龍虎の契り

mono黒

文字の大きさ
上 下
11 / 43

情欲の贄《にえ》 ★

しおりを挟む
なぜこんなにも心が落ち着くことがないのだろう。

棗は自分を確かに愛してくれている。
それは嘘では無いと確信している。
だが、どう言う訳か、棗を捕まえ切れない。

夕暮れと言うのは何も空の色の事だけでは無い。
李仁の心にも重く、暗い天幕が布《しか》れたままだった。
淀んだ気持ちで見上げたマンションの自階の窓に、思いがけず明かりは灯っていた。

「お帰りなさい、李仁さん!お疲れ様でした」

いつもと変わらぬ明るさで、棗は李仁を玄関で出迎えた。

聞かなければ。あの光景はいったい何かと、棗に聞かなければいけない。

「ただいま。今日は何か変わった事は無かったかい?」

遠回しな問いだった。
棗は至って普段通りの様子で、疾《やま》しさを隠しているように見えない。

「変わった事ですか?ん~?特に何もなかったですよ?退屈すぎてお風呂をピカピカに磨いてしまいました。
どうしましょうか、寒いし、お風呂が先の方が良いですか?」

テーブルには既に夕食の用意ができていた。棗は李仁の脱いだウールの羽織を手際よくたたんでいる。その手元は何の淀みも無い。

「棗。
今日、はる君と会っていたのか?まだ、彼と会ってるのか」

「…いいえ?
ずっと家に居ましたよ?」

嘘をつかれた。
会っていたと言われた方がまだマシだ。

「見たんだよ。二人で古いビルから出て来るところを」

「李仁さんの見間違いです。嫌だな、
私の事、疑ってるんですか?」

「久留米絣《くるめがすり》の着物だった。臙脂《えんじ》の鹿の子のショールを巻いていた。
いつも君が着ている着物だった」

「違います」

「はる君は茶色のコートを着ていた。手袋をはめた手で君の肩を抱いていた」

「違います!」

「二人で細い路地の先へ…」

「それは私ではありません!信じて下さい!」

「なら大学教授の事はどうなんだ?連日泊まり込むほど何があるって言うんだ!」

「それは…!」

今までふつふつと耐えて来た思いが、みっともない自分のエゴが、泥のように後から後から溢れ出る。もう抑えようもなかった。

「本当に何もありません!私には貴方だけです!信じて下さい!」

「なら信じさせろ!」

棗のその必死さが取り繕っているように感じる。
大学教授が、はる君が、自分の知らない所で自分の棗と秘密を共有していると思うと激しい嫉妬で気がちがいそうだった。疑心暗鬼の病に李仁は取り憑かれてしまっていた。
己に取り縋る棗の帯を鷲掴むと、乱暴にテーブルに腹這いにさせて上半身を押さえつけた。棗は抗い、物凄い音を立てて料理の皿が床の上に散らばった。

「ぃや…っ!李仁さん?!止めて!やめて下さい!!」

棗は李仁の突然の豹変に驚き、激しく抵抗したが、李仁の力には到底敵わなかった。
李仁は自分でも信じられない強行だった。それは半ば強姦だった。
棗の着物の裾を手荒く尻の上まで捲り上げ、背中で両手首を拘束し、無理やり下着を引きずり下ろすとドライなままで硬い秘部に己の赤黒い怒張を突き立てた。

「!!…っ痛い!李仁さん!お願いです、許して下さい!ひっあっ…ぁ!!」

李仁はこんな風に、乱暴で自分本位に誰かを抱いたことなどない。こんなにも独占したいと思った人などいなかった。
抗えない者を屈服させる嗜虐に李仁は今まで感じた事の無い興奮を覚えていた。

「お前をめちゃめちゃにしてやりたい!…っ棗!お前はオレだけのものだ…!」

逆巻く激情のまま棗の肉筒を突き立てると、テーブルは足が浮くほど激しく軋んだ。

「ンアァッ…!李仁さ…っ、烈し…っ!アア!悦い…っ!…イイッ」

乱暴な情交だったにも拘らず、最初は抵抗を見せた棗のよがり声が次第に悦を帯びてくる。四肢を戦慄かせ自ら李仁の抜き差しに律動を合わせ、棗は李仁を貪り、被虐の悦びに咽び泣いていた。

この日、李仁は己の知る扉の奥に、更に広がる性の世界がある事を知った。そして棗の中に、己より更に蕩然《とうぜん》たる性の泥濘《ぬかるみ》が拡がっている事を感じた。
到底棗には敵わない。そんな漠然とした劣等感が、李仁の中に生まれた。

嫉妬は情欲の最高の贄《にえ》だ。
あんな一夜を過ごしたにも拘らず、二人の仲は冷え込むどころかかえって深まっていた。結局は、棗の男の影の真偽はうやむやなままだったが、互いに更に深い心の結びつきを感じていた。

そしてその夜から程なくして棗は李仁の店で働くことになった。棗を自分の手元に置く事で、精神の安定を図れると李仁は考えていたからだ。
朝の申し送りの時間に、従業員5人を集めて棗を紹介した。

