龍虎の契り

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智也

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李仁の元に智也からLINEが届いた。
とにかく直接会って話がしたいと言う内容だった。
棗に不審がられながらも、仕事が終わった午後八時、馴染みの小料理屋で二人は待ち合わせをする事になった。

こじんまりとした品のいい小料理屋は、李仁が家族ぐるみで良く利用していた店だった。
独立してからは何かと忙しく、この店からも足が遠のいていた。
この店を改築した時、李仁が贈った紺の暖簾を手で跳ね上げ、店の扉を開くと若女将の「いらっしゃいませ」の愛想の良い声で出迎えられた。

「こんばんは。ご無沙汰で」

「本当に。お見限りでしたね、お忙しいのは良いことですけどね、たまにはいらして下さいね?」

品の良いこの若女将は倉科風夏《くらしなふうか》と言った。李仁よりも四つ年上で、大女将の頃から家族ぐるみで懇意にしていたこともあり、その気立ての良さを買われて実家では、彼女と結婚しないかと言われ続けている女性だった。

「智也は来てる?」

「二階の座敷でお待ちかねですよ、男の子二人で今夜はどんな悪巧みですか?」

智也の事も知っている彼女は、楽しそうな顔をして、上がって下さいと階段の上を指差した。
「そんなんじゃ無いよ」と笑いながら、二階の個室へと李仁は入った。
李仁の顔を見るなり、智也はソワソワと膝立ちになって出迎えた。

「おお!来たか李仁!」

まあ座れと忙しなく智也が座布団を勧めてくる。後ろからついて来た若女将にとりあえず、熱燗を頼むと座布団へと足を寛げた。

「なんだよ、話したい事って?LINEだとかお前らしく無いだろう」

元来、二人ともそう言った類いにはとんと無精で、約束は無くいつも突然会う事になるのが常だった。

「なあ、あの棗とか言う子、やばく無いか?」

「…ヤバイとは」

足を崩しながら智也に身体を向けた。

「綺麗すぎるし、何だか妖しすぎる。
まるで狐か猫でも化けていそうじゃないか?」

その言葉に李仁も大いに賛成だった。確かにな、と至って呑気に膝を叩いて吹き出していた。

「いや、笑い事では無いぞ、従業員達の話を聞いたが卒が無さすぎだ。お前、騙されてやしないか?」

智也の脳裏には、店の倉庫で目撃した光景が浮かんでいた。
見られている事を知りながら、平然と行為を続け、まるで見せつけているように智也に笑っていた棗。
李仁はと言うと、酒を口に含んでは苦い顔をしていた。

「そうだな、騙されてるのかもな」

「真面目にだ!」

「至って真面目だ。些か危うい子だ
よ。確かに」

酒とお通しか運ばれて来ると、まあ一献と、李仁が智也に酌をした。

「お前、分かってて付き合ってんのか。どうなってるんだ?結婚考えてんのか?俺はどうも気が進まん」

かっ、と一気に智也は猪口を煽った。

「お前の結婚か!俺の気が進めばそれで良いだろう。お前に関係あるか?」

李仁も勢い良く杯を開けた。

「だけどな、オレは多分結婚は出来んよ棗とは」

「どうしてだ、他に男でもいるのか」

意外に鋭い突っ込みだった。
李仁は感心そうな目を相手に向けたが、直ぐに思い悩む様な素振りでため息を漏らした。

「男の問題もまあ、あるにはあるんだが…、もっと根深い問題がある」

「どんなだ」

李仁は少し迷う様な表情をするが、踏ん切りをつける様に大きな溜息をつき、智也に向き直って居ずまいを整え、背筋を伸ばした。

「…男だ」

「だから、男が居るのは分かった。問題はその先だ」

「そうじゃ無くて。棗が…、男なんだよ」

一瞬、奇妙な沈黙に包まれた。
智也は何を言われたのか理解できていないようで固まった笑顔のまま李仁の次の言葉を待っていた。
だが押し黙り、黙々と酒を呑む李仁の様子がそれは真実だと物語っていた。
ようやく智也の顔が、真剣な面差しへと変わった。

「いつ、分かったんだ。付き合ってから分かったのか」

「…前だ。男だと分かっていながらオレはあいつと…」

「何だ」

「寝た」

一瞬、言葉に詰まった李仁だったが、親友には包み隠さず言おうと決意を固めての言葉だった。
あんな場面に遭遇した智也には、漠然とそんな仲なんだろうと想像はついていたが、あらためて李仁の口から生々しい言葉が出て来るとなぜだか激しく動揺した。猪口を持つ手が震え、そのまま一気に喉に流した。
それは智也にとって、自分でも訳の分からない感情の高ぶりだった。
子供の頃から知っているあの李仁とは違う顔の男に出会した気分だった。
自分がショックを受けたことに、智也はショックを受けていた。

「け、結婚はどうするんだ。両親には何て説明する。だいたい一久が許すと思うか」

「兄貴は関係無いだろう!」

「関係無くは無いさ、親だって孫の顔が見られなくなるんだ!
なあ、今のうちに、傷が浅いうちに別れた方が」

「なんでそんなに反対するんだ。傷ってなんだよ!お前は、少なくともお前だけは分かってくれるかもしれないと思っていたんだが…そうか、やはりお前もそう見るか」

「だって、こんなの寝耳に水だ!俺の知ってるお前はもっと…」

「もっとなんだ。清廉潔白で女とも男とも見境無くヤルような無節操な人間だとは思わなかったと言いたいのか。お前に本当の事を言うべきでは無かったな」

「そんな事は言って無い!だがあまりに突然で…言葉が出ない!」

「オレだって今のオレが信じられない。だがやましい気持ちなど微塵も無いんだ」

李仁は自らを貶めるような言葉を吐いていたが、同時に自分の気持ちが確かな事を感じていた。
どう捕らえられようと、智也に話した事で李仁は少し肩の荷が降りたが、智也の方はと言うと気持ちは大きく揺さぶられていた。李仁が男に欲情『した』と言うよりも、『できた』と言う事実に立ち合ったからであった。
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