生き方がある」
しゃがむラムランサンに、ロンバードは立つようにと手を差し出した。
「ならばもう、答えは出ているのでは無いですかな? ですが、ノーランマークはどう考えているのでしょうね」
どう考えているのでしょうね。
どう考えているのでしょうね。
どう考えているのでしょうね。
ロンバードのその言葉だけが、繰り返し頭の中に巡っていた。
たった一度の気まぐれな情交が、こんなにも手痛い感情を生む事をラムランサンは知らなかった。
そして、自分の宿命の深さを呪わずにはいられなかった。
あの男とここを出ていけと言ったのは他ならぬ自分だ。
遠ざけても遠ざけてもノーランマークが自分の心から追い出すことが出来ない。
ラムランサンの心は振り子のように大きく振れていた。
ノーランマークにしても、よもやそこまで言うとは自分自身思いもよらない事だった。かと言って、出まかせを言ったつもりもなかった。
本心だった。
城の丘にある岸壁の上に立って、さっきの出来事を思い返し、釈然としない思いでいた。
そこへ誰かがやって来る足音を聞いた。
「みーっけ、なに感傷に耽ってんだよっ、ここに来たのはお宝目当てなんだろう?そうなんだろう?
で、何を狙ってんだ?もうやったのか?
なあ、お前の魂胆を教えろよ。場合によっては手伝っても良んだぜ?」
やって来たのは喧しいアスコットだった。己の肩でノーランマークの肩を小突きながら、今から悪巧みでもする体で身体を寄せて来た。
「何だ、もう帰ったんじゃなかったのか?荷下ろし済んだんだろう?さっさと帰れよ!」
ノーランマークは素っ気なく突き放した。
「つれないなあ~、俺とお前の仲だろう?
まさか、あの三日月に本気で惚れたとか言わないだろう?」
軽口の裏に、本音が隠されていた。ノーランマークの心中を探るような眼差しは、暗く鈍い光が息づいていた。
だが、今のノーランマークにはそれを推し量ることは出来なかった。
「お前には関係ない事だ。詮索するな」
ノーランマークはそう言い捨てると、鬱陶しく肩を抱き寄せて来る相手と距離を置く。すかさずその距離を縮めて来るアスコット。
「なあ、お前にはあいつは似合わないって。それに、三日月はお前と来るとも思えない。お前はこんな所で腐る気か?楽しい所に戻ろうぜ?」
ラムランサンを識る前ならこれは甘い囁きだが、今のノーランマークには悪魔の囁きにしか聞こえない。
顔を背けるノーランマークにじれたアスコットは、悪ふざけを装って抱きついて来る。
ノーランマークは足元を崩し、がたいの良い男二人が、縺れるように地面に崩れた。抜け目の無いアスコットは、間髪入れずノーランマークに口付ける。
その様子は、はたからみれば愉しげにふざけ合っている男二人の光景にしか見えなかった。
この光景に、二人の預かり知らぬ所で、心中穏やかざる者がいた。
城の塔からその様子を見下ろしていたラムランサンだ。
二人の世界に異物が入り込むような不快感に襲われ、初めて見舞われる感情に混乱していた。
第三者の思わぬ出現によって、意外にも己の心に、ノーランマークが深く喰い込んでいた事に狼狽えた。
制御できると思ったのに、この心の騒めきは何だろうか。
神の申し子と言えども、こと恋愛に関しては無垢であった。
ここ数日の心の変化に追いつけ無い自分が恨めしい。
あの男とはどんな関係なのか。
あの男のことをどう思っているのか。
あの男と何度寝たのか。
あの男と自分とどちらが好きなのか。
ノーランマークの事を考えまいとすればするほど、そこら辺の男女の恋愛と何ら変わらない考えが次々と湧いて来る。
「私は神の申し子だ!こんな感情は認めない!認めない!!」
胸苦しく胸元の衣服を掴むと、石壁に背凭れ、ズルズルとその場に蹲み込んでしまった。
「そんなにお悩みになるなら、どうして素直にノーランマークに向き合わないのですか?神託がそれで揺らいでしまうと、そうお考えなのですか?」
塔の螺旋階段を上がって来たロンバードの登場に、ラムランサンは驚かなかった。
昔から影のように自分の隣には、ロンバードがぴたりと張り付いていた。
自分の手足であり、目であり、頭脳だった。
そんな男でも、今のこの苦しみは、分かち合え無い。ラムランサンにもその事はよく分かっていた。
「タカランダの神や祖先と、あの男が釣り合いになると思うか?ロンバード。全てを引き換えて、選ぶ価値があると思うか? あんな遊び人と!」
「そうですねぇ。私にも即答は出来ません。ノーランマークと言う男を私は深く知りませんので」
「それなのにお前の後釜に据えようと思ったのか?