「今日から店で働いてもらうことになった白山棗さんだ」

「よろしくお願いします。白山棗です、不慣れでご迷惑おかけしますが、宜しくお願いします」

ペコリとお辞儀をする棗に従業員たちは戦々恐々とした。今や棗と李仁の仲は噂に上っていた。言わば、若女将が一緒に働く様なものである。従業員が騒つくのも無理からぬ事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さだめの星が紡ぐ糸

おにぎり1000米
BL
それは最初で最後の恋だった――不慮の事故でアルファの夫を亡くしたオメガの照井七星(てるいななせ)は、2年後、夫を看取った病院でアルファの三城伊吹(みしろいぶき)とすれちがう。ふたりは惹かれあったすえにおたがいを〈運命のつがい〉と自覚したが、三城には名門の妻がいた。しかし七星と伊吹のあいだにかけられた運命の糸は切り離されることがなく、ふたりを結びつけていく。 オメガバース 妻に裏切られているアルファ×夫を亡くしたオメガ ハッピーエンド *完結済み。小ネタの番外編をこのあと時々投下します。 *基本的なオメガバース設定として使っているのは「この世界の人々には男女以外にアルファ、オメガ、ベータの性特徴がある」「オメガは性周期によって、男性でも妊娠出産できる機能を持つ。また性周期に合わせた発情期がある」「特定のアルファ-オメガ間にある唯一無二の絆を〈運命のつがい〉と表現する」程度です。細かいところは独自解釈のアレンジです。 *パラレル現代もの設定ですが、オメガバース世界なので若干SFでかつファンタジーでもあるとご了承ください。『まばゆいほどに深い闇』と同じ世界の話ですが、キャラはかぶりません。

恋に臆病な僕らのリスタート ~傷心を癒してくれたのはウリ専の男でした~

有村千代
BL
傷心の堅物リーマン×淫らな癒し系ウリ専。淫猥なようであたたかく切ない、救済系じれじれラブ。 <あらすじ> サラリーマンの及川隆之は、長年付き合っていた彼女に別れを告げられ傷心していた。 その手にあったのは婚約指輪で、投げやりになって川に投げ捨てるも、突如として現れた青年に拾われてしまう。 彼の優しげな言葉に乗せられ、飲みに行った先で身の上話をする隆之。しかしあろうことか眠り込んでしまい、再び意識が戻ったときに見たものは…、 「俺に全部任せてよ、気持ちよくしてあげるから」 なんと、自分の上で淫らに腰を振る青年の姿!? ウリ専・風俗店「Oasis」――ナツ。渡された名刺にはそう書いてあったのだった。 後日、隆之は立て替えてもらった料金を支払おうと店へ出向くことに。 「きっと寂しいんだよね。俺さ――ここにぽっかり穴が開いちゃった人、見過ごせないんだ」 そう口にするナツに身も心もほだされていきながら、次第に彼が抱える孤独に気づきはじめる。 ところが、あくまでも二人は客とボーイという金ありきの関係。一線を超えぬまま、互いに恋愛感情が膨らんでいき…? 【傷心の堅物リーマン×淫らな癒し系ウリ専(社会人/歳の差)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全10話+番外編1話(ほぼ毎日更新) ※イチャラブ多めですが、シリアス寄りの内容です ※作者X(Twitter)【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】

デボルト辺境伯邸の奴隷。

ぽんぽこ狸
BL
シリアルキラーとして捕えられた青年は,処刑当日、物好きな辺境伯に救われ奴隷として仕える事となる。 主人と奴隷、秘密と嘘にまみれた二人の関係、その果てには何があるのか──────。 亜人との戦争を終え勝利をおさめたある巨大な国。その国境に、黒い噂の絶えない変わり者の辺境伯が住んでいた。 亜人の残党を魔術によって処分するために、あちこちに出張へと赴く彼は、久々に戻った自分の領地の広場で、大罪人の処刑を目にする。 少女とも、少年ともつかない、端麗な顔つきに、真っ赤な血染めのドレス。 今から処刑されると言うのに、そんな事はどうでもいいようで、何気ない仕草で、眩しい陽の光を手で遮る。 真っ黒な髪の隙間から、強い日差しでも照らし出せない闇夜のような瞳が覗く。 その瞳に感情が写ったら、どれほど美しいだろうか、そう考えてしまった時、自分は既に逃れられないほど、君を愛していた。 R18になる話には※マークをつけます。 BLコンテスト、応募用作品として作成致しました。応援して頂けますと幸いです。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

性奴隷は泣かない〜現代ファンタジーBL〜

月歌(ツキウタ)
BL
性奴隷として生きた青年の物語です。 完結しました。

それを恋とは呼ばないから

渡辺 佐倉
BL
人間×淫魔が本当の愛を見つけるまでのお話です。 サキュバス受け(インキュバス?)が書きたい。 人間×人外です。 性玩具として飼われていた淫魔の那月は、ある日主が連れて来た不思議な雰囲気の男に出会う。 男に買い取られた那月は、彼に与えられる快楽に翻弄されていく。 ※受けの攻め以外の人間との行為をにおわすというか回想含めて冒頭に少しだけあります(受けは処女設定ではあります)苦手な方はご注意してください。 ムーンライトノベルズにも同じものを掲載中です。

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

忌子は敵国の王に愛される

かとらり。
BL
 ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。  しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。  そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。  ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。  ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。  どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。  アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。

処理中です...