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天使の羽化 ★
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また同じことを繰り返すな。
そう言うありきたりな言葉は、もはや混乱も自暴自棄になっている訳でもない棗には通用しそうも無い。
以前の棗と今の棗とでは何かが違う。蛹〈さなぎ〉の色が変わり始めたとでも言うような、何かの進化を遂げ始めたとでも言うような、苦しんだ果てに何処かにたどり着いた。そんな感じだった。
その場所とは一体何処なのか。狭山は純粋に知りたかった。
言葉ではないその何かを知るのには、棗の言うように肌で話をするしか無いのかもしれない。
狭山はそんな奇妙な魔術にかけられていた。
棗の放つ奇妙な魔術に。
二人が狭山のマンションに帰って来て直ぐに棗はシャワーを浴びた。髪を丁寧に乾かすと、脱衣所まで持って来ていた緋色の襦袢に袖を通した。帯紐を前結びにして横に絞め込み、大きく息を一つついて狭山の待つ寝室のドアをそっと叩いた。
狭山は覚悟を決めてそのドアを開いた。
そこには黒い艶髪と白い肌、自分の知る見慣れた筈の棗が緋色を纏っただけで、艶やかな花となって咲いていた。
棗の本性と言う言葉は使いたくは無いが、それを見た気がして狭山は臆した。
「僕に、愛は…無いよ」
後ずさると、そんな狭山を棗はベッドへと導くよう狭山の胸を押しながら入って来た。
「そんなもの、要りません。私にも愛なんて無い」
棗は狭山の手を取ってベッドに座ると濡れたように光る眼差しで見上げ、ベッドへ来て欲しいとその手を引いた。
差し向かいで座ると、棗が帯紐の結び目に狭山の手を導いた。
「着物を脱がせた事はありますか?」
「いや…」
「着物は、一つ一つ脱がせて行くのが楽しいんですよ?」
狭山がゆっくりと紐を引くと、呆気なく結び目は緩む。シュルシュルと長い紐を解いて行くと衣摺れの音がまるでスイッチのように狭山の眠っていた欲情を揺り起こす。
袷た襟が左右に解かれ、緋色の谷間を白い亀裂が美しいラインを形作る。肩を片方づつ布が滑り落ち、襦袢に包まれていた滑らかな肌が露わになって、棗の甘やかな溜息と共に匂い立つ。
それはまるで媚薬だった。狭山は吸い寄せられるように棗の白い首筋に唇を這わせていた。
「ぁ…ふ…っン」
狭山の耳たぶを舐る棗の溜息が熱く狭山の耳を脳を蕩かせる。
そのまま崩れるように棗は狭山の上に軀を預けて行った。
棗に手伝われながら衣服を脱ぐと素肌同士が重なり合う。
シャワーを浴びたばかりの棗の肌は吸い付くようにしっとりと狭山に懐き、互いの背中を指が貪り、触れ合う雄同士が戯れ合った。
甘く焦ったい感覚に自然と互いの腰が揺れ動く。
巧みに棗は狭山の昂りを己の中へと導くと、その甘美な快感が互いの身体を一気に駆け抜け熱くなる。
そこに愛の言葉など要らない。
ただ駆り立てられるまま、本能の赴くままに互いの肉体を貪った。
狭山の上で愉悦に身悶える棗は美しかった。
振り乱れる黒髪と、切なげに寄せられた眉、汗の珠を振り散らせながら高みへと上り詰めて行く様は、まるで狭山の上に仰臥する天上人のように勇ましく神々しい。
狭山の熱いスペルマを注がれて尚一層輝きを増し、大きな羽を広げて高みへと昇天して行った。
その瞬間、狭山は棗と言う生き物の本当の正体を垣間見た気がした。棗と肌を合わせた者だけがそれを識ることが出来るのだ。
甘やかな嵐が過ぎ去って束の間、狭山は久し振りに充足した深い眠りに就いていた。
そして目覚めた時、狭山の傍から忽然と棗の姿は消えていた。