無理だ。ノーランマークには。彼の生き方がある」
しゃがむラムランサンに、ロンバードは立つようにと手を差し出した。
「ならばもう、答えは出ているのでは無いですかな? ですが、ノーランマークはどう考えているのでしょうね」
どう考えているのでしょうね。
どう考えているのでしょうね。
どう考えているのでしょうね。
ロンバードのその言葉だけが、繰り返し頭の中に巡っていた。
たった一度の気まぐれな情交が、こんなにも手痛い感情を生む事をラムランサンは知らなかった。
そして、自分の宿命の深さを呪わずにはいられなかった。
あの男とここを出ていけと言ったのは他ならぬ自分だ。
遠ざけても遠ざけてもノーランマークが自分の心から追い出すことが出来ない。
ラムランサンの心は振り子のように大きく振れていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
化け物の棺
mono黒
BL
19世紀の初頭、みんなエジプトのミイラに夢中だった頃、オレの親父はハノイの密林に眠る遺跡達に夢中になっていた。
あの時、俺は恐ろしい目に遭ったあの場所へ、もう一度行く決意を固めていたのだが、それは何かを引き換えにする事になるかも知れなくて…。過去の秘密に立ち向かう主人公は男にだらしない男だが、心には一途に思う人が居た。それは美しい紫の蝶。
19世紀初頭の仏領インドシナ(ベトナムのハノイ)が舞台のファンタジーでBLです!東洋のパリとも謳われた不思議な街を想像しながら読んで下さると嬉しいです。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
バレンタイン企画『バレンタインの神様』
mono黒
BL
幸せになった時には最終回。
いつも報われない私の小説のキャラクター達へのイチャラブな罪滅ぼし企画です。
第一弾は『龍虎の契り』の李仁と棗の細やかなお話です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
リフレイン・ストリート―もう一度、美しい愛を弾いて―
風久 晶
BL
運命の輪は回ってあなたに巡り会う――ジャズ音楽BL。端正なサックス奏者×謎めいた微笑の青年ピアニストの孤独な生と愛。
注目され始めた28歳の青年ジャズピアニスト・高澤文彦。優しい物憂げな姿の奥に、人に見せない暗い心を抱えている。
恵まれない環境、厳しい人生ーー顔を上げ、微笑に変え、今夜もピアノを弾く。ジャズ仲間の竜野、セイとともに。
フェスの夜に、新進気鋭のサックス奏者・萩尾淳史と出会い、運命は回っていく。
天才、根なし草、色売り、様々な噂と嫉妬の中を、文彦は軽い微笑で通り過ぎていた。
しかし、端正な顔と冷たい眼をした淳史の、思いがけない魂に触れて、文彦は黒い過去を思い出していく。
交わることのないはずだった音楽の扉が、封印された過去の扉をひらく。
見守るように傍らにいる、武藤領一朗。彼が文彦の隣にいる理由とは?
文彦が手離せないリングは、誰からのものなのか?
貧困、崩壊した親、それゆえに文彦がたどった人生をめぐる。
絡まってもつれていく運命。紐解いて、ほどいて、そして必ず出会う。
愛は静謐なようでいて狂おしく、それでもなお、美しい。
大人のセンシティブストーリー。
自分史上、最も格好良い物語にできればと思います。
愛玩人形
誠奈
BL
そろそろ季節も春を迎えようとしていたある夜、僕の前に突然天使が現れた。
父様はその子を僕の妹だと言った。
僕は妹を……智子をとても可愛がり、智子も僕に懐いてくれた。
僕は智子に「兄ちゃま」と呼ばれることが、むず痒くもあり、また嬉しくもあった。
智子は僕の宝物だった。
でも思春期を迎える頃、智子に対する僕の感情は変化を始め……
やがて智子の身体と、そして両親の秘密を知ることになる。
※この作品は、過去に他サイトにて公開したものを、加筆修正及び、作者名を変更して公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる