龍虎の契り

mono黒

文字の大きさ
上 下
10 / 43

予兆

しおりを挟む
そしてまた棗が帰ってこなくなった。
例の大学教授の論文が大詰めだとか言う理由だった。
同棲しているとは言え、それはあくまでも同棲であって結婚ではない。棗を縛り付ける枷など何も無いのだ。

しかし論文なら、ゼミ生だっているだろう。よりによって、卒業生に手伝わせることも無いだろうになどと、ふつふつと思ったり。
いや、棗は仕事をしているのだと思い直してみたり。
自分がつまらぬ嫉妬をしているのだと思うと、己の度量の狭さにうんざりする。
棗にとって、李仁が第二のはる君になる訳にはいかなかった。
相手は十歳も年下なのだ。相手より精神的優位に立っていなければならないと言う妙なプライドが李仁を更に苦しめた。

あの十五夜の夜から時は進み、木枯らしに襟を立てる季節へと移り変わっていた。

この日、李仁は和装協会のシンポジウムに出席していた。そこに図らずも兄の一久も出席していた。
あまり顔を合わせたく無いので知らぬ振りを決め込んでいたが、帰り際、李仁の方へと兄が近づいてきた。
蛇に睨まれた蛙の如く。もうこうなっては受けて立つより仕方ない。
近づく兄に李仁は自分から挨拶をした。

「お久しぶりです。お元気そうで」

ありきたりな挨拶だった。

「お前も元気そうだな。店の景気は良さそうだな」

「お陰様で、ファッションショー以来、今までとは違う客層が増えたよ」

「ああ、そうらしいな。後は嫁取りだな。母さんが心配してるぞ。なんでも、お前、一緒に暮らしている女がいるそうだな」

そりぁもう噂にはなっているだろう。

女か。自分自身に何の支障も無いが、相手が男だと知ったら周囲はどんな反応を示すのだろう。
後ろめたい訳では断じてないが、周囲の人達にどう棗を紹介したものが考えあぐねていた。

「いずれ連れて本家に行こうとは思っているよ」

「いつまでもノラクラはしていられんぞ。早く腹を括れ李仁」

これだから嫌なのだ。
自分が結婚してからと言うもの、事あるごとに結婚は男の甲斐性だとか、妻あって一人前だとか、煩く言ってくる。
説教じみてきた一久の話を受け流しながら、ふと会場に併設されているカフェの人影に目が行った。
着物姿に黒艶髪。品のいい初老の男と一緒に仲良さげに並んで座り、何か楽しげに話しているその姿は、見まごう事ない棗だった。

教授とアルバイトの距離にしては近すぎやしないか?
差し向かいが普通だろう。何をあんなに楽しそうにしてる。

兄の小言は続いていたが、李仁はもうそれどころでは無い。
兄の話に生返事でそそくさと切り上げると、いても立ってもいられずに、カフェへと走った。
しかし既に、そこに二人の姿は無かった。

今度こそ、今度こそ教授の仕事は辞めてくれと言おう。そう決意をして今日棗が帰ることを期待して待っていた。

棗が帰ってきたのは真夜中だった。
李仁はまんじりともせずに寝床で待った。
李仁を起こさないように、棗は音を忍ばせて寝支度をすると、冷えた身体で寝床の中へとそっと潜ってきた。

「やっと帰ってきたね。一日千秋の思いだったよ」

遠慮して李仁から離れた場所に潜っていた棗の、冷えた身体を己の方へと引き寄せた。

「起こしてしまいましたね。
すみません」

棗の冷たい両手を己の懐入れて温め、氷のような脚を絡めて暖を取らせた。

「ふふっ、李仁さんの身体あったかくて気持ち良いです」

李仁の想いなど知らぬ様子で、棗は安堵のため息をついて、もそもそと李仁にくっついて来た。
どんなに内心穏やかでは無いにしても、こんな仕草を見せられると愛しさしか湧いてこない。それでも決意を固めて李仁は口を開いた。

「なあ、棗。
大学教授の仕事のことだが…」

そう言いかけた時、棗が先に話を被せた。

「そう、喜んで下さい、その大学教授のお仕事が、やっと終わったんです!」

意外な言葉に出鼻を挫かれた。そして単純に喜んでいた。これであれこれ些細な嫉妬心から解放される。

「ならば明日から家にいられるのか?」

「はい!だから明日は…その、久しぶりにたくさん可愛がって欲しいです。もうずっと、貴方に触れて欲しかった」

その可愛い一言で、李仁はあっという間に棗に懐柔されるのを感じた。棗は意図せずか、それとも謀った事なのか、李仁の心を上手に手玉に取った形となっていた。
ベッドを軋ませ、李仁が棗の軀の上に乗って来た。熱い吐息が棗の首筋に降りかかり、李仁の唇がきつく細首に紅い吸い痕をつけて行く。まるで自分の所有を主張するように。

「オレが明日まで待てると思うか」

「あ、李仁さんっ、今はダメです。お風呂入ってないし、汚いし、、あ…ン、」

その悩ましげな棗の声を聞くだけで、李仁は体が熱く熟れ脳が痺れた。棗は微かに抗いながらも、しどけなく李仁に軀を開く。棗の前ではあっという間に自分が肉欲の呪縛に絡めとられてしまう。そんな白分を李仁は甘いと感じながら、思うさま棗を抱いていた。
棗からも能動的に動いて李仁を誘った。相変わらず二人の相性は良く、こうして軀を重ね合わせている時だけは心に吹く隙間風がピタリと止んだ。

だが本当にあの教授とは仕事だけの繋がりなのか?
蟠《わだかま》りだけが残火のように李仁の心に燻りつづけた。

これでようやく心穏やかな日が戻ってくると思ったのだったが、それも束の間の事だった。

着物の納品の道すがら、李仁は帰宅者でごった返している交差点で信号待ちをしていた。こんな所にまだ昭和の匂いのするビルがあるんだなと、今まで気づくこともなかった古いビルに目が止まった。
しばらくぼんやり見ていると、そこから出て来た二人連れの人影に、李仁は目を疑った。
そこから出て来たのは、思いもしなかった棗と、その肩を抱くはる君だったのだ。

いったいコレはどう言う事だ…?!
二人は切れていなかったのか?!

李仁はハンドルにしがみつき、二人が消えて行った道の先を凝視していた。信号が青に変わったのにも気づかず、後ろの車にクラクションを鳴らされるまで。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

R-18♡BL短編集♡

ぽんちょ♂
BL
頭をカラにして読む短編BL集(R18)です。 ♡喘ぎや特殊性癖などなどバンバン出てきます。苦手な方はお気をつけくださいね。感想待ってます😊 リクエストも待ってます!

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

怖いお兄さん達に誘拐されたお話

安達
BL
普通に暮らしていた高校生の誠也(せいや)が突如怖いヤグザ達に誘拐されて監禁された後体を好き放題されるお話。親にも愛されず愛を知らずに育った誠也。だがそんな誠也にも夢があった。だから監禁されても何度も逃げようと試みる。そんな中で起こりゆく恋や愛の物語…。ハッピーエンドになる予定です。

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

処理中です...