あれは本物の天使の羽化だったのだろうか。棗は本当に羽を広げて飛び去ってしまったかのように狭山の元から消え失せた。
棗と過ごした日々がまるで夢だったかのように。
その日、狭山は李仁の呉服店を訪ねていた。万が一にも棗が李仁の元に帰っているのでは無いかと言う淡い期待を持っていた。
だが、その期待は早々に打ち砕かれる事になった。
「棗が…帰って来ていないとはどう言うことだ…!何故アンタの所になんか棗は居たんだ!」
「信じてはもらえないかも知れませんが、棗さんの心のケアをしていました。棗さんと同じ体験をしたことがあったので見過ごせませんでした」
突然現れた狭山に頭を下げられても李仁は何の事がさっぱり理解できない。
狭山が医師だと言う事は知っていたが、一個人が患者を匿う事などあるのだろうか。俄かに狭山の言っている事は信じられなかった。
「何かあればあいつは必ずオレに言う筈だ!それが何でアンタなんだ!オレにもわかるように説明しろ!!」
店内に怒号が響き渡った。
店には客の姿があったが、李仁はそれすら目に入らぬほど激昂していた。
今にも狭山に掴み掛かろうとするのを、従業員達が必死で止めていた。
その前で狭山は平身低頭、身を縮こませて頭を下げていた。
「か、患者の内情は守秘義務で詳しく述べられませんが、棗さんは心に病を抱えていました。貴方との愛や生活を守りたい一心で私のカウンセリングを受けていました。
ですが…、今朝方姿を消してしまいました!私は棗さんをきちんと藤城さんにお返しする責務がありました。
なのにこんな結果に…っ、私は棗さんと言う人を見誤っていたのかも知れません、不遜でした!
これは私の責任です!どうか、どうか許して下さい!」
狭山は李仁の足元に額を擦り付けるように土下座をして赦しを請うていた。
「それは俺のせいだ」
その時、丁度店に入って来た智也が土下座している狭山の背後からぬっと姿を見せた。
そう言うありきたりな言葉は、もはや混乱も自暴自棄になっている訳でもない棗には通用しそうも無い。
以前の棗と今の棗とでは何かが違う。蛹〈さなぎ〉の色が変わり始めたとでも言うような、何かの進化を遂げ始めたとでも言うような、苦しんだ果てに何処かにたどり着いた。そんな感じだった。
その場所とは一体何処なのか。狭山は純粋に知りたかった。
言葉ではないその何かを知るのには、棗の言うように肌で話をするしか無いのかもしれない。
狭山はそんな奇妙な魔術にかけられていた。
棗の放つ奇妙な魔術に。
二人が狭山のマンションに帰って来て直ぐに棗はシャワーを浴びた。髪を丁寧に乾かすと、脱衣所まで持って来ていた緋色の襦袢に袖を通した。帯紐を前結びにして横に絞め込み、大きく息を一つついて狭山の待つ寝室のドアをそっと叩いた。
狭山は覚悟を決めてそのドアを開いた。
そこには黒い艶髪と白い肌、自分の知る見慣れた筈の棗が緋色を纏っただけで、艶やかな花となって咲いていた。
棗の本性と言う言葉は使いたくは無いが、それを見た気がして狭山は臆した。
「僕に、愛は…無いよ」
後ずさると、そんな狭山を棗はベッドへと導くよう狭山の胸を押しながら入って来た。
「そんなもの、要りません。私にも愛なんて無い」
棗は狭山の手を取ってベッドに座ると濡れたように光る眼差しで見上げ、ベッドへ来て欲しいとその手を引いた。
差し向かいで座ると、棗が帯紐の結び目に狭山の手を導いた。
「着物を脱がせた事はありますか?」
「いや…」
「着物は、一つ一つ脱がせて行くのが楽しいんですよ?」
狭山がゆっくりと紐を引くと、呆気なく結び目は緩む。シュルシュルと長い紐を解いて行くと衣摺れの音がまるでスイッチのように狭山の眠っていた欲情を揺り起こす。
袷た襟が左右に解かれ、緋色の谷間を白い亀裂が美しいラインを形作る。肩を片方づつ布が滑り落ち、襦袢に包まれていた滑らかな肌が露わになって、棗の甘やかな溜息と共に匂い立つ。
それはまるで媚薬だった。狭山は吸い寄せられるように棗の白い首筋に唇を這わせていた。
「ぁ…ふ…っン」
狭山の耳たぶを舐る棗の溜息が熱く狭山の耳を脳を蕩かせる。
そのまま崩れるように棗は狭山の上に軀を預けて行った。
棗に手伝われながら衣服を脱ぐと素肌同士が重なり合う。
シャワーを浴びたばかりの棗の肌は吸い付くようにしっとりと狭山に懐き、互いの背中を指が貪り、触れ合う雄同士が戯れ合った。
甘く焦ったい感覚に自然と互いの腰が揺れ動く。
巧みに棗は狭山の昂りを己の中へと導くと、その甘美な快感が互いの身体を一気に駆け抜け熱くなる。
そこに愛の言葉など要らない。
ただ駆り立てられるまま、本能の赴くままに互いの肉体を貪った。
狭山の上で愉悦に身悶える棗は美しかった。
振り乱れる黒髪と、切なげに寄せられた眉、汗の珠を振り散らせながら高みへと上り詰めて行く様は、まるで狭山の上に仰臥する天上人のように勇ましく神々しい。
狭山の熱いスペルマを注がれて尚一層輝きを増し、大きな羽を広げて高みへと昇天して行った。
その瞬間、狭山は棗と言う生き物の本当の正体を垣間見た気がした。棗と肌を合わせた者だけがそれを識ることが出来るのだ。
甘やかな嵐が過ぎ去って束の間、狭山は久し振りに充足した深い眠りに就いていた。
そして目覚めた時、狭山の傍から忽然と棗の姿は消えていた。
あれは本物の天使の羽化だったのだろうか。棗は本当に羽を広げて飛び去ってしまったかのように狭山の元から消え失せた。
棗と過ごした日々がまるで夢だったかのように。
その日、狭山は李仁の呉服店を訪ねていた。万が一にも棗が李仁の元に帰っているのでは無いかと言う淡い期待を持っていた。
だが、その期待は早々に打ち砕かれる事になった。
「棗が…帰って来ていないとはどう言うことだ…!何故アンタの所になんか棗は居たんだ!」
「信じてはもらえないかも知れませんが、棗さんの心のケアをしていました。棗さんと同じ体験をしたことがあったので見過ごせませんでした」
突然現れた狭山に頭を下げられても李仁は何の事がさっぱり理解できない。
狭山が医師だと言う事は知っていたが、一個人が患者を匿う事などあるのだろうか。俄かに狭山の言っている事は信じられなかった。
「何かあればあいつは必ずオレに言う筈だ!それが何でアンタなんだ!オレにもわかるように説明しろ!!」
店内に怒号が響き渡った。
店には客の姿があったが、李仁はそれすら目に入らぬほど激昂していた。
今にも狭山に掴み掛かろうとするのを、従業員達が必死で止めていた。
その前で狭山は平身低頭、身を縮こませて頭を下げていた。
「か、患者の内情は守秘義務で詳しく述べられませんが、棗さんは心に病を抱えていました。貴方との愛や生活を守りたい一心で私のカウンセリングを受けていました。
ですが…、今朝方姿を消してしまいました!私は棗さんをきちんと藤城さんにお返しする責務がありました。
なのにこんな結果に…っ、私は棗さんと言う人を見誤っていたのかも知れません、不遜でした!
これは私の責任です!どうか、どうか許して下さい!」
狭山は李仁の足元に額を擦り付けるように土下座をして赦しを請うていた。
「それは俺のせいだ」
その時、丁度店に入って来た智也が土下座している狭山の背後からぬっと姿を見せた。
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